科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

世界一厳しい基準をめざす EU有機農業の行き着く先は?

白井 洋一

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 有機農業とは化学農薬や肥料を使わず、家畜も抗生物質の使用が制限されるなど、生産のルールは厳しい。その厳しさが消費者の信頼を得ているためか、有機農産物のイメージはよく、欧米先進国では売り上げが年々伸びている。 欧州連合(EU)の広報ウェブサイトEurActiv (2015年10月8日)に「欧州委員会が提案した有機農業の厳しいルールに生産者と欧州議会が反発」というニュースが載った。

 突然の出来事ではない。昨年(2014年)3月に、EUの行政府である欧州委員会は有機農業規則の改定案を示し、有機生産者や環境系(グリーン)議員から「厳しすぎる、これでは小規模農民はやっていけない」と批判されていた。この改定案に修正案が出され、欧州議会で今週(10月中旬)にも審議される予定だが、先行きはまだはっきりしない。しかし、承認されるかどうかより、役所主導で儲かる有機農業をめざした政策を作ると、どうなるかを示している点で実に興味深い。

2014年3月 欧州委員会の新提案
 3月25日に出された改定案では、有機農業の作物と動物の生産ルールを改定する理由として、厳しい生産基準をつくり、消費者の信頼を高めるためと、この基準を海外産にも適用し、いい加減な輸入有機農産物を排除することをあげている。

 ヨーロッパの有機農産物市場の売り上げは10年間で4倍に増えたが、栽培面積は2倍しか増えていない。有機栽培・生産基準とは何か、消費者によく理解されておらず、「有機イコール、化学農薬フリー」と思っている人も多いなど、例外として農薬使用が認められることへの不信感も大きい。これがEU域内での有機の伸びを制限し、輸入品に市場を奪われていると分析している。

 改定案は、(1)栽培・飼育規則から例外規定をはずし厳格化、(2)有機事業者の認証システムの監視強化、(3)有機認証マーク(ロゴ)や表示の徹底などをあげ、(1)の栽培・飼育規則では、やむを得ない場合は認めていた例外を廃止し次のようにした。
・ニワトリはヒナだけでなく、親鳥も有機飼養に限る
・種子や苗は有機基準で栽培されたものに限る
・有機栽培として商品化する畑は2年前から農薬と肥料の使用禁止を徹底する
・有機栽培畑と非有機栽培畑を完全に分離し、混合農場を認めない
 改定案の行動目標
 改定案の解説(Q&A)

フランスやドイツから不満の声
 委員会の提案に各国の有機生産者団体から不平、不満が相次いだ。フランスは「委員会の提案に失望」の見出しで、すべての提案に反対するわけではないが、生産者や消費者が何を求めているのか理解していないし、輸入有機農産物にも厳しいEUルールを強制すれば、アフリカなど途上国の生産者に不利になると批判した。

 ドイツも「新提案は有機農業を阻害する」の見出しで、新提案は確実に新規参入者を減らすだろうと批判。さらに新提案は有機農産物をプレミアの付いたエリート農産物にして他国産と差別化を図るもので、有機農業本来の目的ではないと欧州委員会の方向性そのものに疑問を投げかけた。

有機農業が本来めざすもの
 このコラムが出る頃に改定案は欧州議会で審議されているはずだが、改定案がどの程度修正されて承認されるかは大きな問題ではない。私は2014年3月に委員会が改定案を公表したときのフレーズを見て、官庁主導の商業的有機農業の行きつく先はどうなるのかと考えてしまった。

 欧州委員会は「有機農業は成長産業、まだ伸びしろはあるがそれを十分活かしていない。消費者の信頼にこたえるため、栽培と飼育基準をより厳しくわかりやすくし、厳しい基準で世界の有機マーケットをリードし、いい加減な基準の輸入品を排除する」と宣言したのだ。

 それに対し、有機生産者団体は、「こんなに厳しくしたら、特に小規模生産者はやっていけない。小農や途上国の農民いじめは有機農業のめざすところではない」と反発した。

 最近の有機農業運動の活動家には反農薬、反遺伝子組換え、反原発の人が多いようだが、IFOAM(国際有機農業運動連盟)の印刷物などを読むと、設立当初、有機農業のめざすものとして、健全な土作りや地産地消などの地域支援活動を重点項目にあげている。有機農業の推進や発展の法律ができ、役所が関与するようになっても、有機農業本来のめざすところは変わらないはずだ。

 しかし、いくらヨーロッパでも役所が公然と「化学農薬や遺伝子組換えや抗生物質は危ない、毒だ。だから有機農産物を買いましょう」とは言えない。「健全な農地、土作り」や「地産地消」では役所の政策としては弱い。ということで、消費者に信頼される厳格なルールを作り、他国からの輸入を抑え、わが方の輸出は促進するという積極的な攻めの政策になるのだ。

 EUが世界一厳しい有機農業生産基準を作れば、米国も黙ってはいないだろう。互いの有機基準を認めるという相互協定が危うくなるからだ。EUや米国が基準を厳しくすれば、日本の有機JAS規格(日本農林規格)も後を追わざるを得ない。この流れが有機農業生産者にとってはたして良いことなのか? 商業的有機農業の行き着く先はどうなるのかと考えてしまった。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介