斎藤くんの残留農薬分析
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
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群馬県「食品安全検査センター」は毎月、県内で生産・販売・消費されている農産物・食品を対象に、残留農薬の検査を行っている。例えば2005年6月分の検査結果は、以下のように報告されている。この報告書の表現について、強く思うところがあるので、まずは「(3)残留農薬の検査」の部分を引用させていただきたい。
「食品衛生法では、使われた農薬が、農作物などに残留する量について基準を設けています。本県では、国内産、県内産、輸入農作物の残留農薬を検査する予定です。今回は、輸入柑橘類10検体(53農薬)、ジャガイモおよびサトイモ10検体(42農薬)を検査しました。すべて残留基準に適合していました」
群馬県は食の安全性に対する県民の関心の高まりを受け、2002年から全国に先駆け、「食品安全会議体制」を発足させ、2003年4月には食品の検査体制の強化・充実を目的に、衛生環境研究所内に食品安全検査センターを設置した。これにより、生産から流通、消費にいたるあらゆる段階の食品の理化学検査を行い、食品の安全性を検証することを可能にしたのである。従来の、農林水産サイドと衛生サイドという枠組みを越えた、行政としては画期的な組織であり、本来あるべき姿と私は高く評価している。群馬県はまた、食品安全情報センターと呼ぶウェブサイトを立ち上げて食品の安全関連情報を提供したり、「食品表示ハンドブック」(全国的に用いられている)、「ちょっと気になる農薬の話」(税込み320円と安いこともあってか、8月14日〜8月20日の期間、八重洲ブックセンター3階ベストセラーで何と第1位の売り上げを記録)などの小冊子を作って消費者に配布するなど、行政として目に見える形で成果を挙げている。
食品安全検査センターは、12名の職員が食品化学部門、添加物・薬品部門、残留農薬部門と3グループに分かれて、残留農薬の検査だけでも、2004年度は農産物安全検査で年間150件、県内流通品検査で140件と合計300件弱の検体を検査している。しかも、2005年度は70件程度件数を増やし、分析対象農薬も70以上を目指すという。残留農薬の分析法としては現在、超臨界抽出、GC/MSによる迅速分析を行っているが、今後、ポジティブリスト制度が導入されれば、農薬分析項目拡大に伴う分析法の拡大・変更などが必要となり、分析結果の判定には今まで以上に時間がかかるようになる(新聞などに書かれているような“簡単で迅速な分析法”などというものは実はないのである)。担当者の方は今まで以上のオーバーワークが必要になるのだ。
さて、そこで冒頭に戻ってお願いがある。折角、大変な残留農薬検査を行っているのだから、検査結果の報告書に、もう少しだけ工夫を凝らしていただきたいのだ。
群馬県・食品安全検査センターに関わらず、行政検査の結果報告は、「食品衛生法に基づく検査を行った結果、基準に違反したものはありませんでした」というような、無味乾燥な発表が極めて多い。これを、消費者が農薬問題を理解しやすいよう、もう少し噛み砕いた表現にしていく必要があるのではないだろうか。
あえて誤解を恐れずに言えば、今の日本で違反になる検体はそうあるものではない。また、残留量が高く健康影響が心配されるような事例が仮にあったとしても、それは非常に稀というか、事故事例に近い。
では今、私達のような分析に携わる人間がすべきこと何か。それは、「どんな食べ物(作物)に、どれだけの農薬が残っているか」「検出された農薬は基準値の何分の1か」「それは、国が定めるADI(1日摂取許容量)に対して、どの程度の割合なのか」といった、残留のレベルなどの分析結果の詳細や、その意味するものを、伝えていくことなのではないだろうか。さらに、「農薬はどの部分に残っているのか」「消費者が手元で加熱調理などを行った場合に、分析値はどの程度、減少するか」といった実用的な情報も、きちんと実例を持って伝えていくべきだ。
従来どおりの「基準を超える検体はありませんでした」というような情報伝達手法では、消費者は自分達が日常的に食べているものの実情をつかむことができない。結果として、食の安全関連の事件を伝える新聞報道などを見ても、それがどの程度、危険なものなのかを比較検証する知識を持たず、過剰に不安となり、無意味・無駄な消費行動につながっていくことになる。
食品中の残留農薬問題は、昔と比べれば格段に改善されてきている。農薬の安全性、環境面への影響は大幅に減少し、その残留実態を調べる分析機器も進歩した。「本当に問題視すべきことは何か」を、消費者も含めた全ての関係者が議論していける段階にきているのだ。しかし、まだまだ消費者に十分な知識が浸透していないのが現状だ。
これを解決するためにも、既に全国の先駆けとなる活動をしている群馬県・食品安全検査センターには、さらなる進化をしていただきたいと、強く思っている。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)