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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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ダイズ輸入が急増した中国 組換えダイズを国内栽培する日は来るのか?

白井 洋一

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 中国は害虫抵抗性Btワタを約390万ヘクタール(ha)栽培し(2014年)、面積ベースでは世界6位のバイテク大国だ。ほかに耐病性パパイヤを少々栽培しているが、イネとトウモロコシは中国ブランドの開発を進めているものの、なかなか市場にでてこない。ダイズは研究はやっているが、○○年までに実用化を目指すという話はまったく聞こえてこない。一方で中国は近年、ダイズの輸入量が急増し、世界最大の輸入国になっている。そのダイズは北米と南米から輸入した遺伝子組換え品種だ。

 2015年9月18日にScientific Reports(電子ジャーナル)に「遺伝子組換え食品が拡大する時代における中国の非組換え作物の時間空間的栽培パタンの変化」という論文が載った。米国・ミシガン州立大の社会科学研究者の論文で、組換え作物の栽培面積拡大だけが注目されているが、非組換え作物の面積はどうなっているのかに注目したものだ。

 はじめにこの論文を紹介し、次に13年前(2002年)に出た「中国が組換えダイズを栽培しない理由」にふれた論文を振り返ってみる。

中国・黒竜江省 大幅に減ったが一部でスポット的に増加
 論文では中国最北部、黒竜江省の2005年と2010年のダイズ栽培実態を比較した。黒竜江省は中国最大のダイズ栽培地で、他にイネ、トウモロコシが主要作物だ。5年間でダイズの栽培面積は20%も減少したが、ハルピン県など部分的に栽培面積が増えている地区もあり、栽培地が集約される傾向が見られた。食用油や家畜飼料用のダイズは安い輸入物に値段で勝てないため、より儲かるトウモロコシやイネにシフトした農家が多いが、それでも一部地域でダイズ栽培が増えた理由として2つ挙げている。1つは春の低温と残雪のため、トウモロコシを栽培できないため、晩植えができ、比較的栽培期間の短いダイズを選んだことと、トウモロコシは肥料を多く使うのでコスト面からダイズを選んだためだ。

 しかし、ホットスポット的なダイズの増加は一部であり、食生活の質の向上で、食用油や食肉の需要は増え続けるので、安い輸入大豆はさらに増え、国内ダイズは減り続ける。世界最大の非組換えダイズ栽培国の中国がこうなのだから、世界全体ではさらにノンGMダイズは入手しにくくなるだろうと予測している。

 この予測は正しいのだが、論文の研究者は、国産ダイズ生産を増やすため、中国も組換えダイズを導入すべきとは一言も書いていない。彼らの興味の中心は、農地利用形態の変化、例えば化学肥料を多く使うトウモロコシ栽培による環境面への影響などで、社会経済と環境問題を統合した学際的研究にあるようだ。

 日本同様、ダイズ食文化の中国では、ノンGMダイズを売りにして、利益面から農家がダイズ栽培を選択している場合もあると思うが、国産ダイズがどのような用途に使われているのかといった分析は残念ながらおこなわれていない。

中国が組換えダイズ栽培に手を出さない理由
 食用油や家畜飼料用には安い組換え品種を大量に輸入するが、中国が食用の組換え作物の栽培には慎重、消極的なのは今に始まったことではない。国際政治経済学者ロバート・パールバーグ(R. Paarlberg)は、2002年のFood Policy誌「開発途上国における組換え作物に対する真の脅威、富裕国の消費者と政策による組換え食品への抵抗」で、中国政府は組換え食品を嫌う海外市場を考慮したためだと書いている。

 1997年に組換えBtワタの商業栽培を始めた中国だが、2001年4月に新しい組換え作物、特に食用作物の開発は少なくとも一時的に凍結するだろうと伝えた。これは2000~2001年に起こった食品としての安全性未承認でアレルギー性が疑われたスターリンク・トウモロコシ騒動に対するアジアやヨーロッパ市場の米国産トウモロコシ拒否の動きを見た結果だ(スターリンク騒動の詳細はGMO情報「スターリンクの悲劇、8年後も残るマイナスイメージ」(2008年6月)を参照)。

 スターリンク騒動がきっかけで、日本や韓国は北米産に代わって、当時、組換えトウモロコシを栽培していなかったブラジルからの輸入を増やした。これを見た中国は韓国へのトウモロコシ輸出を確保するためには、組換え品種を作らない方が得策と考えた。さらに米国産ダイズを原料として上海で製造された中国産ショウユが、警戒心をもったヨーロッパの輸入業者から返品されたこと、韓国が組換えダイズの混入している可能性のある北米や南米産のダイズの輸入をやめ、中国産ダイズ30万トンを購入したことも大きなきっかけになった。組換え品種が実際に混入しただけでなく、栽培している国のダイズは、いくらノンGMといっても疑われてしまう。それなら一切栽培せず、「GMフリー」に保っておくことが、商業的に有利と判断したというのが、パールバーグの分析だ。

 中国ダイズはノンGMの有機栽培ダイズを求める米国でも人気があるし、中国産ショウユは欧米ではブランド品として流通している。末尾の統計資料に示すように、中国産ダイズの輸出はほぼ横ばいだが、ショウユ(soy sauce)は右肩上がりで伸びている。中国政府が組換えダイズの栽培に手を出さなかったのは、貿易市場や短中期的な損得を考えれば正解だったかもしれない。

中国が食用作物栽培を解禁する日は?
 中国で商業栽培がもっとも近いのは害虫抵抗性Btイネとフィターゼ酵素含有トウモロコシだ。フィターゼトウモロコシは、豚のエサにすると糞尿中のリン分排出を減らし、豚舎からの汚染水浄化に役立つ。どちらも中国ブランドで、2009年12月に大規模試験栽培が認可され、安全性審査や種子登録を経て、2012年には商業栽培予定といわれていた。しかし、その後の進展はない。2015月2月3日のロイター通信は「中国政府 組換え作物の研究開発は進めるが、安全性管理はより厳しく」と伝えている。

 組換え作物の研究開発は積極的に進めるが、食用作物の実用化、商業栽培の決定は慎重におこなうというのが中国政府の方針だ。農薬による農地汚染や家畜による河川の汚染問題も深刻だが、国内の消費者動向だけでなく、海外市場も考えると政府は商業栽培に早々にゴーサインを出さないだろう。組換えダイズの商業栽培は遠い将来として、ビーフン(米粉麺、ライスヌードル)も輸出ブランドであり、Btイネが果たして中国で商業栽培される日は来るのだろうかと思ってしまうのだ。

参考:中国のダイズの生産と輸出入量
         1995年 2000年 2005年 2010年 2012年
栽培面積(万ha)   810 → 930 → 960 → 850 → 680
生産量(万t)    1350 → 1540 → 1640 → 1500 → 1280
輸入量(万t)     290 → 1270 → 2900 → 5500 → 5840
輸出量(万t)     38 →  21 →  40 →  16 →  32
しょうゆ輸出量(万t) 3.7 → 5.7 → 6.9 → 8.7 → 10.1
FAOSTAT(国連食糧農業機関統計)から

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介