科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

食べると嘔吐や失禁?春菊から基準値180倍の農薬

斎藤 勲

キーワード:

久しぶりに緊張感が走る農薬違反の記事が12月8日発信された。
「春菊から基準値の180倍の農薬 食べると嘔吐や失禁も 福岡市が注意【西日本新聞ニュース】」

「福岡市はJAくるめが出荷し福岡市内の4青果店で7,8日に販売された春菊の一部から基準値の180倍の有機リン系農薬イソキサチオンが検出されたと発表。8日までに被害の報告はないという。市は対象品を食べないよう呼び掛けている。残留基準値は0.05ppm、体重60㎏の人が春菊20gを食べると、よだれが垂れる、嘔吐、失禁など有機リン系農薬の中毒症状が出ることがある。」と書かれていた(一部加筆、省略)。

被害の報告はないというのに、食べると嘔吐、失禁?どうなっているの?

そこで、12月8日の福岡市のウェブサイトの保健福祉局生活衛生部発の市政記者各位宛の「残留基準値を超えて農薬が検出されたしゅんぎくの流通についての注意喚起」をみてみた。

・春菊から基準値を大幅に超えた農薬イソキサチオンが検出された。
・自主収を行っており、対象品は絶対食べないようお願いします。
・食べて体調に異変がある場合は医療機関を受診してください。
・検出濃度9ppmは基準値0.05ppmの180倍。

これが見出しに使われた。基準値が小さい値だと当然倍率は高くなり180倍ともなれば不安が募る。通常春菊にイソキサチオンを使う場合、ネキリムシ対策として土壌に混和して使用するから作物への残留は低い。作物残留試験の結果は0.01ppm未満なので、基準値0.05ppmが設定された。

この使い方なら十分この基準値でいいのだが、今回の9ppmは全く異なる使い方で、上から散布されたものだろう。(12月9日の続報でイソキサチオンは畑の玉ねぎに使って、残りをハウスの春菊に使用したとのこと。【速報】基準値180倍超え農薬の春菊、原因はタマネギ用の誤散布|【西日本新聞ニュース】

玉ねぎは地下にあるから残留は問題にならないかもしれないが、その農薬を使用が認められていない葉物に散布すればどうなるかくらい、農家の常識で判断すればわかると思うのだが…。農薬検査なんてされないと思っていたのか。春菊は残留農薬検出頻度の高い作物であることは、検査をするものなら常識ですから。(どうせ検査をするなら出るものをと思う食品衛生監視員もいるはずだ。)

●福岡市の注意喚起の問題点

福岡市の情報で今回、一番重要なところが「健康影響について」の以下の記述だ。

イソキサチオンについて
種類:有機リン系殺虫剤
ARfd(急性参照用量※):0.003mg/kg 体重
〇体重 60kg の人が今回のしゅんぎくを 20g食べると、健康に影響を及ぼすおそれがあります
とある。

この記述について説明すると、「ARfD(Acute Reference Dose:急性参照用量)」とは、簡単に言えば「一度に大量に食べてもこの量であれば大丈夫でしょう」という値である。これが、0.003㎎/㎏体重で体重60㎏なら0.018mg、つまり180㎍までは摂取可能となり、春菊の9ppm(µg/g)で割るとちょうど20gまでは食べても大丈夫でしょうとなる。

なお、イソキサチオンの急性参照用量ARfDを算出するために用いたデータは、動物実験ではなくヒト試験が用いられている。成人男性10名が実際にイソキサチオンを飲んで二重盲検赤血球コリンエステラーゼ活性阻害試験を行った結果、0.03㎎/㎏体重/日でも活性値に変化は見られなかったという試験結果が採用されている。それ以上の濃度では試験していないので、無毒性量として0.03㎎/㎏が採用されたものである。ヒトのデータなので、安全係数は通常の100ではなく10で割った0.003㎎/㎏/日がARfDとなった。

しかし、福岡市の説明はこうした説明はなく、【参考】としてイソキサチオンの健康影響:流延(よだれ)、流涙、失禁、嘔吐等(ひどい場合は痙攣)と記載してある。「体重60kgの人が20g食べると健康に影響を及ぼす恐れがあります」と書かれて、健康影響にそう書かれていれば、話題性を求める記者さんなら新聞見出しのような仰々しいものになるのもわかる気がする。だからこそ、ここの部分は安全係数を含めて丁寧に説明してほしかった。

確かに計算上は20g食べると急性参照用量になるが、これには安全係数10がかけられ、この10倍量でも健康影響指標のコリンエステラーゼ活性に変化がなかった量である。実際の健康影響の可能性は、このあたりから見ていく必要はあるかもしれない。そういう意味では食べないに越したことはないので、「この春菊は絶対食べないようお願いします。」の言葉で締めくくっていただければそれほど仰々しい報道にはならなかったのではないだろうか。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。