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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

米国はなぜ害虫抵抗性Btダイズを栽培しないのか?

白井 洋一

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 米国農務省は毎年7月初めに、トウモロコシ、ワタ、ダイズの遺伝子組換え品種の栽培割合を発表する。今年のシェアはトウモロコシ93%、ワタ94 %、ダイズ94%でほぼ前年と同じだったが、トウモロコシとワタは害虫抵抗性のBt(バチルス・チューリンゲンシス)品種と除草剤耐性品種を合計した数字なのに対し、ダイズはグリホサートやグルホシネートなど除草剤耐性品種だけだ。 Cryトキシンを発現するBtダイズは2013年にブラジルで商業栽培が始まり、さらに新品種を含め他の南米諸国でもBtダイズの栽培が予定されている。しかし、Btダイズを開発したモンサント社やダウ社は米国に本社があるにもかかわらず米国ではBtダイズは1エーカーも商業栽培されていない。なぜなのか?

抵抗性管理対策の緩衝区がネックに
 Cry1Acを発現するBtダイズ(MON87701)は2000年代初めに商業生産可能な段階に達していたが、米国では商業栽培の申請をせず、モンサント社がブラジルに栽培申請を出したのは2009年6月だ。このとき、モンサント社は米国ではチョウ目害虫によるダイズの被害は大きくないので、米国では栽培する予定はないとコメントしている。

 ダイズにも、ベルベットビーン・キャタピラー、ソイビーン・ルーパー、コーン・イアワームなどダイズを加害するチョウ目害虫は多い。Btダイズがトウモロコシやワタのように米国農業に普及しなかったのは、抵抗性管理対策の面倒さから生産者サイドの要望が少なかったからのようだ。これは論文や公式報道にはなっていないが、当時の農業紙では「半分(50%)を非組換えの品種にしなければならないのではメリットがない。ダイズは除草剤耐性品種で十分」という生産者の声を紹介していた。

 Bt(Cryトキシン)に抵抗性を発達させない、発達のスピードをできるだけ遅らせるための対策は、環境保護庁(EPA)の管理下で始まり、Bt品種を栽培した畑の周囲に20%の割合で非Bt作物を緩衝区(refuge)とすることが義務付けられていた。さらに南部州のワタ栽培では、トウモロコシと共通の害虫が多いため、緩衝区も50%と定められた。ダイズにはトウモロコシやワタと共通の害虫がいるので、もしBtダイズを栽培するなら、特に南部の主要なダイズ生産地では、50%緩衝区となることが予想されたため、生産者団体は「特にBtダイズを望まない」と表明し、開発メーカーも生産者の望まないものを無理に商品化しなかったようだ。

 米国のダイズ生産者が今でも同じ気持ちかというと、必ずしもそうではないようだ。最近のDelta Farm Press(2015年8月12日)に「Btダイズは効果があるが、米国生産者は利用できない」という記事が載っている。

 南部のミシシッピー州立大の研究者たちは大学農場でBtダイズを試験栽培し、ブラジルの現場も視察した。その経験を踏まえて、次のように述べている。

 米国南部州のダイズでも、ベルベットビーン・キャタピラー、ソイビーン・ルーパー、コーン・イアワーム、モロコシマダラメイガなどのチョウ目害虫に効果がある。早まきの場合、被害はそれほどでもないが、5月、6月の遅まきでは効果が大きいだろう。

 いまのところ、非組換えの耐虫性品種もあるし、これ以上Bt品種が増えるのも、抵抗性発達管理の上では慎重に考えるべきだ。

 米国では商業栽培の予定は今のところない。開発メーカー(モンサント社やダウ社)が今後、どう決断するかだが、緩衝区の設定割合はまだ決まっていない 。50%緩衝区となると大きな制約になるかもしれない。

オオタバコガ 米国本土に侵入 組換えBtダイズ採用のきっかけとなるか?
 2014年3月5日の当コラム「ブラジルに侵入した大害虫オオタバコガ 組換えダイズは救世主になるか」で、新大陸(南米と北米)に分布していなかった大害虫オオタバコガがブラジルに侵入したことを紹介した。

 オオタバコガ(Helicoverpa armigera)はOld World bollworm(旧大陸タバコガ)、近縁のアメリカタバコガ(Helicoverpa zea)はNew world bollworm(新大陸タバコガ)とも呼ばれ、分布域が分かれている。先にあげたダイズ害虫の1つ、コーン・イアワーム(corn earworm)はアメリカタバコガのことだ。侵入種のオオタバコガは雑食性で、ブラジルではダイズにも大被害を与えている。

 このオオタバコガが米国本土のフロリダ州で初めて確認された(2015年8月11日)

2013年にブラジルで初めて確認され、アマゾン盆地の北部、国境沿いのベネズエラやカリブ海諸国でも確認されたため、米国南部やメキシコへの侵入も時間の問題と警戒されていた。いまのところ、フロリダ半島に限られているが、オオタバコガは行動範囲の広い移動性の害虫なので、今後が心配されている。

 さらに厄介な問題となるかもしれないのは、侵入種のオオタバコガが近縁の在来種、アメリカタバコガとブラジルの野外ですでにかなりの頻度で交雑している可能性が高いことだ。見た目では区別できないほどの近縁種で、室内実験で簡単に交雑することは知られていたが、野外での交雑個体の報告(Journal of Economic Entomology 2014年6月, ブラジルで見つかったオオタバコガの遺伝子配列)は初めてだ。

 フロリダ半島で初確認された個体はアメリカタバコガとの交雑ではなく、純粋なオオタバコガのようだが、雑食性なので、ダイズ、トウモロコシ、ワタだけでなく、牧草や野菜類への被害も心配されている。

 これがきっかけとなり米国でBtダイズの商業栽培の動きが出てくるかは今のところわからないが、もし栽培するなら、生産者が懸念していた緩衝区の割合は改善される可能性がある。

 Btトウモロコシに20%の緩衝区が義務付けられたのは昔の話で、複数の異なるトキシンを発現するスタック品種では、5%~10%緩衝区や、緩衝区を設けず、種子袋に90対10や95対5で非Bt種子をブレンドする「Refuge in Bag (RIB)」も認可される時代になっている。

 BtダイズもCry1AcのみのMON87701だけでなく、Cry1A.105+Cry2AbのMON87751、Cry1F+Cry1AcのDAS81419ができたので、商業栽培する場合は、これらの品種をスタックした複数トキシン品種とし緩衝区割合を減らすようメーカーはEPAに働きかけるだろう。

Btダイズは遅植え、再播種を可能にする技術にもなりうる
 Delta Farm Pressの記事で研究者が「早まきの場合、被害はそれほどでもないが、5月、6月の遅まきでは効果が大きいだろう」と述べていたが、これを読んで、Btトウモロコシ導入初期の生産者アンケートを思い出した。

 米国の害虫防除研究者は、Btトウモロコシ導入初期の1996~98年にコーンベルト地帯の大規模生産者を対象にアンケート調査をおこなった。この結果が2002年10月のJournal of Economic Entomology「バイオテクノロジーとヨーロッパアワノメイガ、Btトウモロコシに対する農民の意識と受け入れに関するアンケート調査」に載っている。

 Btトウモロコシはアワノメイガなどチョウ目害虫に優れた効果を示し、殺虫剤使用量も大幅に減らしたことが知られているが、アンケート調査によると、Bt品種を採用した生産者の約4割は採用前はまったく殺虫剤散布をせず、早まき、早期収穫で害虫被害に対応していた。スイートコーンと違い、飼料や加工原料に使うデントコーンは多少の虫害(約15~20%の減収)でも商品になる。農薬散布費用とのバランスからの選択だが、Bt品種の採用によって、虫害による減収がほとんどなくなり利益になった。

 さらに害虫の被害が大きくなる5月下旬から6月に遅まきすることも可能になった。今ではトウモロコシは種まき後に洪水に見舞われた場合、再播種することが普通になっているが、害虫の多い時期と重なるため、Bt品種のなかった頃には不可能な栽培手段だった。Btダイズでも種まき時期の変更や再播種など栽培体系が変化する可能性があり、生産者は害虫防除だけでなく、栽培時期でも多様な選択手段を得ることになる。

 米国では、トランス脂肪酸を含まない高オレイン酸ダイズなどの組換え品種も商業栽培されているが、これらは除草剤耐性品種と掛け合わせたスタック品種として栽培されるので、農務省のバイテク作物割合には影響しない。Btダイズが米国で商業栽培されたとしても、除草剤耐性とスタックされるので、ダイズのバイテクシェア(94%)がさらに大きく増えることはないだろう。日本の消費者や市場は導入形質の中味に関係なく、「遺伝子組換え(GM)かノンGMか」だけが関心事なので、その点では心配することはないのだが、新たな害虫防除技術、栽培体系の変化という点では要注目の出来事なのだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介