新・斎藤くんの残留農薬分析
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。
地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。
5月27日、茨城県JA岩井が出荷したセロリから食品衛生法の基準値を超える農薬が検出され、茨城県は回収を命じた。
きっかけは、仙台市が5月13日に実施した抜き取り検査で茨城県坂東市産セロリから殺菌剤イプロジオン(商品名:ロブラール)が基準値(0.01ppm)の43倍の0.43ppm検出され、茨城県に連絡したということだ。1箱当たり10キロ、計238箱が茨城県他9都道県の卸売市場に出荷されたが、茨城県は「健康に影響を及ぼす可能性は極めて低い」としている。
殺菌剤イプロジオン(商品名:ロブラール)はフランス発のジカルボキシイミド系殺菌剤であり、病原菌の胞子発芽を阻害並びに発芽管及び菌糸の植物細胞表面における伸長を阻害して、灰色かび病、斑点落葉病、黒斑病、灰星病などに高い効果をしめす。国内では1979年に初回農薬登録され、半世紀近く野菜類、果樹類多くの作物で使われている息の長い農薬である。海外では米国、カナダ等で登録されている。
違反した原因は、生産者はセロリに別の農薬を散布する際、タンク内部に別の野菜に使ったイプロジオンが残っていたとし、「洗浄が不十分だった」と説明しているという。
イプロジオンの基準値は、レタス24ppm、ブドウ30ppm、モモ20ppm、ピーマン15ppm、キュウリ4ppm等かなり高い数値なので、もしタンクやホースに残っていたら0.01ppmには収まらないだろう。原因が散布タンクの残存というのなら、実際にセロリに使った農薬の残留濃度も比較情報としてほしいところである。
イプロジオンは、許容一日摂取量(ADI)0.02㎎/kg体重/日、急性参照用量(ARfD)は一般集団では毒性が低いので設定の必要なし、妊婦又は妊娠している可能性のある女性は0.9 mg/kg体重となっている。これを踏まえて、茨城県は「健康に影響を及ぼす可能性は極めて低い」と発表したのだろう。
さて、タイトルに書いた43倍の基準値違反であるが、通常0.01ppmというと基準値の設定がない食品に適用される一律基準0.01ppmが思い浮かぶが、しかしこのセロリの基準値が0.01ppmである。農薬を散布して残留基準が0.01ppmでは、使うなということなのかと思ってしまわれるだろう。
この説明は令和5年9月4日発の農薬・動物用医薬品部会(部会長穐山浩)のイプロジオンの残留基準の設定審議報告の30-33ページにある。
基準値0.01ppmが設定された食品には、備考欄に種子紛衣(野菜類)と表記され、欄外に「種子粉衣された食品については残留の可能性が極めて低いと考えられることから、基準値案を0.01 ppmとした。」と解説してある。通常の農薬散布ではなく、いろいろな作物で行われる種子段階での殺虫殺菌処理(種子粉衣)をすることでリスクの少ない状態で生育させる方法が従来から行われている。
イプロジオンの旧基準値には暫定基準で設定された項目も多く含まれ、今回の評価で従来5ppmや10ppmの基準値が設定されていた食品が削除されたり、今回のような0.01ppmに改正されたり、逆に高く設定された食品もある。セロリも5.0ppmから0.01ppmと500倍も厳しくなっている。
しかも、この種子紛衣による基準値0.01ppmに引き下げられたのが、今年3月4日から適用である。3月3日までは基準値5.0ppmで残留濃度0.43ppmは基準値の10分の1以下の濃度であったわけである、翌日からは43倍超過になったが。
結論としては、茨城県の言うように「健康に影響を及ぼす可能性は極めて低い」範囲内での使用トラブルで、2.4トン近くのセロリが無駄になったということだろう。
今回の違反は、種子紛衣による農薬使用で残留基準値0.01ppm設定されることを知っていただければと思う。
地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。