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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

環境保全型農業は誰のためにやるのか 自分の農地か農地外の環境のためか

白井 洋一

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農林水産省は「環境保全型農業直接支払」という制度を作り、環境に良いと考えられる栽培技術を採用した農家に補助金を出している。

緑肥(カバークロップを植えて畑にすき込む)に8千円、たい肥に4400円、有機農業に8千円(それぞれ10アールあたり)の他、温室効果ガス抑制や生物多様性保全に効果のありそうな農法や病害虫の総合的防除管理(IPM)などにも4~8千円を支払う。これらの技術がほんとうに環境保全に効果があるのか、税金を使って補助する価値があるのかという声もあり、農水省では効果の評価などを第三者委員会を作って検討している。

日本型「環境直接支払制度」の問題は、また改めて考えるとして、今回は米国農務省の環境保全農業支援事業について紹介する。農務省経済調査局が2015年12月に出した「環境保全農業の採用率は作物、地域によってさまざま」というレポートだ。

米国農務省にはいくつかの環境保全補助制度があるが、最大の目的は農地から土壌や肥料の流出を抑え、河川や河口(メキシコ湾やチェサピーク湾など)の水質汚染を減らすことだ。このレポートでは、奨励されている3つの農法、不耕起・保全(部分)耕起、チッソ肥料抑制、カバークロップ(被覆作物)を取りあげている。結論は補助金制度の効果ははっきりせず、どの農法についてもさらなる研究、解析が必要というものだが、自分の農地(on-farm)の利益のためか、農地外(off-farm)の環境への利益のためかという視点から解析しようとした点がおもしろい。レポートの結果の前にそれぞれの農法のメリット、デメリットをあげる。

3つの農法のメリットとデメリット

1.不耕起、保全耕起
下記の総説論文では、表土流出(風と雨による土壌浸食)の防止、農地の保水力増加、地温の安定、肥料利用効率の増加を最大のメリットとしてあげている。さらに機械除草が減るため、土壌が固まるのを防ぐ(土壌物理性の改善)、土中への炭素(温室効果ガス)の封じ込め、機械除草コスト(燃料代など)節約などもメリットだ。最大のデメリットは、ナメクジや土壌病原菌が増えることで、何年かに1回は深く耕さなければならないが、全体としてはメリットの方が大きい。表土流出防止と炭素封じ込めは農地外の環境へのメリットになるが、表土流出防止は農地内にとってもメリットになる。
参考論文「不耕起栽培農法 農業の一大革命」Agronomy Journal(2008)

2.チッソ肥料を減らす
化学肥料は作物の生育のために不可欠だが、農務省が奨励しているのは、トウモロコシ、ワタ、春小麦などで、収穫後の秋のチッソ肥料施肥を控えることだ。秋の施肥は作物の収量には効果が少ないので、春の種まき前と栽培期間中の施肥だけにして、できるだけチッソ肥料の農地外への流出を減らすべきという考えによる。しかし、秋の施肥効果については異論も多く、冬の気象条件や作物、地域によっても効果はさまざまで、決定的な結論は出ていないようだ。少なくとも施肥回数、施肥量を減らすことは、河川の水質改善と農家の肥料代節約になる。

3.カバークロップ
カバークロップは、ヘアリーベッチ、クローバ、ライムギ、カブなどを冬季に栽培し、すき込んで肥料にする。下記の総説論文によると、農地へのメリットは、有機物の保持、土壌の物理性改善、肥料効果、雑草を抑える、土壌水分の保持などだ。農地外へのメリットは表土流出防止、温室効果ガス抑制、土壌微生物や野生生物の保全だ。 表土流出防止は農地ヘのメリットでもある。デメリットには特にふれていないが、温室効果ガス抑制と野生生物保全は実証データが少なく、効果を疑問視する意見も多いため、さらなる研究が必要と書いてある。
参考論文「カバークロップの生態系サービス効果」 Agronomy Journal(2015)

農務省レポートの解析結果

2010、11年のアンケート調査によると、不耕起・保全耕起を採用した農家は、トウモロコシ、ダイズ、小麦、ワタを合わせて39%だった。23%は所有する全農地で採用し、16%は一部の農地で採用していた。過去に採用した農家は56%で、2010、11年にはまったく採用していない農家も多い。農地の一部しか不耕起・保全耕起にしない理由や継続して採用しない理由ははっきりしないが、作物や地域の特性を考えて農家が選択しているのではないかと推測している。

秋のチッソ施肥中止はトウモロコシで6%、ワタで24%の農家が採用していた。チッソ肥料の農地外への流出を減らすメリットが、農家によく理解されていないのではと推察している。

カバークロップの採用率はもっとも低く、全体で1.5%。理由として、春の種まき時期が遅れる、労力・種子代のコストがかかる、農地内と環境へのメリットが農民によく理解されていないことをあげている。

農務省は環境改善奨励事業(EQIP)や保全契約事業(CSP)で3つの農法への移行期間を含め3~5年単位で補助金を支払っている。州でも独自の環境保全補助がある。メリーランド州では、カバークロップにエーカーあたり90ドル(10アールあたり2250円、1ドル100円換算)の補助金を出したところ、採用面積が2倍に増えたと、補助金による誘因効果を紹介している。

しかし、農務省の補助金制度が農家の採用意欲に与える影響の解析はこれからのようだ。アンケートによると、耕起法や秋の施肥で環境保全農法を採用していても、政府に計画書を提出していない、つまり補助金をもらっていない農家もかなり多いと推定された。国の補助金をもらうと継続して3~5年は同じ農法を採用しなければならないが、それより自分の判断で今年はやる、やらないと決めた方がいいのか? あるいは自分の農地だけでなく、継続することによる環境へのメリットが十分に理解されていないのか? 重要なポイントだが、今回の調査でははっきりわからないと正直に述べている。

環境保全型農業は誰のためにやるのか

環境保全型農業には補助金(税金)を使うので、農地外の環境へのメリットがないと市民(納税者)の支持を受けにくい。このレポートのイントロを読むと、著者らは「自分の農地にメリットがあり、コストを上回るなら、補助金なしでも農家はやるだろう」、「農地外の環境へのメリットだけなら、補助金が出ないとやらないだろう」と考えて、その仮説を検証したかったようだ。目的は十分に果たせなかったが、農家は農地外の環境へのメリット、特に河川の水質保全への理解がまだ十分ではないことがわかった。また、補助金をもらうと計画書を出して数年間続けなければならないので、それが採用をためらわせる理由の一つになっているらしいこともわかった。

日本の環境保全型農業直接支払制度でも、数年間継続することや個々の農家ではなく地域集団単位でやることなどを支払い条件にしている。それぞれの農法が温暖化防止や生物多様性の保全にほんとうに効果があるのかという検証も重要だが、制度が定着するには、食料生産の場としての農地(と農家)の事情も大きく影響する。日本と米国では条件、事情が異なるが、「環境保全型農業」は農地と農地外の両方にそれなりのメリットがなければ、定着して普及しないだろう。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介