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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

米国のトウモロコシ 連作可能になったのは良いのか悪いのか

白井 洋一

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 米国は世界一のトウモロコシ生産国で世界全体の約4割を占めている。毎年およそ3億トン生産されるが、輸出用は約15%で、ダイズの輸出割合(約45%)と比べると意外と少ない。米国国内で消費される85%は、家畜飼料用、バイオ燃料用、食品原料用に大別される。食品用といってもスイートコーンは別で、ここで言うトウモロコシはスターチ、シロップ、食用油などの原料となるデントコーン。スイートコーンの栽培面積はデントコーンの1%以下で、穀物ではなくマイナー作物(生鮮野菜)の一つとして扱われている。米国でのデントコーンの燃料用(バイオエタノール)の割合は年々増加していたが、昨年(2011年)、国内使用量の44.8%となり、飼料用(42.7%)を初めて上回った。

●米国のトウモロコシ 10年間の変化

 「燃料用が飼料用を初めて上回る見込み」と報道された直後の2011年8月18日に農務省経済調査局から「エタノールの10年、2000~09年の米国トウモロコシ生産の増加」というレポートがリリースされた。

 主なポイントは6つ。(1)10年間で栽培面積は10%、生産量は30%増えたが、バイオエタノールの生産量は6.8倍増え、特に2006~08年に大きく伸びた。(2)トウモロコシとダイズを交互に栽培する輪作から、トウモロコシ2年、ダイズ1年とトウモロコシを3年に2回栽培する農家が増えた。(3)南部州ではトウモロコシを年2回栽培する新しい栽培スタイルも登場した。(4)トウモロコシが増えた分、ワタ、小麦、牧草が減り、ダイズは減っていない。(5)トウモロコシの増加や牧草の減少が、環境(水、土、大気、野生生物)に及ぼす影響はまだ明らかではない。(6)燃料用トウモロコシが、2007~08年の穀物価格高騰に与えた影響ははっきりしないが、20%程度は関係した可能性がある。

 穀物価格高騰の原因は米国内でも諸説あるが、「すべてではないが、20%程度は関係あるのでは」と言っているのが興味深い。レポートは農地の利用形態の変化が環境に及ぼす影響やワタや小麦の価格への波及的影響など予測しにくい問題を抱えているので、今後の追跡調査の必要性を強調している。現時点では妥当な指摘だろう。

●組換えBtトウモロコシに抵抗性害虫

 1月9日のGMOワールドIIで宗谷敏さんが、害虫抵抗性の遺伝子組換えBtトウモロコシで、トウモロコシの根を加害するネクイハムシ(ウエスタン・コーンルートワーム)が抵抗性を発達させ、防除効果が低下していることを紹介している。

 問題となったのはCry3Bb1トキシンを導入したモンサント社の系統だが、2009年の野外調査で初めて抵抗性発達が確認された。商品化されたのは2003年であり、まだ6年しかたっていない。論文(PLoS ONE)の研究者や米国環境保護庁(EPA)は、栽培者が抵抗性発達管理対策としての義務である緩衝区(refuge)を設置しなかったり、毎年同じ畑でトウモロコシの連作栽培を続けたのが原因と指摘している。

 この系統は温室栽培での実験から、根でのトキシン発現量が不十分であり、十分な緩衝区対策をとらないと短期間で抵抗性が発達する恐れがあると2008年の論文でも警告されており、「やっぱりね」という気がしないでもない。

 宗谷さんも述べているように、幸いなことにこのBtトキシン(Cry3Bb1)に対して顕著な抵抗性発達が確認されたのは中西部の数州だけで、しかも州全体ではなく局地的現象であり、現時点では大きな問題とはなっていない。また、Cry3Bb1に抵抗性を発達させた集団でも、他のBtトキシン(Cry34Ab/35Ab)に対しては抵抗性を発達させていない。モンサント社が主張しているように現在はCry3Bb1のみを発現する品種の栽培シェアは小さく、複数トキシンを発現する品種にシフトしているのも事実だ。今回問題となった系統が2003年にモンサント社から商品化された後、2005年にCry34Ab/35Ab系統(ダウ社・デュポン社)、2007年にCry3Aa系統(シンジェンタ社)が登場し、現在は3系統のうち、2系統を掛け合わせたスタック品種の利用が増えている。シンジェンタ社はさらに新タイプの系統(eCry3.1Ab)を現在申請中であり、モンサント社も新系統の開発を急ピッチで進めている。現在のスタック品種とさらに新系統が加わることで、ネクイハムシに対する抵抗性発達問題は技術的には克服できるかもしれない。少なくとも抵抗性発達のスピードをかなり遅らせることはできるだろう。

●トウモロコシ連作を可能にした技術

 しかし、今回の抵抗性発達の報告を聞いて、私は複雑な気持ちになった。同じ畑でトウモロコシを毎年連作したため、抵抗性が発達したと言うより、遺伝子組換え技術によるBtトウモロコシの登場によって、トウモロコシの連作が可能になったからだ。トウモロコシはダイズと異なり、同じ畑で毎年作っても連作障害がでる作物ではない。収量は多少落ちるが肥料の投入でカバーできる作物だ。しかし、米国中西部のコーンベルト地帯で連作できなかったのは、ウエスタン・コーンルートワームなど数種類のネクイハムシのためだった。ネクイハムシは地上部の実や茎を加害するアワノメイガ以上に防除の難しい害虫だ。成虫はトウモロコシ畑で羽化すると地中に卵を産み、翌年の春、トウモロコシの種子がまかれ発芽すると、それに合わせて卵が孵化(ふか)する。幼虫は生育初期の若い根を加害するためトウモロコシのダメージは大きく、地中に散布する効果的な殺虫剤もなかった。ネクイハムシの卵はトウモロコシの若い根がないと孵化しないため、生産者はトウモロコシを栽培した翌年は、ダイズ、小麦、牧草を植えて被害を回避してきた。連作したくてもできなかったのだが、根から殺虫成分を発現する組換えBtトウモロコシによって、連作が可能になった。

 私は2007年7月、当時勤めていた農業環境技術研究所のウェブマガジンに「バイオ燃料と遺伝子組換え作物、トウモロコシの連作を可能にした技術」という記事を書いた。

 その最後は「現時点でもっとも効率的なバイオ燃料原料であるトウモロコシの連作、増産手段を手にした米国が、今後どのような課題に直面し、組換え技術をどのように利用していくのか注視したい」と結んだ。あれから4年たち、米国のトウモロコシ産業はバイオ燃料ブームと世界的な穀物需要を追い風に大きな利益を得ているように見える。しかし、将来も持続可能かというとやや綱渡り的な危うさも感じる。連作や年に2作など過度なトウモロコシ栽培はやめた方が賢明だと思うが、そう簡単にはいかないだろう。バイオエタノールには米国国内だけでなく、輸出面でも新たな市場の可能性が見えており、さらに米国には国防上の問題(テロとの闘い)があるからだ。この続きは次回(3月14日)に。

<編集部より>
 白井洋一さんが、独立行政法人農業環境技術研究所のウェブマガジン『農業と環境』で2007年6月~2011年7月に連載した「GMO情報」は、同研究所ウェブサイトの「GMO情報」記事一覧からお読みいただけます。

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白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介