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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

とりあえず作物だけ 慎重なヨーロッパ マダイに続いてトラフグも 攻めのジャパン

白井 洋一

ゲノム編集技術を使った農産物の品種改良を、遺伝子組換え(GMO)技術と同じように扱うか否か。ヨーロッパでは熱い論争が続いている。2018年7月、欧州司法裁判所はゲノム編集応用農作物も、GMOを規制する指令に従うべきとしたが、一方で外来遺伝子を導入せず、突然変異を誘導するタイプ1については、再検討すべきという注文も付けた。

日本では、ゲノム編集のうち、タイプ1は役所に事前相談して、とくに問題がなければ、法律で規制しないことになっている。米国や南米諸国でもGMOのような規制はしていない。ヨーロッパもこの方向にもっていきたいが、反GMO団体の活動も活発で、商業化の道はなかなか見えない。9月下旬、欧州連合(EU)とEUを離脱した英国に動きがあった。

●EU 政策文書発表 2023年の施行めざす

欧州委員会は2021年4月29日に、ゲノム編集技術のうちタイプ1の農作物について、規制を再検討する方針を発表した。ただし具体的に変更点を示したわけではない。新技術はEUだけでなく世界の農業、環境問題の解決に役立つ可能性がある、EUだけ別なルールでは取り残されるし貿易上のトラブルにもなるなど、研究レポートの結果を紹介したものだ。経済的影響を含む評価を行い、夏休み明けに公表することになっていた。

9月24日、欧州委員会は「特定の新ゲノム編集技術により作られた植物の法令に関する政策文書」を発表した。

実に分かりにくい、何を言いたいのかはっきりしない文書で、「標的突然変異誘発(targeted mutagenesis)とシスジェネス(cisgenesis、同種の遺伝子導入)によって作られた植物」というフレーズを、略称やタイプ1という用語を使わず、最後まで繰り返し使っているので読みにくい。

まとめると、以下のようなことを言いたいらしい。

  1. 新ゲノム編集技術のうち、標的突然変異誘発とシスジェネスを用いた植物(作物)に限定し、動物(家畜と魚)は別途考える。
  2. 環境政策や農業政策(Farm to Folk)、持続可能な開発目標(SDGs)に役立つものも多い。だから必要であり、推進すべき。
  3. 現行の指令(法律)を改正しない場合、今のGMOの規制と同じ枠組みでやらざるを得ない。しかし、検知・区別ができないので、多くの混乱、トラブルが予想される。
  4. 考えられる問題点を提示した。市民、利害関係者の意見を求める(10月22日まで)。
  5. 集約後、2022年第2四半期(4~6月)に再度、意見募集をする。
  6. 2023年に新しいルールを施行する予定。

とりあえずは植物だけで、魚や家畜の品種改良は別に考える。植物も時間をかけて意見を聞き、慎重に進めるようだ。GMOの規制や承認で政治問題化し不毛の20年を費やしたEUにすれば、ゆっくりだが前進しているといえるのかもしれない。

●英国 作物の研究開発のみ規制対象外 商業栽培はまだ

EUを離脱した英国は2021年1月に、EUに先行してゲノム編集技術の利用について、方針を示し意見募集を行った。6月公表予定だったが、9月29日に環境・食料・農村地域省(DEFRA)から、意見結果と今後の対応が発表された。

6千件以上の意見があったが、多くはGMO反対団体からで、同文のメールが多かったようだ。これに屈したのか、英国政府の姿勢は慎重だ。ゲノム編集のタイプ1を規制対象外にするのは植物だけで、動物は当面はGMO扱いとする。植物も野外試験のみ規制対象外にし、試験栽培の申請や評価書の提出を不要とするが、商業栽培はまだ認めない。試験栽培を経て、商業栽培の段階になったら改めて検討するようだ。

1月に発表された方針よりも後退した印象だが、急がず慎重に進めるようだ。研究者は今回の決定を歓迎しているが、商業化に踏み込まなかったため、種苗業界や農業団体からは不満も多い。英国では高温に強い牛など、環境ストレス耐性家畜の研究もいくつかあり、家畜研究者からも批判が出ている。

注目されるのは、英国が次の段階として「GMOの規制上の定義に関するレビュー(評価)を実施予定」と述べていることだ。ゲノム編集だけでなく、現行のGMOの定義も大幅に見直すのか、レビューの中味ははっきりしないが、商業栽培開始から30年近くになるGMOの評価についても、考え直すとしたら価値がある。あまり期待はできないが。

●日本 マダイに続いてトラフグも商業化 GMOでないので面倒な注文は付けない

植物だけ、家畜や魚はまだ先と慎重なヨーロッパに比べて、日本のゲノム編集は魚でも積極的だ。肉厚マダイに続いて、10月29日、成長促進トラフグが規制対象外として厚生労働省から承認された。

どちらも京都大学発のベンチャー企業(スタートアップと呼ぶらしい)が開発したもので、トラフグの食欲を調整するレプチン受容体遺伝子を4塩基取り除いて、食欲旺盛にしたものらしい。これで成長速度が1.9倍になり、養殖が効率化されるという。厚生労働省(食品安全)農林水産省 (養殖による環境影響)による安全性確認書を読む限り、GMOのような規制は不要、対象外という結論は正しいのだろう。

ゲノム編集に使ったガイドRNAなど外来遺伝子は残っていない。レプチン受容体遺伝子を取り除いても既知のアレルゲンや毒性物質は増加しないと推定される。特定の成分を変化させる代謝系を改変していない。フグ毒(テトロドトキシン)は従来の養殖系統と同様に、筋肉、皮、精巣に蓄積しない、等々の理由が書いてある。

ていねいに、「トラフグ自体は有害物質を産生しないが、食物連鎖によってエサを介して、神経毒であるテトロドトキシンが肝臓と卵巣に蓄積する」、「しかし、エサが管理された養殖トラフグではテトロドトキシンは蓄積しない」と解説している。

今回の高成長トラフグは、毒成分を含め栄養成分の変化を狙っていないし、海面養殖ではなく、陸上水槽での養殖なので、(企業の申請書通りなら)フグ毒の心配はないのだろう。しかし、私が驚いたのは、かつて佐賀県のトラフグ養殖業者が管理された条件で養殖したトラフグの肝臓(フグ肝)を料理店で使うことを許可してほしいと厚労省に要望したことがあったからだ。

2016~2017年、食品安全委員会カビ毒・自然毒専門調査会は何度か調査会を開き検討した。

「殺菌した海水や無毒のエサを使い、陸上施設で養殖すれば、トラフグの肝に毒はない」と佐賀県は資料を提示したが、最終的に食安委は「安全性が確保されると確認することはできない」と要望を却下した(第644回食品安全委員会、2017年3月28日)。

あれから4年以上過ぎた。無菌養殖フグの毒性について、専門家の見解は変わったのだろうか。今回のゲノム編集トラフグも、食安委のカビ毒・自然毒調査会の先生方に聞いてみたのだろうか。

●外来遺伝子導入食品の安全性評価も見直しを

今回のトラフグについて、食品安全上の問題があるとは思わないが、2017年の食安委の見解が厳しかったので、そのギャップに驚いた。さらに今回、GMOには該当しない、規制対象外と判断した、厚労省の新開発食品調査部会遺伝子組換え食品等調査会の進め方にも疑問を持った。

外来遺伝子は残っていないか? 有害物質を生ずるような代謝系の変化は生じていないか? どちらも問題ないならGMOの規制対象外、後は開発者・申請者側の問題だと言っているように思える。

食品等調査会のメンバーには食安委の遺伝子組換え食品専門調査会委員も複数入っている。組換え食品の審査では「安全上の問題ではないが、他の申請書と同様にデータを出してほしい」など、過剰とも思える書類提出を要求してきた人たちだ。

今、農林水産分野のゲノム編集研究者は作物も魚も家畜もタイプ1のゲノム編集に夢中になっている。GMO扱いでなければ、それで良いという感じた。ゲノム編集でも、外来遺伝子を導入する品種改良(タイプ3)も将来必要となってくる。その時のことを考えて、食品の安全を審査する側はバイテク技術応用食品の安全性評価とは、なにを審査すべきなのか考え直してほしい。少なくともGMOだから厳しくし、不必要な「安全性審査」のためのデータ提出を求めるのは改めるべきだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介