科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

汚染牛問題は基準・規制値の決め方も一因では

斎藤 勲

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 日本全国まだまだ原発事故にかかわる放射性物質の汚染の問題が途絶えることはない。秋に向けてお米が当面急務の問題だ。残留農薬問題も関心事の一つであるが、かくいう私も集める記事は放射性物質がらみばかりであり、その中でも基準・規制値の設定に少々疑問がある。

●粗飼料の暫定許容値は厳しすぎる?

 最近、農林水産省が新米を安心してお買い求めいただけるようにと消費者向けに資料を作成している。お米の放射性セシウムが食品衛生法の暫定規制値500Bq/kg以下になるように、土壌中5000Bq/kg以下の水田にしか作付されていないことが書かれており、「収穫前調査、収穫後調査を行い規制値を超えた地域のお米は全て廃棄します」と、取り組みを紹介している。農水省と厚労省の目線が一致しており、頑張ってほしい。

 では牛さんはどうか。牛肉も同様に放射性セシウムの暫定規制値500Bq/㎏が設定されている。農水省も、牛肉や牛乳が暫定規制値を超えないようにするため、粗飼料(牧草、飼料作物など。わらも含まれていることに注意)中のセシウムの暫定許容値を、乳用牛、肥育牛で300Bq/kg と設定した。当座、人が食べたりしないその他の牛(繁殖牛や出荷を予定していない子牛等)への粗飼料は最大5000 Bq/kgまで許容されるとしていた(8月1日に3000Bq/kgと改訂)。300 Bq/kgの餌を食べて暫定規制値500 Bq/kgの牛肉? 何かバランスが悪いなあという印象を受ける。

 この暫定許容値を決めるにあたっては、飼料から牛肉へのセシウムの移行係数として0.096(約0.1)が使われた。300 Bq/kgの餌を1㎏毎日食べていると肉にセシウムが理論上約29 Bq/kg蓄積するということになる。その他の牛に認められる3000 Bq/kgの餌を食べると、肉には288Bq/kgが蓄積することになり、簡易検査の目安である「暫定規制値の半分」を超えてくるので、それなりの対応が求められる。
 セシウム300 Bq/kg以下の粗飼料を食べていれば、暫定規制値の10分の1という計算になりめでたしめでたしだが、それなら牛肉の500 Bq/kgという規制値は何なのか? 他の粗飼料とのバランスから300Bq/kgと厳しくしたのか、そのあたりはよくわからない。農水省からの説明がほしい部分だ。

 現状の汚染がどこでどんな状況下か十分に把握できていない中、先ずは食品衛生法の健康影響を考慮して設定された暫定規制値を十分守れる生産現場での規制が必要だったのではないか。今回、宮城県の業者が稲わらを他県に出荷していた。農水省は4月、各県に「大気中の放射線量が通常より高いレベルで検出された地域においては、原発事故前に刈り取り・保管された乾牧草(サイレージを含む)のみを使用する」と通知しており、宮城県は全域で牧草の給与を控えるように指導していた。稲わらを出荷した業者は「大気中の放射線量が通常より高いレベルで検出された地域においては」に自分の地区も入っていると認識していただろうか。自分の地区の稲わら(商品)は汚染が少ないと思っていたのではないだろうか。

● 最初は、現実的な暫定規制値を設定するべきだった

 当初宮城県はそれ程汚染が広がっていない様な印象であったが、最近のシミュレーション(名古屋大学山澤弘美先生)で3月20日頃の放射性雲による汚染により宮城県、岩手県が汚染された可能性があるとの情報もある(朝日新聞8月11日)。

 先ずは他の牛は3000Bq/kgまで食べさせてもよいといっているのだから、ホットスポット調査と3000 Bq/kgを目安として稲わら管理をして絞り込んでもよかったのではないだろうか。その仕組みが出来て、動き始めたら今度は更に安心な300 Bq/kgを目指せばいいのである。稲わらの汚染が、関係者の間で想定外であったら話にもならないが。

 牧草に関しては、農水省のHPに福島280件、宮城108件、岩手150件など13都県842件(8月5日時点)の調査結果が載っている。3000Bq/kgを超えるのは岩手、福島、栃木の9件である。この結果の報告も表だけではなく、環境汚染度マップとリンクさせたような地図で示してもらえるとわかりやすい。

 セシウム300 Bq/kgを超える稲わらを与えられた疑いのある牛は全国で14道県約3500頭といわれる。その流通を個固体識別番号(BSEのときに設定したもので、個人的にはそれ程価値を認めていなかったが、今回の危機対応には始めて役に立った)を使って流通過程を調べていくと、以前の事故米騒動ではないが、子供が食べたり給食に使用したりしていたことなども判明して、ただでさえ心配していた親御さんをさらに不安に陥れている。関係する県の牛の市場価格は、一時期、3分の1から4分の1と商売にならない価格となった。

 一度壊れてしまった消費者の信頼感は、また全頭検査システムを持ち込むことでしか当面は回復しないかもしれない。このため、厚労省は、全頭検査に向けて出荷段階、商品販売段階で簡易検査法による全頭放射性物質検査を行い暫定基準値の半分250Bq/㎏以下ならば出荷、販売し、超過したものは精密機器で再検査する仕組みで対応すると発表したが、測定機器がない。

● 農水省と厚労省はタッグを組んだ規制を

 もう一度、汚染牛なるものの実態をよく見ておこう。
 今回の稲わら給餌による牛肉汚染は、7月8、9日東京都の芝浦と場に搬入された福島県南相馬市の一生産者の11頭を東京都健康安全研究センターで検査した結果、すべての牛肉から1530~3200Bq/㎏検出というかなり衝撃的な発表から始まった。4月初旬に水田にあった稲わら(最高7万5000Bq/kg )を収集し給餌したとのこと。しかし、南相馬市の別の農家が出荷した牛では暫定基準値500Bq/kgの10分の1以下の数値であったことから、地域ではなく生産農家単位で汚染された稲わらを食べたことが残留の主原因となっている(この南相馬市等の牛肉の規制値超過件数は、食品中放射性物質検査の結果には反映されているが、各県での流通調査結果では全量と畜場などで保管され流通していないので注意)。

 8月8日段階で肉を2061件検査して暫定基準を超過した牛肉は福島県33件、宮城県34件、岩手県9件、栃木県7件、山形・秋田は2件、超過した合計87件(検査全体の4.2%)となっている。また、汚染の程度にも傾向が見られる。福島県で1000Bq/㎏を超える22件中17件が南相馬町(11頭は1生産者)、浅川町が3件と明らかに生産者が限定された結果となっている。

 他の県でも1000 Bq/kgを超える牛肉は1-2頭程度とかなり限定された結果であり、汚染の実態は、多くが暫定規制値を大きくは超えていないレベルであることを先ず理解しておきたい。
 現在、福島県、宮城県、岩手県、栃木県では、全域で出荷制限となり、出荷予定だった牛達がこの夏の暑さの中で出荷もされず弱ってきている。

 しかし世の中は、今暫定基準超過の牛肉が一部出回ったことで問題となっているのではない。
汚染した稲わら(セシウム300 Bq/kg超過)を食べた汚染牛肉の広がりが問題となっているのだ。農林水産省は当初規制値を超える牛肉のみを買い上げる支援策を出したが、8月5日、消費者の不安解消を図るため、約860億円かけて汚染した稲わらを食べた可能性がある牛(約3500頭、大半は消費され実質1200頭程度)の肉をすべて買い上げて焼却処分すると発表した。市場流通していた場合暫定規制値以下も対象となるという。その原資は、最終的には国ではなく東京電力に賠償請求し回収するという。

 今回の汚染牛肉問題は、農水省の暫定許容値と厚労省の暫定規制値のミスマッチも原因の一つではないかと思っている。やはりリスクマネジメントは消費者から見て一貫性がなければ理解されないし、納得もされないだろう。茶葉のときも厚労省と農水省は考えかたでもめたが、今回ももう少し両者タッグを組んで消費者を安心させるんだという協調の姿が見える施策を実行してほしいし、一連の流れの中でどういった意図でその規制をして消費者に安心を与えるのかもっと分かるようにしてほしい。これは、今回の放射性物質汚染の問題だけではなく、残留農薬問題も同様と思っているのでこのコラムで触れさせてもらった。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。