食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
日本人が健康的に過ごすためにどのような食事を摂ればよいのか。
その疑問に答えてくれる、国が公表している食事の摂り方のガイドラインが「日本人の食事摂取基準(以下、食事摂取基準)」です。
最新のエビデンス(研究論文)の結果に基づいて、エネルギーと35の栄養素の基準値が専門家の先生方の議論で検討され、策定されています。
この食事摂取基準がどういうものかは、すでに「食事摂取基準2020年版」を題材にして、FOOCOMコラムで34回の連載でお伝えしてきました。(初回は「基準値なのに大切なのはそれ以外?:これでわかった!食事摂取基準1」)
さて、この食事摂取基準ですが、5年に1回見直すことになっています。
現在使われているものは2020年版で、使用期間は2025年3月末まで。
2025年4月からは「食事摂取基準2025年版」(文献1)の活用が始まります。
その食事摂取基準2025年版が、先月公開されました。
最新の食事摂取基準は、これまでの版と比べて、どこが同じでどこが変わったのでしょうか。
確認していきたいと思います。
そもそも食事摂取基準とは何か、に関しては「基準値なのに大切なのはそれ以外?:これでわかった!食事摂取基準1」で解説しているとおりです。
あらためて復習しておくと、冒頭でも紹介したように、食事摂取基準は、日本人の健康の保持・増進、生活習慣病予防のために、食事から摂るべきエネルギーと栄養素の摂取量の基準値が示されているガイドラインです。
30人近くの研究者がメンバーや協力者となるワーキンググループで、最新の研究論文を検索、収集し、読み込んで、食事と健康の知見をまとめていきます。
さらにその内容が15人ほどの研究者で構成される策定検討会で議論されて、基準値と、本文の内容が決定していきます。
まさに、エビデンスに基づいた内容になっています。
引用されている論文は毎回1000報を超え、引用されなかったものの内容を確認した論文数も含めると、膨大な論文を読み込んで策定されているんですよね。
食事摂取基準は、厚生労働省が健康増進法という法律に基づいて定めているものです。
厚生労働省が実施している健康政策は他にもあります。
「健康日本21」と呼ばれる取組みを聞いたことがあるかもしれません。
こちらは、厚生労働省が示している、健康に関する基本指針です。
食事だけでなく、運動、休養、飲酒、喫煙などの健康に影響を与える様々な要因に関して、どのように取り組んでいくべきかの方針や目標が示されています。
健康日本21はおおよそ10年ごとに目標の達成度を確認し、内容が見直されてきています。
2024年4月からは健康日本21(第三次)の取組みが始まったところです(文献2)。
そのため、食事摂取基準2025年版は、この健康日本21(第三次)の内容を踏まえて改定されました。
食事摂取基準の冒頭の「はじめに」では、食事摂取基準2025年版の策定には、健康日本21(第三次)の推進が根底にあることが図示されています(図1)。
健康日本21(第三次)は、高齢化が進み、糖尿病などの有病者数が増加している現状でも、健康寿命を延ばしていくことが目標となっています。
健康寿命を延ばすというのは、つまり介護状態を防ぐ、ということですね。
そのために実施することとして、生活習慣の改善、主要な生活習慣病の発症予防・重症化予防だけでなく、生活機能の維持・向上等の観点も踏まえた取組を推進する、と書かれています。
この方針を受けて、食事摂取基準2025年版では、取り扱う疾患が増えました。
もともと前回の食事摂取基準は、第3節で「生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連」が記述されていました。
ここで、高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病(CKD)という4つの主要な疾患の、発症予防や重症化予防のための食事の摂り方が説明されていたんですよね。
これは、各疾患にかからないようにという一次予防の考え方だけではなく、早期発見・早期治療という二次予防や、疾患にかかった人の社会復帰と再発防止の三次予防という重症化予防が健康日本21(第二次)で重視されており、その内容を受けて食事摂取基準の改定が進められてきたためでした(「臨床栄養に踏み込んだ重症化予防の章:これでわかった!食事摂取基準29」参照)。
食事摂取基準2025年版でも、主要な生活習慣病の発症予防・重症化予防が重要、という考え方は維持されています。
そこに、生活習慣病という疾患だけでなく、介護予防につながるような「生活機能の維持・向上」を目指すこととし、そこにつながる疾患を新たに扱うことになったわけです。
新しく増えた「生活機能の維持・向上」の目標は、図1にも示されています(赤枠で囲んだ部分)。
この方針を受けて、第3節で扱う疾患として新たに追加されたのが骨粗鬆症です。
骨粗鬆症そのものというよりも、それによって起こる骨折が、その後の寝たきりや介護状態につながり、身心に大きな影響を与えるということで、特に骨折予防の観点で記述されています。
一方で、これまでも食事摂取基準の中で扱われてきたフレイルは、第3節で扱う疾患とはされずに、高齢者の項や各栄養素の項で重要ポイントを記述するという方針になりました。
フレイルとは、食事摂取基準の中では、老化に伴う身体機能の低下により、要介護状態、入院、死亡などの健康障害に陥りやすい状態のことを言っています。
要介護状態に至る前段階としても扱われています。
このフレイルですが、たんぱく質を十分に摂取することが大切ということが徐々に分かってきています。
けれどもそれ以外の栄養素との関連がまだ十分に示されていません。
2025年版食事摂取基準では、第3節で扱う疾患とはどういうものか、という定義も示されるようになりました。
その結果、第3節で扱う疾患は「複数の栄養素が発症や重症化の主要な因子となっている疾患」と決まったんです。
フレイルの場合この「複数の栄養素」という条件に当てはまらず、関連が言えるものがたんぱく質のみであったため、第3節で扱うことは見送りとなっています。
食事摂取基準策定の大きな目的である「日本人の健康の保持・増進のための食事の摂り方を示す」という根幹は変わりません。
けれども、高齢化が進展する現在の社会に合致する内容となるように、各所に新しい考え方が取り入れられながら、改定作業が進められてきた様子が、本文を読んでいると分かります。
基準値の値が変更になった栄養素もありますが、その値の変更の意味やその活用の仕方は、食事摂取基準の「表」だけを読んでもわかりません。
大事な内容の理解は、以前のコラムでお伝えしているように、本文の中にあります。
ぜひ本文を読んで、内容を確認いただきたいなと思います。
今後もFOOCOMコラムで、食事摂取基準2025年版で改定された重要ポイントに触れていきたいと思います。
参考文献:
1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2025年版. 2024.
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九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
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