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執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

紅麹ポリケチドに何が起きたのか 科学的解明を

斎藤 勲

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7月26日、厚生省から「小林製薬株式会社からの報告に係る不備について」というプレスリリースがあった。小林製薬の自主回収製品に使用された原料と同等のものを用いた製品で、製造のみで販売を行っていない5社について報告漏れがあったとのこと。そのうちブペルル酸を含んだ同一ロットを含む2製品があったという内容である。
その後、8月1日も報告漏れに関するプレスリリースがあった。すぐに厚労省が調査して市場に流通していないことを確認したという。

同社は6月末にも、申し出があった死者数の報告が170名と公表し、3月末の5名から一気に増えたという驚きの報告があったばかりである。小林製薬は事件発表の遅れ以来、すべてが後手後手に回っている。

一方、5月31日の「紅麹関連製品への対応に関する閣僚会議」資料には、腎毒性にかかわる物質としてプベルル酸Puberulic acid以外にも、モナコリンk(ロバスタチン)が修飾された化合物Y、Zが検出されていると示されている。

ラットを用いた7日間反復投与実験においてプベルル酸が腎毒性(近位尿細管の変性・壊死 等の所見)を発現し、プベルル酸、化合物Y、Zを含有する製品を投与しても同様に腎毒性が発生したと報告されている。小林製薬が届出した紅麹ポリケチドと、毒性物質のプベルル酸、化合物Y、Zについて詳しくみていこう。

●様々な種類のポリケチド プベルル酸もその一種

小林製薬が機能性表示食品として届出している機能性関与成分は「紅麹由来ポリケチド」で、お米を紅麹菌よって発酵させることで作られるポリケチド類の総称で、モナコリンKや紅麹色素などを含む。

研究者・山形方人さんのポリケチドの解説「紅麹の秘密:遺伝子で理解するポリケチド【入門・合成生物学】 (newspicks.com)」を使って紹介する。

ポリケチドは、ポリケチド合成酵素(Polyketide synthase、PKS)と呼ばれる酵素複合体によってアセチル CoA またはプロピオニル CoA などの単純なカルボン酸ユニットを出発物質として、レゴブロックのように組み立てられる天然化合物の総称である。

モナコリンKはその一種で、他にもアヴェルメクチン(抗寄生虫薬:大村 智先生がノーベル賞を受賞したイベルメクチンはこの誘導体)、抗生物質テトラサイクリン、色素のクルクミン(ターメリック)、抗がん剤ドキソルビシン等、身近な化合物もポリケチドの仲間だ。

今回、腎毒性物質として問題となっているプベルル酸は、7員環トロポロン(tropolone)構造を持つポリケチドで、ヒノキチオール、コルヒチンも同類である。コルヒチンはイヌサフランに含まれる毒性物質で、今年も北海道で2名の方が誤食で亡くなっている。

プベルル酸はコルヒチンの仲間だよと言われると「やっぱりね」と思われるだろうが、癒し成分でもあるヒノキチオールの仲間だよと言われると「えっ」と思う方もいるだろう。化合物と毒性の関連は単純ではない。

●化合物Y,Zに関する論文公表

化合物Y,Zについては、国立医薬品食品衛生研究所生薬部の田中誠司さん達が6月4日発行のJournal of Natural Medicinesに化合物Y(Compound2),Z(Compound1)が質量分析装置やNMRを用いて質量数、側鎖基の構造解析などを報告している。

緊急事態の案件でもあり、5月31日に論文を受理して、6月3日にアクセプト、翌日にオンライン発信である。ものすごい速さで公表された。

論文では、ロバスタチン、化合物Y(Compound2),Z(Compound1)の構造が示されている(下図)。ロバスタチン(紅麹ポリケチドのコレステロール低下作用物質、モナコリンk)は、通常右下のラクトン環で表記されるが、生体中では大部分が左下の開裂した酸型で存在し、テルペノイドやコレステロールの合成経路のHGM-CoAからメバロン酸が生成する段階を拮抗的に阻害する。酸型の構造がメバロン酸ととてもよく似ており活性部位である。

しかし、今回検出されたCompound1,2(Z,Y)は、紅麹が産生したロバスタチン及びロバスタチンからメチルブタン酸が取れた構造の活性部位の酸型の2つの水酸基が共存したアオカビによりアセチル化されていた。この修飾でCompound1、2は活性を失ったただの化合物になってしまった。

微生物にとって生体維持のために必須のコレステロールやテルペノイド合成を妨げる物質の活性部位をアセチル化することで失活させる、頭のいいというか奥が深い仕組みである。Compound1、2は、水酸基がアセチル化され脂溶性が高まった化合物になりロバスタチンとは性質が変わっている。

それぞれの単品を用いてラットの90日間反復投与毒性試験が行われており、現在は結果待ちの状況だ。

報道では小林製薬の対応のまずさばかりが前面に出て叱責される記事が多くあり、実際に何が起こっていたのかを科学的に見るには、こういった化合物そのものの情報を正確に把握して更新される化学的毒性的情報を加味しながら冷静に対応していく必要性を常に感じます。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

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残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。