科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

どうなる?米国の遺伝子組み換え食品表示請願の行方

宗谷 敏

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 Foocom.netでは、消費者庁の食品表示一元化審議を踏まえて、3月29日に表示問題特集 をアップした。これに足並みを揃えて、米国において社会現象となっている遺伝子組み換え(GM)食品の表示義務化要求問題の状況を、中間取り纏め風に書いておく。

 この問題の顕在化は、2010年11月の、米国AquaBounty Technologies社が成長を早めた遺伝子組み換え(GM)サケ(アトランティックサーモン)を開発し、FDA(食品医薬品局)に上市の承認申請を提出したことが、やはり引き金になったと筆者は考える。

 初の純食用GM動物(植物以外という意味で)の承認については、FDA諮問委員会の慎重姿勢、米国議会筋からのFDAのGMサケ安全性審査予算への干渉、漁業の盛んなアラスカ州や隣国カナダの高い関心など様々なリアクションを呼び起こし、FDAはいまだに審議の結論を出せていない。

 そして、現行法制度上からは、GMサケは表示されずに市販されるという推測が消費者団体への目覚ましのベルになり、起きてしまった寝た子らが上げた最大の泣き声が、GM食品義務表示要求なのだ。これにGM作物を目の仇にする一部有機食品業界とロビーや、GM作物・食品の安全性にもともと不信感を抱く、今まで社会的には主流とはなりえなかったグループがここぞとばかり相乗りし、運動は雪だるま式に成長していった。

 この過程で、米国の加工食品の60%〜70%(一説には80%)は遺伝子組み換え作物由来成分を含んでおり、みんなは知らずに食べさせられている、EU、オーストラリア、メキシコ、ブラジル、韓国、サウジアラビア、ロシア、日本、中国をなど含む米国以外の約40カ国(一説には約50カ国、以前筆者も調べたことがある が、国数を特定するのはかなり大変な作業である)ではGM食品の義務表示制度がすでに導入されている、などとメディアも盛んに運動を煽った。

 また盛んに引用されたのが、2010年10月にThomson Reuters PULSETMが実施した世論調査 において、3,025名の米国人の93.1%が、GM食品やGM成分を含む加工食品は表示されるべきだと回答しているというデータだ。

 こうして2011年10月4日、Just Label Itキャンペーン が、FDAに対しGM食品表示義務化を求める請願を提出する。このJLIキャンペーンには、the American Nurses Association(米国看護師協会)、breastcancer.org(乳がん連盟)、Center for Food Safety(食品安全性センター)、Consumer Federation of America(米国消費者連盟)、Consumers Union(有名な「Consumer Reports」の発行元)、National Cooperative Grocers Association(全国食料品生協組合)、Physicians for Social Responsibility(社会的責任のための医師の会)、Union of Concerned Scientists(憂慮する科学者同盟)など、当時で400以上(最近では500以上と言われている)の企業と組織が名を連ねた。

 請願を受けたFDAは、180日以内に回答を示す必要があり、その期限は2012年3月27日であった。JLIキャンペーンは、この日までに請願についてのレコードとなる100万人を超える署名を集めたと発表して、FDAにさらに圧力をかける。

 しかし、FDAは問題の複雑さからもっと多くの時間が必要だとして回答を先送りした(そのような事例は過去にもあったらしい)。FDAからの反論は、受け取った有効な署名はたった394人分しかないというものだ。これは、JLIキャンペーンが用意した既成のフォームに署名されただけの請願(フォームド・レター)は、仮に100万通あってもあくまで一つの意見としてカウントされるからだ。

 これはパブリック・コメントに関する以前の苦い経験から、ポピュリズムが支配しがちな多数決のリスクを、政策決定から可能な限り排除しようとする米国の考え方だ。なにがなんでも多数決は、時に国益に反する衆愚政治を生む。パブリック・コメントを出したいなら、他人に扇動されずに自分のアタマでちゃんと考えて作文しろ、ということだ。

 一方で、JLIキャンペーンの請願は、立法府も動かす。2012年3月12日、下院(各州の人口比率で配分され任期2年、全435議席を改選、現在の多数党は242議席の共和党)45名、上院(任期6年、各州から2名計100名、2年ごとに3分の1を改選、現在の勢力図は民主党53対共和党47)10名の計55名の両院民主党議員が、FDAのMargaret Hamburg長官に対しJLIの請願を支持する手紙を出す。これを主導したのは、オレゴン州の下院議員とカリフォルニア州選出の上院議員だ。署名者には、GM食品表示法案を以前から度々議員立法しては潰されてきたオハイオ州のDennis Kucinich下院議員も含まれている。

 連邦政府の牙城であるFDAに対するアタックとは別に、各州レベルでもバーモント州、オレゴン州、イリノイ州、ミネソタ州など少なくとも18の州が、GM義務表示法案を考慮していると伝えられている。これらのレベルは様々であるが、現在突出しているのはカリフォルニア州とコネチカット州だろう。

 カリフォルニア州では、2012年11月にGM食品表示法案(州法)の立法を認める住民投票(ballot initiative)実施を要求する運動が進行中だ。立法議案提出のためには4月22日までにカリフォルニア州登録選挙人504,760名分の署名を集めなければならないが、運動は既に50万人をクリヤーし、80万人分の署名を集めることを目指していると公言している。住民投票が認められ、過半数を獲得すれは(連邦政府からの干渉も当然予想されるが)カリフォルニア州におけるGM食品表示法が成立する。

 コネチカット州議会環境委員会は、2012年3月21日にGM食品表示法案を23対6票で可決した。一方、同州農務省は、国家の規格基準を設定するのは連邦政府だとして、この法案に反対している。

 1992年、FDAは遺伝子組み換え食品に表示しないことを決めた。但し、既存の同一食品と比べて栄養成分などが異なる場合には、その旨を表示する必要がある(作出方法は問わず、製品の結果のみに着目した)。この決定に至るまでに、FDAの内部では安全性評価に関する膨大なデータの検証と、詳細な議論が行われたことはあまり知られてはいない。しかし、現在市場にあるGM食品の安全性に対して公的な政府リスク評価機関が疑義を表明した例は、EUを含めて一カ国もないという事実は、出発点におけるFDAの正しさを雄弁に物語っている。

 つまり、この安全性評価と一体の表示に係わる決定は、科学的に導き出されており、少なくともFDA内部においては政治的判断ではない。既存の同一食品と比較して、安全性に差異のないものに表示すれば、それはより高いリスクがあるからだという誤解を消費者に与える、というのがFDAの揺るぎない哲学でありプリンシプルなのだ。

 例えば、上述のThomson Reuters PULSETM世論調査を見ると、「GM食品は安全だと思うか?」という設問では、「安全だとは思わない」の14.6%に対し、21.4%が「安全だと思う」と回答しており、所得や学歴が高いほどその比率は高い。おそらく問題なのは、「わからない」と答えた64.1%だ。FDAとJLIキャンペーンの争いは、この64.1%をどちら側がより多く取り込めるかということに尽きるのだろう。

 この安全性に対する回答者の見解と93.1%が表示を支持していることとの相関についての解析はなかなか難しい。しかし、「表示はあった方がいいか?」と単純に問われれば、ほとんどの人は肯定的な回答をする。その人は、コストの問題や検証法も含めて流通や製造過程での実行可能性にあれこれアタマを痛める必要は一切ないし、FDAが表示不要の結論を導き出した経緯や理由などの詳細についてもおそらく知る由はないからだ。

 食品安全性センターのAndrew Kimbrell弁護士は、「安全性は関係ない、これは消費者の知る権利なのだ」と主張しているが、仮に、JLIキャンペーンが一歩踏み込んで「GM食品は安全だということは我々も充分に理解しており、そのことに対して全く異存はない。しかしながら、あくまで消費者の知る権利のみに立脚して、GM食品表示を要求する」と公に宣言したなら、おそらくFDAは窮地に立たされるだろう。

 しかし、現実は違う。JLIキャンペーン周辺にはGM食品は体に毒だと決めつけるラジカル派をはじめ安全性に懐疑的な組織や人々が群がり、目的と手段とを錬金術とした表示義務化を要求しており、そのことはFDAが決してJLIキャンペーンに対して譲歩しえない理由を与えてしまっているのだ。洋の東西を問わず、食品表示問題はまことに複雑で難しい。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい