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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

米国のバイオ燃料ブーム、背景にはテロとの闘いも

白井 洋一

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 トウモロコシを毎年、同じ畑に作り続ける「連作」による問題だけでなく、食品や飼料(家畜のえさ)価格への影響など米国のトウモロコシエタノールにはさまざまな批判があるが、そう簡単にエタノールへの依存は止まりそうにない。

 ダイズを原料とするバイオディーゼルの割合はエタノールの10分の1以下であり、スイッチグラスやミスカンサス(ススキ)など非食用の植物や藻類、木材を利用する「先端的バイオ燃料」の割合はさらに小さく、エタノールの1000分の1にも満たない0.05%だ(2011年、米国環境保護庁資料)。昨年末、米国は輸入エタノールへの関税と国産エタノール混合優遇税制を廃止したが、それでもトウモロコシ産業やバイオエタノール業界は、エタノール需要はまだ伸びると強気な見方だ。

ブラジル サトウキビエタノールの不振

 業界が強気なのは、国内での原油高による価格有利性だけでなく、輸出用としても有望になってきたからだ。ライバルであるブラジル産サトウキビの不振である。年末にロイター通信も報じているが、2011年9月のブラジル邦人紙「ニッケイ新聞」が国内事情を詳しく伝えている。

 「エタノール王国の座ゆらぐ、計画性のない投資、打開の鍵は新種の開発?」の見出しで、世界一のエタノール生産国で輸出国でもあったブラジルが、今は米国から大量にトウモロコシエタノールを輸入する国になったと批判している。エタノール不足は砂糖価格の上昇で、燃料用への売却が減ったことや悪天候もあるが、長期的な視野での開発・投資を怠ったことが最近の不作、収量低下の大きな原因のようだ。収量や糖度の高い品種や乾燥・病害虫に強い品種の開発が急がれるが、品種改良には時間がかかる。

 ここ数年、海外のバイテクメーカーや石油メジャーと共同で、遺伝子組換えの高収量や乾燥に強い品種の研究開発も始まったが、組換え品種の開発には政府の安全性承認手続きもあり、5~8年はかかる。栽培技術の問題もある。サトウキビは根こそぎ収穫するのではなく、切り株を残し、翌年再び収穫する。ふつう、この「株出し」栽培を4~5回おこなった後、新しい種子をまく。しかし、資金不足から、10回以上も「株出し」栽培を続け、収量が大幅に低下したり、病害虫に弱くなった畑も多い。

 根本的な対策には時間がかかるため、ブラジルのサトウキビエタノールの停滞は続き、その分、米国産トウモロコシエタノールの輸出は増えるだろうというのが業界筋の読みだ。

リメンバー9.11 中東のテロ組織にドルを渡すな

 米国は2001年9月11日の同時多発テロ事件以降、テロには敏感だ。2007年12月に制定された「2007エネルギー法」は「エネルギーの自給と国家安全保障」を目的とした法律で、2022年までにエタノール使用量を6倍に増やすことを決めた。これには非食用植物によるセルロース系エタノールも含まれるが、当面の主役はトウモロコシエタノールだ。

 2007エネルギー法は、(1)海外からの原油輸入依存を減らす、(2)温室効果ガスの排出を減らす、(3)新エネルギー産業で農村に新たな産業、雇用を作る――が3本柱だ。どれも良い政策に見える。しかし、海外原油輸入依存を減らすことは、石油資源の枯渇や貿易赤字対策のためだけではない。国防、安全保障が最大の理由だ。少し古いが、2010年5月のSoutheast Farm Press紙がストレートな記事を載せている。

 「トウモロコシ、エタノール、テロとの闘い」というタイトルで、先端技術推進派のジャーナリストが穀物生産者団体の集会で、「トウモロコシやダイズ生産者はテロとの闘いでも重要な役割を果たしている」と演説したものだ。

 米国の海外原油輸入依存度は2009年には約60%で、約6000億ドルを海外(ほとんど中東諸国)に払っている。1972年は40億ドル、1999年には400億ドルだった。「この大金の一部は、イスラム原理主義集団を介してテロ組織に流れている」とジャーナリストは主張する。「輸入したガソリンを車に使うことは、結果としてテロ組織を支援することになる」と前CIA(中央情報局)長官の言葉を引用し、「中国の経済成長は驚異だが、中国は原油輸出国ではない。海外原油依存という点では米国と同じ船に乗っている。最大の驚異は中東諸国だ」と聴衆をあおり、「トウモロコシの生産性をさらに上げ、食用、飼料用とともに、燃料用への供給を増やすべきだ」と力説している。

 テロ組織の指導者とされるウサマ・ビンラディンは昨年5月に死亡し、「9.11」10周年も無事に終えたが、米国内外でテロ組織をめぐる不穏な動きは続いている。中東諸国への原油代金がどの程度、テロ組織に流れているかはわからないが、「中東原油の依存を減らすことは国防上の利益につながる」という論調は米国民の共感を得、愛国心を高めるのかもしれない。

日本への影響は

 飼料代の高騰などで、米国の畜産業者は生産規模縮小を迫られるなど大きな問題に直面している。2011年9月には連邦議会(下院)で公聴会が開かれ、畜産業界とエタノール業界が激論を闘わせた。「飼料代の値上がりはトウモロコシをエタノール用に優先的に売ったためだ」、「違う、最大の原因は原油の値上がりで、これがきっかけでもろもろの生産コストが上がったのだ。トウモロコシが引き金ではない」と両者は対立した(Delta Farm Press)。

 しかし、日本にその影響は及ばなかったため、ほとんど報道されなかった。むしろ最近は輸入される飼料用トウモロコシ価格は値下がりしている。これは2011年度の穀物生産が世界的に豊作だったためと円高ドル安のためだ。豊作といっても、北米、南米、豪州などで極端な不作地域がなかったためだが、いずれにしろ日本にとっては幸運だった。しかし、もし2007~08年の穀物価格高騰時のような円レート(1ドル110~120円台)だったらどうだったのだろうか。単純計算で、米ドルに対して今の円の価値(約80円)は約1.5倍だ。輸入する側にとっては良いことかもしれないが、円が再び安くなったら(というより適正な値に戻ったら)、どうなるのだろうか。

 消費者団体やマスコミが食品の問題で騒ぐのは、安全性への懸念とともに、価格高騰や品不足になった時だ。今、輸入トウモロコシではいずれの問題も起きていないので誰も騒がない。しかし、私は気になり不安になってしまうのだ。眠れないほどではないが。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介