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執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

加工食品に高濃度に含まれる農薬等の迅速検出法について

斎藤 勲

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 年度末の3月26日、厚生労働省基準審査課から全国の衛生主管部食品衛生担当宛に事務連絡が出された。タイトルは「加工食品に高濃度に含まれる農薬等の迅速検出法について」である。フーンと思って中を少しみる方もおられるだろうが、多くの方は検査法の変更なのかとすっと通過されただけだろう。タイトルからは分からないが、今後の農薬の安全性評価に関わる一つの考え方(急性参照用量ARfD)も入っていることが注目される。

 実はこの検討は、2008年中国冷凍餃子事件を受けて、従来の微量な残留農薬検査法ではなく、高濃度に残留する農薬を危害性防止の観点から迅速に測定する検査法を開発する目的で始められたものである。名前は迅速検出法だが検討には相当時間がかかってしまった。実際の検討内容はもっと多くあるのだが、今回の事務連絡はとりあえずの部分で、氷山の一角のようなものである。事務連絡の内容紹介をする。

 今回の迅速検出法は、従来の食品中残留農薬分析法と趣を異にしており、「あくまで健康被害防止の観点から、加工食品中に高濃度に含まれる農薬などを簡便かつ迅速に検出することを目的」としており、きちんとした妥当性評価をしていないので、通常の残留基準値判断には使わないようにと断ってある。

 高濃度とはどれくらいの濃度を指しているのか? 分析法検討の評価濃度としては0.1㎎/㎏(ppm)を使用している。通常の残留農薬分析はいわゆる一律基準0.01ppm(原則)を一つの目安としているから一ケタ高いところで評価しているが、方法の妥当性評価等を適切に行えば、実際のところ残留分析にも十分応用できる方法ではないかと個人的には思っている。

 注目したいのはこの評価濃度0.1ppmをどうして決めたかである。安全評価にはADI(1日摂取許容量)が用いられることが多いが(この評価基準しかないのが現状)、今回は冷凍餃子事件のような事件性のあるものなど一過性の摂取に対する安全性評価基準である急性参照用量ARfDを用いて残留量を導き出している。日本ではARfDはメタミドホスとアセタミプリドのみ決められているが、海外では多くの農薬に設定されており、基準値を超えた農産物の評価の際にARfDで安全性を評価することが多い。お米のように毎日同じものを食べる場合はADIも有効であろうが、通常残留基準を超えるような食品においそれとめぐり合うわけではないので、評価するならば一過性評価の目安となるARfDが妥当だろう。近年日本でもARfDの設定の検討がされており具体化されることを期待したい。

 今回は、ARfDが示された農薬の中で最も小さな値である殺虫剤トリアゾホスの0.001㎎/㎏/日を用いた。このARfDは、FAO/WHO合同残留農薬専門家会議 (JMPR)が2002年に決定したもの。5-6歳の子供20㎏が1回に200g食べた時、この0.001㎎/㎏という数値を超えない濃度として計算すると、0.1ppmという濃度となる。
 他の農薬ではもっと高い値になるので評価濃度はもっと高くてもよいだろう。逆に言うと身の回りで起きる基準超過について評価するならば、一つの目安として一律基準の0.01ppmではなく0.1ppmでもなんとかなるのではとの考えもあるが今回は触れない。

 通常の残留農薬検査では食品としてコメ、キャベツ、トマト、リンゴ、イチゴ、オレンジ等農薬が使用される代表的な農産物で評価されることが多いが、今回は加工食品の農薬分析ということで、インスタントラーメン、白菜キムチ、コンビーフ、ウナギかば焼き、乾燥エビ、冷凍餃子、レトルトカレー、赤ワイン、バター及びチーズの10食品を検査対象として選んだ。分析担当者としては、出来ることならやりたくないなあと思われる食材が選ばれている。このあたりの食材でそこそこの分析ができれば、ほぼ想定される食品では大丈夫と思っていいだろう。

 検査法の性能評価も、添加試料3個以上と通常の妥当性評価の自由度4が取れるものより甘くなっており、回収率の目標も50~200%と通常の70~120%よりも広く取ってあり、相対標準偏差も<30%となっている。この辺りが通常の基準値の適否判定に用いる残留分析法の要求するレベルよりかなり下げてあるので、それには使わないで、と厚労省がくどい位に言っている理由でもあるが、これ位のハードルなら添加回収をやってみようかと、ずぼらな私でも思える内容である。

 迅速検出法の参考例として3つの方法が示してある。なぜ1つではないのか。抽出方法は3法とも食品に大量の脱水剤無水硫酸ナトリウムを加えて酢酸エチル抽出しているが、その後の精製方法(固相ミニカラムや液液分配)や装置が異なった方法を検討したので、エイやでまとめることはできず3つを並行して紹介する形になっている。要するに必要に応じて使ってくださいということだろう。それぞれの方法での10食品での添加回収(この5回の平均値)が記載されており、細かく見てみると農薬と食品との組み合わせなど結構情報が多く、303農薬の検討結果を載せたものもあり、日常的には十分使用可能である。当然一斉分析では無理な農薬もあるが、全体的には回収率や相対標準偏差はいい結果だと思う。長年やっているベテランの分析結果かもしれないが。

 どの方法でも注意点には、先に述べた「迅速性及び簡便性を優先しているため、必ずしも個々の農薬等に対して適した抽出条件となっていない場合がある。従って、「食品中に残留する農薬等に関する試験法の妥当性評価ガイドライン」(平成22年12月24日付け食安発1224第1号別添)に従って妥当性評価試験を実施しその目標値を満たした場合であっても、残留基準値への適合判定を目的とした試験には適用できない」とくどくどと書いてある。これは今回の高濃度に残留する農薬の試験法の検討にだけあてはまることではなく、従来の食品中残留農薬分析法の開発でも実は同じことが言えるのである。

 添加回収試験では食品に添加し上にのっかっている標準品を抽出するので、ある面では抽出されて当然と言えば当然の結果でもある。実際の微量に残留する農薬の場合、表面から内部に侵入したり、成分に取り込まれたり、反応吸着している場合もある。その場合、添加標準品とは異なる挙動をする可能性もあるので、残留した実サンプルでの従来法の結果と新たな方法の結果の同一性をきちんと評価してからやってほしいということを言っているものと理解している。

 世の中、簡易迅速多成分分析が尊ばれる時代であるが、画期的な方法であればある程、従前とは異なる状況なので、その評価過程では実際のいろいろなサンプルで本当に添加回収のように出来るのかをきちんと検証する視点を忘れないようにしたいものである。何はともあれ、時間のある方は3月26日の何気ない事務連絡をお茶でも飲みながら読み解いてみてください。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。