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執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

松くい虫防除にネオニコチノイド剤が使われている

斎藤 勲

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松くい虫の被害は最近あまり聞かないが、それでも毎年30~40ヘクタールの松林が被害を受けている。主な原因はマツノマダラカミキリが媒介するマツノザイ線虫の潜伏と言われている。

被害拡大の予防策として、航空散布(有人、無人)、地上散布(大型噴霧器、高所から散布)、薬剤樹幹注入、討伐燻蒸処理、伐倒破砕処理、焼却処理などがある。

薬剤散布の現状 長野県第1位

薬剤樹幹注入は有効ではあるが、被害場所や被害規模が大きいと人的に対処できない。そのため今でも航空散布の需要は大きいが、周辺住民への暴露、健康被害などの問題からなかなか実施できない地区も多い。各自治体の空中散布の中止凍結報告も多くあるが、中止の内容は反対が多いというよりむしろ被害が進み枯死率が高くなると散布補助対象ではなくなり、中止せざるを得ない、見捨てるという状態が多くなっている。

松本市のHPでは、3地区での散布、無散布の枯死率への影響をグラフにしたものがある。被害がまだ少ない地区では散布・無散布の影響は見られないが、ある程度被害のある地区での散布では20~30%程度被害拡大が抑えられている。この結果では薬剤散布は被害拡大を止めることはできないが、ある程度遅くすることは可能と解釈できる。

令和2年度の松くい虫被害対策の薬剤散布の中止・凍結について 松本市ホームページ (city.matsumoto.nagano.jp)より

松くい虫被害は長野県が第1位で、2位の福島県の倍以上の差をつけ、全体の4分の1は長野県での事例である。松くい虫防除に使用される薬剤は現在ではニオニコチノイド剤が多く、特別防除の大型ヘリでは、エコワン3フロアブル(チアクロプリド)、無人ヘリや地上散布ではマツグリーン2(アセタミプリド)が使われている。

では実際散布されてどれくらい健康影響があるのだろうか。長野県での空中散布による暴露による健康影響などの調査について、2つの報告で見てみよう。

いろいろな調査報告を見る場合、まず注意する必要があるのは単位である。行政など主催側からの報告では、残留レベルはppm(㎍/g又はmg/㎏)、防除に批判的な方たちはppb(ng/g又はμg/㎏)で数値を示す場合が多く、単位を確認してから数値評価をする必要がある。今回の気中濃度の単位も行政サイドの調査報告書では、通常気中濃度はµg/mで表され、測定限界は0.01、0.05、0.2µg/m等である。それに対して散布に批判的な方々の調査では気中濃度は一桁下のng/mが多く、場合によればpg/mの記述もある。行政サイドの報告では気中濃度はすべて検出限界未満の部分の数値の大小を論ずるという矛盾が発生していることは念頭に置いておいてほしい。

ネオニコチノイド農薬の空中散布による子どもへの影響

1つめは2016年の調査で、北海道大学の池中良徳准教授らの論文Environ Toxicol Chem 2019;38:71–79. 「松くい虫防除地域におけるネオニコチノイドへの子供の曝露」を紹介する。2016年長野県で松枯れ防除のためネオニコチノイド系農薬チアクロプリド(エコワン3フロアブル)の空中散布が実施された。それに合わせて上田市,坂城町他地元の3歳から7歳の幼児46人の早朝尿を散布前(5月)、散布時(6月)、散布後(7月)に採取して尿中チアクロプリドを測定した。

気中濃度は上田市内2か所で気中濃度を測定した。気中濃度は散布前、散布時、散布後とも30pg/m3 前後の値であったが、B地点で散布時のみ90 pg//mと空散に関連した増加の可能性を示唆している。しかし、従来の行政側の調査レベルでは測定限界が0.01μg/mなので、pgにすると10000 pg/mが測定限界となり、今回の30,60,90 pg//mという濃度はとても小さな値で、その間の差など誤差範囲となってしまうレベルである。同時に分析された今回散布されていないアセタミプリド、イミダクロプリド、ジノテフランの方が大気中濃度数値として大きいという結果も報告されている。

子供の尿からチアクロプリドは最大0.13ppb、中央値で検出限界(0.05ppb)未満であり、暴露影響があったかどうかを判断できる濃度ではなかった。むしろアセタミプリドやジノテフランの検出頻度、濃度が高い傾向にあった。

今回の調査では、大気中の気中濃度もそれほど高くない上、ネオニコチノイド剤チアクロプリドは蒸気圧も低く蒸散しにくいので散布した付近に限局されドリフトも少ないので、結果として暴露も少なく、尿中チアクロプリド濃度は散布前、散布時、散布後で濃度、検出頻度とも大きな差は見られなかったようだ。

また、代謝速度が速いネオニコ剤の排出を早朝1回の尿では補足できていない可能性もあり、空散による暴露影響を今回の結果だけでは判断できなかったと考えられる。本当に評価する場合には大変な作業になるが、空散時期にあわせて、散布地域との距離、環境、継続的な気中濃度測定や尿のサンプリングが必要になるだろう。

この論文のタイトルは、ネオニコチノイド剤の松くい虫防除空中散布にかかわる健康影響を見る目的であったが、池中さんたちはむしろ尿中に検出される他のネオニコチノイド剤ジノテフラン(最大値72.3ppb)、アセタミプリド、クロチアニジンなどに関心を示し多くはその記述である。食品由来と思われるこれらの結果を踏まえて、その由来を探るため以前のコラム(国産茶葉とスリランカ紅茶葉 ネオニコチノイド系農薬は?)で報告した茶葉中のニコチノイド系農薬の論文を報告されている。

散布後の住民の聞き取り調査などの報告

2つめは、2012年、2013年長野県坂城町、千曲市で実施されたネオニコチノイド空中散布での調査をした竹ノ内敏一さん(ネオニコチノイド空中散布調査プロジェクト)たちの報告である。彼らはアカマツ林にチアクロプリドが空中散布された際、周辺地域での影響評価を行った。

2012年は、大気中濃度測定などはなく、住民26名(暴露群16名。対象群10名)について、自覚症状と散布前、散布時、散布後の午前11時、午後5時に採尿して尿中チアクロプリドを測定した。2013年は散布地域での大気濃度の捕集と落下物測定、散布当日地区内にいた暴露群30名(対象群10名)へのアンケート調査を行った。

2012年の調査では、早朝4時30分から5時まで空散が行われたが、午前7時15分~正午まで雨という天気であった。空中散布時町内にいた暴露群16名と対象群10名について自覚症状は、散布前は暴露群5人、対象群0人、散布後は新たに暴露群7人、対象群0人で症状は有意に増加した。

尿中チアクロプリド(定量下限値1ng/ml、1ppb)はいずれの検体からも検出されなかった。大気中濃度測定値がないので何とも言えないが、散布後雨が降ったことやドリフトが少ないこと、定量下限値が池中さんたちの論文より一桁高いせいもあるが、尿中チアクロプリドが検出されていないことなどを考えると暴露は低かったと思われる。しかし、症状の聞き取り調査では散布時町内にいた住民の方が、訴えが多かった。

2013年調査は、2日間早朝空散が実施された地区で暴露群30人、市外の対象群10名で行われた。2日目の散布時の気中濃度はABCD4地点で測定限界(0.083ng/m3、池中さんたちの論文なら83pg/m3と表記)以上で気中濃度が測定された。A地点0.38、B地点0.083、C地点0.65 ng/m3、特にD地点では最高1.9ng/m3の検出値であった(行政の調査では測定限界が10 ng/m3、なのでまだ数値評価できない低レベル)。

落下物の調査でも大気中濃度と有意な正の相関がみられた。散布後に症状がみられた人は暴露群7人、対象群0名であった。主な症状は腹痛4名、肩こり3名、頭痛2名、咳、全身倦怠、途中覚醒、筋肉痛各1名で、気中濃度の高い測定地点D近傍にいた17名中6名、比較的気中濃度が低かった3地点にいた13名中1名であった。この結果からチアクロプリドの気中濃度と症状発現には量反応関係が示唆されるとしている。しかし、残念ながら2013年は尿中チアクロプリドの測定を行っていない。もう少し測定感度を上げて尿中ネオニコ剤をこの年も測定、評価できたらさらに有益な情報になっただろうに、残念。

空中散布にかかわる調査を行う場合の留意点

以上松くい虫防除空中散布に対する健康影響を心配する視点から調査を行った2例を見てきたが、ニオニコチノイド系農薬は散布現場では有効レベルで残留するが、そこから少し離れると蒸気圧が低いのであまりドリフトせず周辺暴露は少ない薬剤であることが推察される結果ではあった。

しかし、気中濃度や降下量では散布時に高くなる場合があり、今後空中散布にかかわる調査を行う場合、以下の点を念頭に進められると、立場を超えて空中散布にかかわる健康影響をより科学的に評価できる情報提供になると思われる。

  • 気中濃度は空中散布の実施者は0.01µg/mをもう一桁下の1ng/mで測定し、せっかくの調査データを相互に有効活用していく。
  • 暴露の実態を把握するためにも散布時の継続的尿中ネオニコチノイドの測定は重要であり、測定感度は0.1ppb程度が測定できることが望ましい。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

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残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。