新・斎藤くんの残留農薬分析
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。
地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。
防カビ剤は、食品添加物の一つとして食品衛生法で規定されている。そのため、スーパーでバラ売りされている棚には必ず「オルトフェニールフェノール(OPP)、TBZ,イマザリル使用」等の表示がしてある。稀に、その表示がない場合は本当に使用していないか、表示忘れ(違反)である。しかし、農薬としての使用だったら表示は要らない。
海外では、かんきつ類などを収穫した後、パッキングハウスなど選果工程で使用されるので、ポストハーベスト(収穫後)農薬といわれる由縁である。しかし、日本では収穫前までに使用されるものが農業生産資材としての農薬であり、収穫後商品になったものは食品衛生法の範疇に入るので、食品に使用されるものは、食品添加物(食品製造時のろ過助材なども同様)として管理される。
実際の使われ方としては、収穫したオレンジなどのヘタや葉を取り除き、水洗後、OPPナトリウム塩(水溶性)のシャワーをかけられ、次に一定の濃度のTBZ,イマザリルを含んだワックス処理をする。その後、選果され不良品は検品時にはじかれ、箱詰めされている。このため、残存量(食品添加物なのでこの言葉が使われている)は管理しやすく、海外消費地までの時間や温度を調査して1-2ppm程度(全果で検査)は残存して、それまでは防カビ効果が持続している濃度になるような管理がされているようだ。しかし、それでも、輸入入荷時に箱を開けてみると結構かびた玉が混ざっている(ということはその箱全体に菌糸は広がっている)。不使用ならば、もっと歩留まりは悪いだろう。
こういった形で使用された防カビ剤は果実表面に付着している。そこだけに残っていれば丁寧に皮をむけば果肉にはない状態で食べることができる。しかし、表面が青カビなどでかびたオレンジをむいてみるとその下の果肉部分も悪くなっているのは経験されている方も多いだろう。カビの菌糸は結構中まで入っていくため、防カビ剤もそれなりの浸透が必要になる。では果肉にはどの程度の残留であろうか。
先ず、2013年の福岡市の食品検査所の実験(残存濃度は食品衛生法適合)では、水洗いではTBZ,イマザリルはほとんど落ちなかった。食器用洗剤で洗ったり、塩水につけモミ洗いでは少し減少。皮をむいて皮だけ水にさらし熱湯で10分間茹でるとTBZは25%、イマザリルは34%に減少。要するに皮に残った防カビ剤は普通では取れない。マーマレードなどを作る際は、茹でこぼしをするので精油成分が溶出する際、防カビ剤もとれるのでかなり低減できるという結果だった。
2014年アイルランドのダブリンで開かれた国際学会でのドイツの分析者の発表で、イマザリルが残留したオレンジ(全果では0.8ppm位)の皮の剥き方で残留の違いを検討した報告があったので紹介する(どこの国でも気になるところは同じか)。ナイフを使って手で剥いた場合、機械(オレンジを固定して周りを回転刃で皮を剥く)で剥いた場合、果肉を絞り器(半分に切って中身をとがった部分でぐりぐりと絞り出す)で絞った場合の3通りでの果肉中の残留濃度は、手0.04ppm、機械0.007ppm、絞り器0.006ppmとなった。手で皮を剥く場合、精油成分が相当プチプチと飛んで手がべたべたになる経験をされた方も多いと思うが、それと共に防カビ剤も溶けて出てくる。それが手について果肉に残っていくことになるので、手で剥く場合の濃度が数倍高くなると思われる。とはいうものの元から比べれば相当低くはなっている。
最後に、食品の残留農薬検査結果報告では定評がある(というか毎年それなりのサンプル数での検査結果を公表するサイトが少ないということだが)東京都健康安全研究センターの年報の輸入市販品の果実の検査結果を見てみよう。
防カビ剤としては、イマザリル、TBZ、OPPの他にレモンでは防カビ剤の新参者のフルジオキソニルも検出され、時代を反映した結果となっている。2013年、2014年の検査結果で役に立つのは、全果(これが食品衛生法の残留基準の検査で指定されている検査部位)だけでなく、食べる果肉も検査していることである。これを見ると今回のテーマの答えが出ている。検査結果はたくさんあるので代表としてイマザリルのデータを一部抜粋した。この果肉の結果を出すために、皮むきの際は皮が果肉に触れないよう細心の注意をはらい、手袋や包丁、まな板を替えながら検査は行われている。縁の下の力持ちである検査担当者に感謝。
結論的に言うと果肉の残留はこの程度である。しかし、2ppm程度の残留があると、果肉に一部浸透して0.1ppm程度の残留があるのかという感じだろうか。それ以外では検出限界付近の残留となり食べる分には問題はない。
もし果肉に0.15ppmイマザリルが残留していたら、と想定して、科学的に評価してみよう。イマザリルのADI(1日摂取許容量)は0.025㎎/kg/日であるので、小学校1年生位の体重20㎏を想定すると、成長して年を取るまで毎日イマザリルを0.5㎎とり続けても大丈夫でしょうという話になる。毎朝健康のためオレンジジュースを2杯(400ml)飲むと、0.06㎎摂取することになり、ADIの12%の摂取となり、安全係数がかけてあるADIからさらに低い摂取量であるので大丈夫だろうという評価になる。
TBZやOPPはもっとADIが高いので評価はさらに安全な方にシフトする。もう一つ、ADIの評価で理解しておきたいのは、ADIに対して、10%と70%の摂取量を比べると70%の方がリスクが高い感じがするが、安全係数をかけて導いたADIを下回っていれば同じ安全評価・リスクとなることは覚えておいてほしい。要するにADIという柵の中で遊んでいる時は真ん中で遊んでいても端っこで遊んでいても大丈夫ですよという感じであろう。柵の外に出るとリスクは出てくるけど。
長々と説明したが、ここから見えてくるのは、防カビ剤の残留を気にすることはないが気になるならば、かんきつ類は最初は半分にカット、その後は果肉部分からカットすると果肉には表面の防カビ剤がつかず、よいだろう。手で皮を剥く場合は、ティッシュペーパーなどで皮部分を覆って皮を剥いていけば防カビ剤が入ったプチプチ飛んでくる精油成分はそこで吸収でき、果肉には付着しにくい。
絞り器も良いが少し果肉が残り、個人的には少しもったいない感じがする。皮をマーマレードにして使う場合は、茹でこぼしを十分すれば防カビ剤はかなり除去できる(防カビ剤ではないが、以前当所でもメチダチオンという殺虫剤が残留したポンカンの皮を茹でこぼしの実験をした結果、同様にかなり除去できた経験あり)。
レモンはあまり皮を剥く人はいないし、絞り器が便利かもしれないが、スライスして紅茶に入れて飲む人はどうする??レモンはそんなにたくさん食べるものではないので、防カビ剤の残留が気になる方は国産レモンを購入していただければいいだろう。
輸入かんきつ類の実際のリスクはこんなものだろう。
地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。