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斎藤くんの残留農薬分析

時代を映す食品中の微量物質の分析対象

斎藤 勲

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 最近の食品中残留農薬分析の検査件数の増加、分析レベルの向上、高感度化が進む中、野菜・果物から農薬の検出率は上がってきている。

 収穫に近い段階で殺虫剤や殺菌剤を使えば、たとえ残留基準値を大きく下回っても、何がしかの残留はあり、それを検出できるレベルになっている。しかし、一律基準がすべての食品に適用される今、個々の依頼検査で残留農薬の検査をする場合、微量な数値をそのまま報告していけばいいのだろうか。自分は何のために何を分析をしているのかを、担当者がきちんと理解する必要がある。

 基本的には、一律基準が0.01ppm以下の値が採用されているものを除けば、全体像をつかむのが目的のモニタリング以外は現状では0.01ppm以下の値は数値化しないほうが、このポジティブリスト制度施行の時期には混乱を招かないだろう。新しい高分解能の機器ではもっと下まで十分測定可能である。

 しかし、「0.001ppm出ましたよ」といわれたら検査を頼んだほうは困ってしまう。一律基準以下でも入っていることは確かだから(解析が正しいなら)、まだまだ数値を定性的にしか見ることができない人(数値が出れば入っている、入っているのは悪いといった具合)が多い中では、「残留しているではないか」ということになり、無駄な混乱を招いてしまう。環境動態を調べるなど超微量分析が必要な場合以外は、目的に合った分析感度で測定するべきであろう。まさに「人の健康を損なうおそれのない量」以下なのだから。

 検出感度と実態との関係の例を挙げると、現在の牛乳に含まれるDDTの残留基準は、1971年通知環乳第60号「牛乳中の有機塩素系農薬残留の暫定許容基準について」(06年5月29日に廃止)に示された0.05ppmであるが、5月29日からは暫定基準の0.02ppmとなる。しかし、この濃度で検出される牛乳は通常ではありえず、「検出しない:ND」となる。そんな牛乳でも検出感度をどんどん上げていき0.1ppb(0.0001ppm)オーダーまでもってくるとDDTの代謝物であるpp’-DDEが検出される牛乳が出てくる。

 おそらく飼料に由来するものと推測されるが、グローバルな視点の環境調査なら、そのレベルできちんとした数値を追っていけば、それなりの面白い成果が得られるだろう。環乳第60号にはβ-BHC全乳中0.2ppmという基準があったが、それもなくなる。総BHCはFAO/WHOの委員会でNO ADI(1日摂取許容量なし)となっており、暫定基準が設定されないので一律基準が適用となる。

 BHC(現在はHCHと言うことが多い)は、日本ではα、β、γ、δの4異性体混合物が使用され、活性成分はγ体であり今回基準が設定されている(別名リンデン)。のこりの3異性体は要らないものである。しかし、厄介なことにβ体は残留しやすく環境汚染物質として検出される。これは、薬剤師の国家試験にも出た問題でもある。

 今回のポジティブリスト制度の施行に伴い、環乳第60号のように、姿を消す通知が多い。70年環食化第53号の「きゅうりの残留農薬」、80年環乳第58号の「瀬戸内海で採捕されるイガイの取り扱いについて」、85年環食第12号「輸入小麦等に係るEDBの残留規制について」、87年環乳第42号「DDT等の残留する輸入食肉の流通防止について」など、それぞれの時代、事件を反映した懐かしい通知文が5月29日をもって廃止される。

 70年キュウリのディルドリンに0.02ppmの基準値が設定されたが、広くかつ大量に使用されたディルドリンは土壌残留し、日に日に大きくなるキュウリは土壌中のディルドリンを水分とともに吸収し、その結果として水分は蒸散し、ディルドリンは体内に残留し基準オーバーとなる事例が発生した。

 最近でも02年東京の近郊農業で、ディルドリン、エンドリンが検出される事例が発生し、問題となった。同じ畑で作られている他の作物からは検出されていない。時代が変わるとその土地の農薬残留のことが伝わらないのだ。

 80年、瀬戸内海小鳴門海峡付近のイガイからディルドリンが高濃度に検出され、暫定的規制値0.1ppmが設定された。ディルドリンは73年に農薬としての登録が失効しており、残留の理由が当時分からなかったが、シロアリ防除剤として広く使われておりそれが環境汚染した結果イガイの汚染となったのであろう。

 ディルドリンは81年第1種特定化学物質に指定され、クロルデンにその座を譲った。しかし、クロルデンもまた、東京湾の魚介類汚染の原因物質として摘発され全国調査の末、命を絶たれることとなった。

 87年のオーストラリア産牛肉からDDT、ディルドリンが検出されたと米国での報道があり、それに対応して暫定的基準値として総DDT脂肪中5ppm、ディルドリン脂肪中0.2ppmなどが設定された。だいぶ前の話で記憶が薄れているが、米国は以前からその残留を認識していたものの、たまたま輸入牛肉が増大したのに合わせてダメージを与える戦略として使ったような印象がある。

 しかし、オーストラリアの残留農薬問題に関する対応が不十分であったことは確かなので、それを契機に品質改善が進んだはずである。その後また、牛肉中クロルフルアズロンの残留という事件を起こすのだが‥‥。食品中の微量物質の分析対象は、その時代時代を反映しながら変わっていくのである。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)