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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ゲノム編集作物の規制 世界の情勢 中国も現実的な方向へ

白井 洋一

ゲノム編集技術は、DNA切断酵素を使って、狙った遺伝子配列の部位を正確に取り除いたり、導入できる技術だ。従来の遺伝子組換え(GM)技術と異なり、最終産物に外来(異種)遺伝子が残らない場合があり、これをGM生物と同じ規制をすべきかどうかで世界各国はいろいろ議論、検討してきた。当コラムでも何度か紹介したが、北米、南米、日本などはGMとは別な規制とする、一方ヨーロッパ(EU)は、GMと同じ規制を続けるという情勢だった。

今年(2022年)8月に、Plant Physiology誌に「世界のゲノム編集、政策と認識の更新」が載った。2月に発表された中国のガイドラインも入っている最新情報だ。

●ゲノム編集は3つのタイプに分けられる

ゲノム編集技術は主に3つに分けられ、SDN1、2、3、あるいはタイプ1,2,3と呼ばれる。SDNとはSite-Directed Nuclease(部位特異的切断酵素)の略だ。タイプ1は外来遺伝子を導入せず、小規模な変異を誘導して、遺伝子の働きをなくす。タイプ2は1~数塩基程度の加工した塩基を導入する。タイプ3は加工した長い配列の遺伝子を導入する。

タイプ3は外来遺伝子を導入するので、GMと同じ規制対象となる。タイプ2の扱いは環境省と厚生労働省で多少異なるが、今のところ開発者から申請は出ておらず、これからモノが上がってきたら、事例ごとに判断するようだ。タイプ3がもっとも将来性のある技術だが、GM扱いで厳しい規制が課せられるので、現時点で開発者からの申請はないし、日本では当分の間、登場しないだろう。

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世界で、議論されているのは主にタイプ1の扱いだ(一部の国ではタイプ2も検討している)。タイプ1は、小規模な変異誘導による品種改良で、外来遺伝子が製品中に残らない。放射線照射や化学薬品処理による変異誘導には特別な規制は課せられていない。ゲノム編集のタイプ1も規制対象外とすべきだというのが、研究者、産業界の要望だった。規制当局側も、GMと同様の厳格な、必要以上に厳しい食品安全や環境影響評価を課すと、弊害の方が大きくなるという反省があるようだ。それならGMを含めたバイオテクノロジー農作物、食品の安全審査基準全体を見直せばよいのだが、そうはならず、とりあえず外来遺伝子の残らないタイプ1だけ検討するとなった国がほとんどだ(日本も含む)   。     

●中国 ガイドライン発表 米国より厳しくEUより緩やか

Plant Physiology誌では、地図で緑、黄色、赤色で各国を色分けしている(図1)。深緑色は法制化し、タイプ1は規制対象外だ。米国、カナダ、南米諸国、豪州、日本、インド、中国、英国、ナイジェリアなどが入る。

淡緑色は前向きな方向で検討中で、ロシア、韓国、インドネシアなどだ。黄色は検討中でブルキナファソなど。赤色はGMと同じ規制で、EU、ニュージーランド、南アフリカだ。残りの白色は情報なしで、アフリカ、中央アジアがほとんどだ。これを見ると、ゲノム編集の規制をめぐっては、米国とEUが対立する2極構造と報じるメディアも多いが、EUの方が少数派といえる。

注目は中国だろう。2022年1月25日、中国農業農村部はゲノム編集作物の認可に関する規則案を発表した。環境と食品安全のリスクの増減を4つのパタンに分け、新規のゲノム編集作物のリスク度を検討している。外来遺伝子を導入しないゲノム編集作物(タイプ1)は、環境と食品安全いずれのリスクも増加しないので、GMのような長期の野外試験は必要ない。しかし、リスク度の判定には、規制当局にデータを提出する必要があり、規制対象外となれば、商業栽培は一挙に進む可能性がある。どんなデータ提出が必要なのかはっきりしない、シスジェネス(同種遺伝子の導入)はどうなるかも不明など、中国の研究者からは不満も上がっている(Nature News 2022/2/11)。

データを提出させて、規制当局が判断するというのは日本政府の「まずは事前相談に来なさい」に近いシステムだろうか。当局の統制のもとで管理され、ゲノム編集作物の商業化が進むのか注目したい。なお、報道記事を読む限り、今回の発表は作物だけで、魚や家畜は入っていないようだ。

●現実路線の英国 追いつけるかEU

当コラム(2021年11月17日)の後、2022年のEU、英国の動きを見てみる。

2018年7月に、欧州司法裁判所はゲノム編集応用農作物もGMの規制に従うべきとの見解を出した。ただし、タイプ1の扱いは法制度を含めて再検討すべきと行政に注文をつけた。行政府である欧州委員会は、2021年4月に、タイプ1について規制を再検討する方針を発表し、9月に政策文書を発表した。

2022年4月から7月にパブリックコメントを行ったが、結果はまだ発表されていない。ウクライナ情勢による作物危機に加え、環境や気候変動対策にも新技術による作物の品種改良は必要と欧州委員会は啓もう活動を進めている。9月16日の非公式の農相会合でも、チェコ、オランダなど9国が、ゲノム編集作物を積極的に支持した。環境ストレス耐性や作物の減収を防げるなら、積極的に利用すべきという声が高まっているのは確かなようだ(EurActiv ,2022/09/20)今のところ、ゲノム編集作物に不利となるような社会、政治面を揺るがす騒動は起こっていないが、欧州委員会の目論見通り、2023年中にタイプ1の規制緩和が実現するかはわからない。

難航するEUに対して、EUを離脱した英国は、2021年1月に英国環境食料農村地域省(Defra)がタイプ1を規制対象外とする積極方針を示した。意見募集の結果を踏まえた9月の発表では、試験栽培は推進するが、商業栽培は改めて判断するとやや慎重姿勢に転じた。

Defraは2022年1月に、「作物ゲノム編集 研究開発段階は規制対象外」と発表した。

商業栽培をするとEUとの貿易、混入トラブルが想定されるので、ここは研究開発だけ進めるという現実的対応のようだ。

2022年5月には遺伝子技術(精密育種)法案が議会に上程された。

英国王室は慣例となっている議会開会式の演説で、「遺伝子技術法」についても、農業が直面する環境と社会的課題に対応するものと肯定するメッセージを出した。エリザベス女王(当時)の長男、チャールズ皇太子が代読したものだ。チャールズ皇太子は有機農業の積極的推進者で自ら有機農業ビジネスを経営し、反GM、遺伝子組換え嫌いとしても有名だった。新国王になって、ゲノム編集など新しい遺伝子技術にどんな姿勢を示すのだろうか。日本のメディアはチャールズを「環境問題に対して先見性があった」と肯定的に伝えている例が多いが、かつての反GMではサイエンスを無視した感情的な言動が多く、ほめられたものではなかった。

商業栽培が近いとDefraが期待している英国産農作物として、ウイルス病耐性ビート、アスパラギン酸抑制小麦、気候ストレス耐性小麦、カビ病耐性トマトをあげている。ウイルス病耐性ビートは、ネオニコチノイド農薬の使用禁止でウイルス病を媒介するアブラムシの防除ができないため、開発が急がれている。ゲノム編集作物が食料、環境、気候変動対策にとって必要と強調するなら、生産者や消費者が納得するような新品種を最初に登場させることだろう。これは日本の新品種開発にも言えることだ。

●日本の制度 やや気になるのは

厚生労働省の「届け出されたゲノム編集食品、添加物」のサイトをみると、高栄養価GABAトマト(2020年12月)、可食部増量マダイ(21年9月)、高成長トラフグ(21年10月)の3品目が上がっている。

いずれも国産の品目で、「事前相談に来なさい」と通知して、開発・申請者にデータを提出させて「規制対象外」と判断したものだ。以前にも書いたが、タイプ1も、まだ開発事例が少ないので、知見を集積するために、しばらくの間は、ある程度のデータ提出、事前相談は必要だと思う。問題は過剰なデータ要求にならないことと、知見が集積しても見直さず同じようなデータ提出をだらだらと続けるお役所的作業にならないことだ。

厚労省のサイトを見て気になるのは、海外で開発されたものが一つも載っていないことだ。2019~2020年の厚労省食品衛生分科会検討会や、意見交換会では、海外の製品も事前相談の対象とする、大使館などを通じて周知すると言っていたはずだ。米国やカナダでは、高オレイン酸ダイズや除草剤耐性ナタネが開発されているはずだが、これらは日本へ輸出される予定はないのだろうか。これだけでなく、世界の規制状況を見るとタイプ1作物の商業化は今後増えていくはずだ。外来遺伝子が入っていないので(GMのように)混入検出もできないということで、フリーパスにしてしまうのだろうか。

本当に1件も輸入もなく事前相談なしで記載ゼロなら良いが、外国産には緩く、国産だけに厳しくでは、日本国政府の事前相談制度の信用もなくなってしまう。日本国政府の事前相談制度の信用もなくなってしまうのではないか。

参考

Plant Physiology誌の図1

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介