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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

政府の花粉症対策まとまる 主役から外れた花粉症緩和米はどうなるのか?

白井 洋一

2023年10月11日、岸田内閣は花粉症対策の初期集中対策を発表した。今年の4月、岸田首相が突如、「国を挙げて花粉症対策を実施する。省庁横断した関係閣僚会議を開く」とぶち上げた。その具体的な対策が今回の発表だが、発生源対策、飛散対策、発症・暴露対策の3本柱で、人工スギ林の伐採、花粉の出ない品種に植え替える、薬で体質改善する「舌下免疫療法」などが重点対策に名を連ねている。

4月以来、時折報じられていた内容で特に新味はない対策だが、農林水産省が2005年以来、試験栽培を続けてきた花粉症緩和米と称する遺伝子組換えイネは、今回の内閣府の発表でも、メディア報道でもまったく出てこない。私は「ようやく農水省や農研機構(研究開発機関)は開発を断念したのか。残念ではあるが仕方ないな」と思った。

ところが、内閣府から発表された「初期集中対応パッケージ」を見ると、3番目の発症・暴露対策の最後のほうに「引き続き、スギ花粉米の実用化に向け、官民で協働した取組の推進を支援する」と書いてあった。発症・暴露対策の中心は舌下免疫療法治療薬で薬の処方や診療報酬制度の改定など具体的に書かれている。一方、花粉症緩和米は「引き続き・・・推進を支援する」でトーンは下がる。具体的ではない。農水省、農研機構は花粉症緩和米をほんとに実用化する気があるのだろうか。

●2023年春 試験栽培実施せず

花粉症緩和米とは、遺伝子組換え技術によって改変したアレルゲンを米粒の中に蓄積し、これをご飯として毎日食べることによって、花粉アレルギー反応を徐々にへらす免疫治療タイプの米だ。薬による免疫療法と比べて、効き方がマイルドで副作用の心配もないというのが、開発者側のセールスポイントだった。

私が農研機構が花粉症緩和米の開発を断念したと思ったのには理由がある。茨城県つくば市にある農研機構では、毎年、遺伝子組換え作物の試験栽培を行っており、報道関係者や一般市民向けに事前説明会を開く。名称や系統は違うが花粉症緩和米(または治療米)の試験栽培は2005年に始まり、2011年から2022年まで12年連続して行われてきた。ところが2023年は実施されなかった。試験栽培といっても自由にやれるのではなく、研究目的として文部科学省と環境省に場所と期間を申請し、許可された範囲でしかできない。2022年に栽培された系統は2024年3月までの申請で、予定通りなら2023年も栽培されるはずだった。

野外試験栽培一覧

農研機構の花粉症緩和米は開発当初の2005年から、遺伝子組換え作物ということで社会から注目を集めるとともに、組換え体反対の市民団体からキャンペーン攻撃を受けた。それだけでなく、承認制度の面でも、開発者側の誤算があり、迷走した。特定保健用食品(トクホ)のような「食品」を目論んだが、厚生労働省は「治療を目的とするので医薬品になる」と判断した。食品でも遺伝子組換え食品の安全性審査はハードルが高いが、医薬品は人への臨床試験など別な面で多くの障壁がある。

農水省は医薬品ルートに変更して再挑戦したが、協力を申し出る製薬企業はなかった。2つの医療機関で臨床試験を行い、良い効果も一部あったようだが、特に目立った進展は発表されていない。今後も医薬品としてのサンプル確保のため栽培を続けるのか、あるいは別のルートに戦略を変更するのか、方針がはっきり見えないのが2022年時点での私の感想だった。そんな中、2023年4月の岸田首相の「花粉症対策強化」発言は本来なら、花粉症緩和米開発者側にとっては追い風のはずだが、2023年春、長年続いた試験栽培は途絶えた。岸田発言との関係は不明だが、やっぱりあきらめたのかなと私は思った。

●花粉症緩和米以外にも多くの野外試験を実施 

表に示すように、農研機構(統合前は作物研、生物資源研)では花粉症緩和米以外にも、多くの組換えイネの試験栽培を実施している。病害抵抗性や開花期制御などは研究の初期段階で、温室試験で得られた有望系統を野外で試してみる「機能検証」の段階だ。結果が良くなかったのか、最初から次に進むつもりのない基礎実験だったのかは明らかではないが、プレスリリースで宣伝するような成果は出なかったようだ。

農研機構が力を入れているのが花粉症緩和米など機能性強化イネで、ノボキニン蓄積イネの野外試験を2018年から開始している。ノボキニンとは卵白アルブミン由来のオボキニンの機能を強化したもので、血圧を調整する効果があるという。これも医薬品扱いになるはずだ。気になるのはこのノボキニン蓄積イネもまだ1年あった栽培試験を2023年はやらなかったことだ。

2017年12月にバイテク応援団の市民団体が主催したセミナーの配布資料によると、農研機構は現在開発中の機能性米リストとして12系統をあげている。

1.スギ花粉ポリペプチド含有米、2.スギ花粉ペプチド含有米、3.ヒノキ花粉ペプチド含有米、4.シラカバ花粉ペプチド含有米、5.ダニアレルギーペプチド含有米、6.卵白オブアルブミンペプチド含有米、7.ヒトコラーゲンアナログペプチド含有米、8.GPIアナログペプチド含有米、9.ラクトスタチン含有米、10.コングリシニン含有米、11.ノボキニン含有米、12.各種サイトカイニン含有米。

このうち、1から11はモデル動物への経口投与で有効性を確認しているという。1と2以外は野外試験は実施していないので、閉鎖系の温室で栽培したイネを使ってモデル動物への投与試験をやったのだろう。現在もこれらの系統の研究開発を続けているのかは不明だが、改めて書き出してみると、2017年当時、花粉症緩和米でも迷走して戦略が定まらないのに、ヒノキ花粉、シラカバ花粉、ダニアレルギー対策といろいろ開発中ですと宣伝する農研機構の姿勢に失笑してしまった。

●2024年 どんな系統で再スタートするのか

来年(2024年)から花粉症対策米の野外栽培を再開するには、今までに申請した系統(Os7Crp1,2など)でも改めて、場所、期間を定めて文科省・環境省に申請しなければならない。従来の系統を再申請する場合は延長申請扱いで手続きは簡単かもしれないが、導入遺伝子を変えた新規系統ではそれなりの審査作業を要する。今年の暮れか来年早春までに申請しないと2024年初夏の栽培(田植え)には間に合わない。あるいは厚労省の医薬品という見解をスルーして、トクホや機能性食品として認可させるよう官民挙げての政治工作を考えているのだろうか?

しかし、それでも組換え体であることに変わりはない。ゲノム編集のタイプ1技術で、外来遺伝子を導入しないなら、組換え体扱いにはならないが、この技術で花粉アレルギーの免疫反応を改変するようなコメはできないと思う。農研機構はこれからどんな手を打ってくるのだろうか。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介