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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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はて? スギ花粉症緩和米 令和の御代に日の目を見るか

白井 洋一

農林水産省傘下の研究法人である農研機構は2005年(平成17年)以来、スギ花粉アレルギーに効果がある遺伝子組換えイネの栽培試験を続けてきた。効果がマイルド、保管も便利、食べて治せるなどが売りだ。しかし、実用化、商品化の目途が立たないまま、時は流れた。

2023年(令和5年)、政府は省庁横断、オールジャパンで花粉症対策に取り組むとぶち上げた。3本柱は、人工スギ林の伐採、花粉の出ない品種への植え替え、アレルゲンを含む治療薬を皮下に注射して体質改善する舌下免疫療法であり、農研機構の遺伝子組換えイネは主要対策に入っていない。

2024年5月24日の農水大臣の記者会見でも「花粉症発生源対策のため、花粉の少ない苗木による植栽面積を増やす。そのための数値指標を新たに設定する」と言っている。

しかし、昨年10月の当コラム「政府の花粉症対策まとまる 主役から外れた花粉症緩和米はどうなるのか?」で書いたように、農水省、農研機構は、組換えイネの実用化を断念したわけではないようだ。だが、具体的な対策は示されない。どうするつもりなのだろうと思っていた。

●実用化に向けた官民連携検討会立ち上げ

第3回スギ花粉米の実用化に向けた官民連携検討会(2024年5月30日開催)のお知らせがあった。

会議は非公開で、どんな戦略を練っているのか分からない。過去2回の会議内容も公表されていないが、検討会の構成員名簿だけ公開されている。

5月10日に行われた農研機構の栽培説明会でのやり取りと、過去(2016~2018年)にもあった戦略検討研究会から、スギ花粉米のこれまでとこれからを考えてみる。なお、スギ花粉米と花粉症緩和米、治療米など名称はいくつかあるが中味はほぼ同じだ。

●今年は栽培 花粉症緩和米 農研機構

2005年に始まったスギ花粉米の試験栽培は2022年までほぼ毎年行われてきた。2023年は途絶えたが、2024年再開され5月10日に一般向けの説明会が開かれた。

農研機構はスギ花粉ペプチド含有、スギ花粉緩和、スギ花粉治療、スギ花粉ペプチドなどいくつか名称の異なる系統(イベント)を開発し、試験栽培している。多くのイベントは研究目的の文部科学省への申請だが、今年は新たな申請を出していなかった。

どのイベントを栽培するのだろうと思っていたが、今年栽培するのはスギ花粉ペプチド含有イネ(7Crp#10)だった。 2005年に栽培した最初のイベントで、2007年6月に期間を限定せず、農研機構の指定圃場で栽培できる認可を受けた系統だ。

「いよいよ本格的に栽培が始まる。実用化が期待できそうだ」とバイテク推進の先生達が話していたのを思い出した。この系統なら、改めての申請は必要ない。では今まで栽培してきた他の系統はどうなる? 7Crp#10に絞るのか?

●なにも決まっていない すべてこれから検討会で

5月10日の説明会では私と製薬会社OBの男性が質問した。男性の質問は主に2つ。

Q.このプロジェクト、20年近くやっている。企業ならもうやめている。なぜこんなにかかるのか、最大の障壁はなにか?
A(農研機構、作物ゲノム編集研究領域長)
医薬品として、メーカーの協力がなく、有効性を示すデータが少ない。コメを材料としての知見、安全性データも十分ではない。そこで今年1月に官民連携のプロジェクトを立ち上げた。もう一回、仕切り直しということで。

Q.農研機構はなぜ、コメにこだわるのか、ワクチンなら別なシステムがあるのではないか?
A.薬の直接投与ではなく、コメはマイルドな働きがあるので、コメを使っている。

私からの質問は3つ。

Q.今までいくつかのイベントを栽培してきたが、今後、どのイベントを使うのか。組換え食品では機能、性質は同じでも導入遺伝子が少しでも異なれば、別イベントとなり、審査も別だ。医薬品ではどうなのか?
A.まだ決まっていない。今後検討会で・・。

Q.今年の栽培計画では、生育特性の調査と医薬品としての剤型の検討とあるが。以前はパックご飯にして、レンジで温めて食べてもらうやり方だったと思うが。
A.どのような形態にするのかも、これから検討会で決める。

Q.今年栽培する系統のイネ品種「キタアケ」はまずいと聞いている。コシヒカリに導入するのは難しいかもしれないが、せっかく作るなら、もう少し美味な品種にしたらどうか。
A.成分を抽出して錠剤にするなら、キタアケのようなコメでもよいと思う。

すべてはこれからの検討会で決める、今はなにも決まっていないということのようだ。

●2016~2018年 農水省の新価値創造研究会 あれは何だったのか

農水省は以前にもスギ花粉イネを商品化するにはどうしたらよいか、医薬品関係者を含む官民連携の「新価値創造研究会」を開いていた。正式名称は農業と生物機能の高度活用による新価値創造に関する研究会」で、2016年(平成28年)2月から2018年1月まで9回開催し、新価値創造の実現に向けての提言を出している。

スギ花粉イネだけが対象ではないが、要は「農水省が今までやってきた組換えイネ(スギ花粉イネ)の実用化と組換えカイコでも医薬品を作る」ことを目指し、農水省だけでなく、経済産業省も事務局に入った儲かる新産業創出のための研究会だった。

「医薬品はハードルが高い。(最近できた)機能性表示食品でトライしたらどうか」というやや無責任な発言もあった(第2回、2016年2月23日)。厚生労働省の参考人からは「医薬品としてやるなら、医薬品の法律に従ってほしい。もっと早くから、厚労省に相談し、製薬会社と協力していたらうまくいったかもしれないが」ときわめてまっとうな発言もあった(第8回、2017年7月25日)。

農水省は本気で医薬品分野に参入するつもりがあるのかと思えるような、会議が延々と繰り返された。9回の会議を経て2018年1月に出された提言で、スギ花粉米は次のように書いてある。

  • 食品の形態で利用できる利点を活かすべき。医食同源の思想に基づき、医農連携の可能性を検討すべき。
  • 生物機能の高度活用の先行事例となるので、実用化に向けて、関係府省や機関は具体的な取組みを早急に行うべき。

格調高い提言である。この提言と前後して、農研機構はパック米を医療機関に提供して治験してもらうなどの取り組みをしたが、実用化への道は開けなかった。組換えカイコを使った医薬品開発でも今のところ芳しい話は聞こえてこない。

●研究会 検討会の繰り返しではなく 決断の時期

5月10日の説明会で少し気になったのは担当研究者の熱量のなさだ。スギ花粉イネを開発した当時の研究者たちは定年となり現場を去った。今回、説明した管理職(領域長)が実際にスギ花粉イネを担当するのか分からないが、「すべてはこれから、今後の検討会で」の発言からは「何としてでも」という熱量は感じなかった。

検討会は非公開だが、日経バイオテク(2024年5月30日)によると中間とりまとめ案が出され、有効成分を抽出して錠剤(医薬品)として製品化するのが望ましいなどの意見が出たという。

最終まとめがいつ、どんな内容で出るのか分からないが、製薬会社の協力が確約できないのならば、研究開発はきっぱり断念すべきだと思う。室内実験の開始から20年以上やってきて未練があるかもしれない。スギ花粉イネに代わる、有望そうな組換え作物もない。ゲノム編集技術でもイネに限らず実用化が近い作物は今のところ1つもない農研機構としては、スギ花粉イネをやめるわけにはいかないのかもしれない。しかしである。今までの経緯と、これから(医薬品としての審査のハードル)を考えて、所管の農水省は決断するべきだ。

医薬品として研究を続けるのであれば、農研機構の研究部門とは独立した、第3セクター、ベンチャーのような別組織を作って、申請業務の専門家をスカウトしてビジネスとして戦略的に進めるべきだ。今までのように「うまくいくかもしれない。うまくいったらいいな」という研究者の発想ではだめだ。

2007年(平成19年)6月、期間を限定せず、スギ花粉ペプチド含有イネ(7Crp#10)が農水省・環境省の承認をうけたとき、「いよいよ本格的に栽培が始まる。商業栽培が期待できそうだ」とバイテク推進の先生達が話していたことは前述した。そのとき私は「平成のうちに実用化しますかね」と言ったことを思い出した。平成があのような形で終わるとは予想もしていなかったが。さて、農水省、農研機構のスギ花粉イネの商品化戦略、令和のうちに実現するのだろうか。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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