新・斎藤くんの残留農薬分析
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。
地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。
昨年も輸出食品を含め、いろいろな農薬違反の報道があった。しかし、タイトルだけ読んでいると不安だけが伝わって、本当の報道になっていないと感じる記事も多くある。
最近も茨城新聞クロスアイから県内産食材での違反報道が11月29日、12月15日にあった。茨城新聞は地方紙として全国紙に伍して頑張っている新聞のようだ。
11月29日の報道では、「鉾田産シュンギク 基準値58倍超の殺虫剤検出 健康への影響『極めて低い』 茨城県」というもの。検出された農薬は、食品衛生法の基準値の58倍の殺虫剤エトフェンプロックス(商品名トレボン)と、同基準値の43倍のフェニトロチオン(商品名スミチオン)。共によく使われてきた農薬である。一瞬58倍と言われると不安になるが、県の発表では健康影響極めて低い?と、はなはだ理解しづらいタイトル。基準値違反ではあるが微量なので健康影響はないということが言いたいのだろう。
どうしてこういった齟齬が生まれてしまうのか。それは基準値違反と言ってしまうからだ。
12月15日の報道は「茨城町産ニンジン 基準値7倍超えの殺虫剤検出 県『健康に及ぼす可能性極めて低い』」というもの。ニンジンから基準値の適用がないアセフェート(商品名オルトラン)0.06ppm、分解物のメタミドホス(昔冷凍餃子事件で問題となった農薬だが日本では登録がない)0.07ppm検出。一律基準(0.01ppm)の7倍超えだが、県は「健康に及ぼす可能性は極めて低い」と違反倍率は7倍と小さく、前回と同様のタイトル。
余談だが、アセフェートは脱アセチルしてメタミドホスとなり殺虫効果を示す農薬のため、同時に検出される場合が多い。アセフェートはそのままの形では毒性が低い農薬で、一昔前ホームセンターの最もポピュラーな農薬の1つだった。
11月29日報道のシュンギク違反は、エトフェンプロックス(トレボン)0.58ppm、フェニトロチオン(スミチオン)0.43ppmともに残留基準値が設定されていないので一律基準0.01ppm違反で割り算をすると58倍、43倍となる。以前はシュンギクでエトフェンプロックス2ppm、フェニトロチオン0.2ppmという基準値が存在した時もあったが、今は削除されている。
有機リン剤フェニトロチオン、ピレスロイド剤エトフェンプロックス共に日本で開発された殺虫剤で、登録からフェニトロチオン60年以上、エトフェンプロックス30年以上経過した、息の長い、ある面優秀な農薬である。しかし、違反は違反として適切に処理するしかない。茨城県のウェブサイトではシュンギクもニンジンもそれぞれ違反内容を公表している。
今回の課題は、検出濃度の報道の在り方についてである。ご存じのように農薬には残留基準が二種類ある。農薬が登録される時、使う作物での使用方法が決めら作物残留試験を実施し、それに見合った残留基準があり、そこに安全性が確認されて決められているのが残留基準値である。それが、それぞれの作物に定められる食品衛生法による残留基準値が定められる。
2006年にポジティブリスト制度(原則使っていいものには基準を設定して、それ以外は使用禁止という制度)が始まり、そのため基準値が設定されていない農薬の取り扱いとして、食品衛生法に基づき「人の健康を損なうおそれのない量」として一律基準を設定している。これまで国際評価機関や国内で評価された農薬等の許容量等と国民の食品摂取量に基づき、専門家が検討を行い0.01ppmと日本では設定された。これらは作物への使い方や残留の仕方などを考慮したものではなく、安全性評価で定められた一定の値となる。
今後、基準値違反を報道される場合は、記者の方も基準値の中身(基準値があるものか、一律基準か)を調べてもらいたい。基準値のある農薬ならば「何倍の超過」という報道だけでは誤解を招き、その作物を大量に食べた際の急性参照容量と比較して安全性を評価するような確認も必要ではないか。今後の適用作物での使用方法の検討などにも役立つかもしれない。
一方、基準値のない一律基準違反は0.01ppmの何倍と報道しても、その数字にびっくりすることはあっても、県の説明にもあるように「健康に及ぼす可能性は極めて低い」わけで、読者に適切な情報を与えているわけでもなく、何の役にも立っていない。
この点を踏まえ、違反報道のガイドラインとして、残留農薬の基準違反の報道は有効に「基準値の何倍」を使えば、起こった事実を適切に伝えるコミュニケーションになるのではないだろうか。
地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。