科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

食事摂取基準を満たすだけでは健康は得られない?よりよい食事を考える

児林 聡美

先月まで、34回にわたる連載で、「日本人の食事摂取基準2020年版(食事摂取基準;文献1)」の解説を行いました。

食事摂取基準は、日本人の健康の保持・増進のために必要な、エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインで、34種類の栄養素項目に関して、基準値が示されていました。
この基準値を達成し続けていれば、健康には大きな問題が生じないという期待が持てます。

それにしても34種類とは!
「1日間で基準に達成しなくても、1か月間の摂取量全体を平均して基準を達成していれば問題ない」とはいえ(基準値なのに大切なのはそれ以外?:これでわかった!食事摂取基準1)、健康を保つために必要な栄養素ってなんと多いことでしょう。

そして、これを達成し続けることも大変です。
つい、サプリメントのような簡単な食品で済ませられたらどんなに楽だろう、と思ってしまいますよね。

また、最近では、1食や1品で食事摂取基準の基準値が満たせる食事や食品というものも販売されていると聞きます。
そんな食事や食品の活用は、忙しい私たちにとって魅力的でもあります。
けれども、サプリメントを摂取するような食事の仕方ではなく、複数の食品を組み合わせて料理作り、その料理を組み合わせた食事から栄養素を摂取することには、意義もたくさんあるように思うのです。

たとえば前回のコラムでは、食品を摂取することによって、食品中の水も摂取することができることを紹介しました(迷ったら最初に手にしよう:これでわかった!食事摂取基準34(最終回))。
そのほかに、サプリメントなどに頼りすぎず、食事というものを大事にしたほうがよいのでは、という考えを支持できそうな研究結果をいくつか取り上げてみます。

●ゆっくり食事を食べることの効能

サプリメントや1品の食品を摂取すると、あっという間に食事が終わってしまいますよね。
そのような食べる速さの「速い」食事、つまり早食いといわれる状態は、肥満に関係があることが示されています。

図1は早食いと肥満の関連を1000人以上の日本人の成人で調べた結果です(文献2,3)。

図1. 食べる速さと肥満の関連(文献2,3):日本人の中年成人男女や若年女性(大学生)に食べる速さを自己申告で回答してもらい、その人のBMIとの関連を検討した研究結果。「かなり遅い」人たちに比べると、「かなり速い」人たちで、BMIが大きくなっている。

BMIとは、肥満の度合いを示すことのできる値で、25を超えると「肥満」とされます。「食べる速さは?」とたずねた質問に「かなり遅い」と答えた人たちに比べて「かなり速い」と答えた人たちのほうが、BMIが大きいことが分かります。
特に中年男性では肥満の基準である25に近づいていることが分かります。

この研究では、食べる速さと肥満の状態を同時に調べていて、食べる速さと肥満の間の因果関係は分かりません。
早食いのせいで肥満になったのかもしれないし、肥満になったから食べる速さが速くなったのかもしれません。そこはこれらの研究で明らかにはならないとしても、速く食べることが肥満に影響している可能性はありそうです。

食事に必要以上に手軽さを求めずに、ゆっくりとよく噛んで、味わいながら食べる食事を目指したいところです。

●料理することの効能

サプリメントや加工食品、そして出来合いの総菜などを使うことで、私たちは料理をしないでも食事を摂ることができるようになりました。
そうすることによって、私たちは料理以外の、様々な活動に時間を使うことができるようになったということは、喜ばしいことです。

けれどもそういった食事を続けていて、果たして健康を保つことができるのでしょうか。
台湾の65歳以上の高齢者1888人を対象に、料理をする人の食事内容や健康状態を調べた研究があります。
「週に何回くらい自分で料理や食事の準備をしたり、手伝ったりしますか?」という質問をして「しない」「1~2回」「3~5回」「6回以上」のうちのどれかを対象者に回答してもらっています。

そして、その後10年間調査を続けて、死亡率との関連を検討したのが図2です。

図2. 料理をする頻度と死亡率の関連(文献4):65歳以上の台湾人男女1888人を対象に、料理をする頻度をたずね、その後10年間の死亡率を検討した研究。各群の死亡率は「料理をしない」群の死亡率を1としたときの相対値で示している。

料理を「しない」と回答した人たちに比べると、料理をする回数が多い人たちで死亡率が低下することが示されました。
単純に考えると、料理をする人というのは、男性より女性が多く、体も十分に動くし、頭の機能もしっかりしている、というふうに想像できます。

そこでこの研究では、性別、年齢、運動機能や認知機能の能力などの影響を取り除いてあります。
それでも、料理をする回数が多い人たちで死亡率が低くなっていたのです。

一方で、この研究では食事の内容を丁寧に測定して、栄養素の摂取量も検討してあるのですが、食塩や脂質の摂取量に大きな違いはありませんでした。
料理をする回数が多い人が、食塩や脂質の摂りすぎに注意できているというわけではなさそうです。

ただし、食物繊維やカルシウムの摂取量は、料理をする回数が多い人で、多くなっていました。
ひょっとするとこのことは、健康によい影響を与えている可能性はあります。

とはいえ、料理するとなると、今冷蔵庫には何が入っていて、足りないものは何かを考え、それを買いにいき、実際に料理を作り、余ったら上手に保存し…というふうに、頭も体も使いますよね。
こういった料理という活動自体が、どんな栄養素を摂取するか、ということとは別に、健康には大切な可能性があるのではないかと、この研究結果から感じます。

●誰かと一緒に食べることの効能

食事を簡単に、短時間で済ませようとすると、ひとりで、隙間時間に食べるということになりそうです。
誰かと一緒に食事を楽しむこともなく、ひとりで食べる食事は「孤食」と呼ばれることもあります。

孤食は健康にどのような影響を与えるでしょうか。
日本人の高齢者を対象にした研究で、孤食がうつの発症に影響するかを調べた研究があります(文献5)。

男女それぞれ2万人近くの健康な人たちを対象に、普段誰と一緒に食事をするかをたずね、ひとりで食べている孤食か、誰かと一緒に食べている共食かを調べました。
そして、3年後にうつを発症しているかを調べました。

ただし、孤食の人はひとり暮らし(独居)の場合に多く、孤食というよりも独居であることが、うつの発症に影響している可能性があります。
そのため、この研究では、独居と同居の人に分けて調べています。

その結果、男性では、独居の人で、孤食の人は共食の人に比べてうつの発症率が2倍以上高くなっていました(図3)。

図3. 共食とうつ発症の関連(文献5):65歳以上の日本人男性17612人と女性19581人を対象に、普段誰かと一緒に食事をするかをたずね、3年後のうつの発症を検討した研究。男女別に、同居と独居の群に分け、普段誰かと一緒に食べる共食の人たちのうつ病発症率を1とし、それに対するひとりで食事をする孤食の人たちのうつ病発症率を相対値で示している。

女性でも、同居と独居の違いに関わらず、共食の人に比べて孤食の人でうつの発症が少し高くなっていました。

実は日本人を対象にした類似の他の研究では(文献6)、男女とも同居の人で、共食に比べて孤食の人のうつの発症率が高いことが示されていて、図3の結果とは少し傾向が異なっています。

このように研究結果は一貫していない印象はありますが、孤食を生み出しやすい独居や孤食それ自体が、うつの発症に何らかの影響を与えている可能性が考えられます。
誰かと一緒に食事のおいしさを語る、そういった食事がもたらす楽しみは、心の健康に一役買っているのかもしれません。

疫学研究の結果は常に不安定で、今回取り上げた数少ない研究結果だけに基づいて、食事の摂り方を見直すことは賢明ではありません。
今後、このような研究が十分に発表されるのを待ちましょう。
けれども、料理した食事をゆっくりと、楽しんで食べることは悪くはなさそうだ、という考えを頭の片隅に置いておくことはできるかなと思います。

このような研究結果を知ることで、日々の食事をより効率化することだけを追い求めてよいのか、食事をよりよいものにするにはどうしたらよいか、多くの人の考えるきっかけになればいいなと思います。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.
  2. Otsuka R, et al. J Epidemiol 2006; 16: 117-24.
  3. Sasaki S, et al. Int J Obes Relat Metab Disord 2003; 27: 1405-10.
  4. Chen RC, et al. Public Health Nutr 2012; 15: 1142-9.
  5. Tani Y, et al. Age Ageing 2015; 44: 1019-26.
  6. Kuroda A, et al. J Am Med Dir Assoc 2015; 16: 578-85.

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児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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