科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

丸わかり 米国のGM食品表示問題(上)

宗谷 敏

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 年が改まっても、米国メディアがGM(遺伝子組換え)食品表示に関する記事を掲げない日はない。それどころか本件はますます複雑・多様化し、個々の記事を読んだだけではその全体像や関連が極めて分かりにくい。そこで、この問題のオーバービューを提供し、関連するセクター別に主なイベントを2010年あたりから(上)、(下)にわたり整理してみる。

 米国内で販売されている加工食品の70~80%には、GM成分が含まれると推測されるが、GM成分を含むと明示する義務表示法制度はない。これらのGM食品に対する表示論争には、二つの流れがある。一つはGM成分を含む食品への表示義務、もう一つはGM成分を含む食品に対し「Natural」、「All Natural」などの表示を禁止させようとする動きだ。任意とされているNon-GM表示には、Non-GM Projectによる民間認証(受けるのはアンチGM企業が殆ど)と、流通や外食も含む食品企業による自主的表示がある。Non-GMビジネスは、2017年までに世界規模では8,000億ドルに達するだろうという見方もある。

 米国の食品表示制度を所掌するのはFDA(米国食品・医薬品局)だ。FDAは、GM食品は従来の食品と変わらず、アレルゲンが含まれたり、栄養成分が変更されたりした場合のみ表示を要求する(但し、作出法がGMという表示ではない)。1992年以来FDAは一貫してGM食品への表示義務はないと考えている。一方で、GMあるいはNon-GMという企業による自主表示には(不当・偽装でない限り)干渉しないし、「Natural」表示問題への介入も避けた。このFDAの義務表示不要のポジションを変更させるためには、連邦議会による立法や法改正措置か、Obama大統領による直接命令が必要となる。

 州や郡、市の地方自治体には、州議会の立法措置や住民投票により域内のGM食品に義務表示を要求する動きが広範(約30州)にあり、施行には条件付きながら既に東部2州の州議会が表示法案を成立させている。他方、西部2州の住民投票は僅差で否決された。少数の州や郡以下のレベルでは、GM作物の栽培を禁止したり規制したりしようとする動きも連動してあるが、さすがに流通や販売禁止を目論む地域はない。これらの地方行政による立法措置と住民投票議決が、FDAが表示不要としている連邦法のフレームワークや憲法で保障される基本的権利に対して違法となるかどうかという判断は、ケースバイケースで微妙だ。

 GM食品表示を要求する圧力団体は、表向き「消費者の知る権利」を根拠とするが、GMを敵視しているオーガニック業界やNon-GMなど自然食品を販売するセクターの販路拡大目的、あるいはラジカルなGM反対派による安全性懸念などが裏にはある。安全性懸念に関しては、対照とする在来食品以上のリスクはないとする世界の主要科学界の合意や、今まで危害を伴う食品事故が1件もないという史実から、米国内の科学紙誌や有力メディアからの支持は得られていない。また、消費者選択に関しては、USDA(米国農務省)がGM成分混入を禁止しているオーガニックやNon-GM食品が既に選べるのに、なぜその上にコストを掛けてまでGM表示を行うのかという疑問もある。ともあれ間接的に対立する「消費者の知る権利」と「安全だから表示は不要」は、共にそれだけでは決定的な説得力を欠き、そこにいろいろな副次的理由がぶらさがってきて、議論は迷路にはまりこんでいる。

 消費者意向に関しては、表示推進派がしばしば引用する2013年7月23日付New York Times紙の世論調査がある。米国人の3/4がGM食品への健康影響懸念を抱き93%が表示を支持するというものだ。しかし、2013年11月1日に発表されたラトガース大学の調査では、殆どの消費者はGM食品や表示(不要)制度について詳しくは知らず、購買時にも店頭ではGMかどうかをチェックするのは7%のみであまり気にしていないとし、消費者がGM表示を欲するかどうかはもっぱら設問設計によることを証明している。例えば、「シリア状勢が心配か?」と問えば大部分が不安だと答えるが、「いま、何が心配か?」と訊いた場合にシリアを挙げる者は殆どいない。

 オーガニックも含めてNon-GM食品のシェア拡大が見込まれている市場では、食品製造企業や流通・外食業にも(Non-)GM食品表示を先取りする動きが見られる。これらも、オーガニック・自然食品派によるGM排除を目的としたアピールと、主要食品企業による「Natural」表示に対する消費者からの集団訴訟(高額な和解金を支払った企業もある)を避けたり、Non-GM任意表示商品をラインナップしたりする懐柔策に大別できる。食品業界には州毎のパッチワーク義務表示制度を禁止するため、FDAに、企業に対しガイダンス(任意)となっているGM食品の安全性評価を義務化とすると共に、Non-GM任意表示を法制化させ同時にGM成分由来でも「Natural」表示を認めさせようとする意向がある。

 以上のような様々な動きが力学的に複雑に絡み合いながら、誰にも正確な全体規模が分からない地下のマグマ溜まりを形成し、FDAが栓を押さえているが時々あちらこちらでポコポコと小噴火を繰り返しては日々のメディアを騒がせている、というのが米国のGM食品表示問題の実態だ。以下、FDA、連邦政府、地方自治体、表示推進・反対組織と企業別などのセクター別に主な出来事を時系列で整理してみたい。

<FDA>

 2010年9月20日 米国AquaBounty Technologies社が開発した成長を速めたGMサケ(アトランティックサーモン)は食べても安全とFDAは発表し、規制緩和手続き開始に踏み出した。現行制度上からGM表示無しで商業販売されると推測され、これが表示論争激化の引き金になったと考えられる。

 2011年10月4日 Just Label Itキャンペーンが、FDAに対しGM食品表示義務化を求める請願を提出、FDAは回答保留中。

 2013年4月8日 FDAが、GM食品表示への質問に対し、安全性などに誤解を生じない限り企業による自主的任意表示を支持し、義務化の請願については検討中と回答。

 7月11日 GM成分を含むのに「Natural」表示しているとしてトルティーヤ大手Gruma社を相手取り起こされた集団訴訟を担当したカリフォルニア北地区連邦地方裁判所の判事が、FDAの「All Natural」、「100%Natural」表示への見解を問い審理を停止。これに続きコロラド連邦地方裁判所のGeneral Mills社(グラノーラバー)、同じカリフォルニア北地区連邦地方裁判所の米Campbell 社(スープ)に対する集団訴訟についても、各判事がFDAの見解待ちとして審理停止とした。本件では、全米で30以上の集団訴訟が起こされている。

 8月13日 OCA (Organic Consumers Association)が、FDAに対しGM成分加工食品に「Natural」と表示するのを禁止するよう請願を開始。

 2014年1月6日 「Natural」表示集団訴訟に関連し、FDAによる「Natural」の定義・ガイダンスを前年7月に求めた3人の連邦判事に対し、政府機関は民間訴訟には介入しないし本件はUSDA(米国農務省)も関係してくる、FDAには「Natural」の定義を定めるために食品成分表示を改正する以外に競合する重要な他案件があるなどと書面で回答。

<連邦議会>

 上・下両院でGM食品表示法案(GE Food Right-to-Know Act)が議員立法されているものの、現在にところこれらが成立する見込みは殆どないと予想されている。

 2013年4月24日 上院では、カリフォルニア州選出Barbara Boxer上院議員がS.809を提案し15名が支持。健康、教育、労働と年金委員会で審議中。

 4月24日 下院でも、オレゴン州選出Peter DeFazio下院議員がH.R.1699を提案し50名が支持。エネルギーと商業委員会の健康部会が審議中。

 5月23日 上院は、Bernie Sanders上院議員(ヴァージニア州選出)提出の各州にGM食品表示を許す農業法案(S- 954)の改正案(S.Amdt. 965)を賛成27票、反対71票、棄権2票で否決

 2014年1月16日 Peter DeFazio下院議員を含む4人の議員と200以上の食品企業、有機農業グループ、健康と環境組織などが、Obama大統領に対し2007年の前々回大統領選挙でアイオワ州を遊説した折に努力すると述べた公約を守り、GM食品表示をFDAに実行させろと書簡を送る。

(2014年1月28日の(下)に続く)

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい