科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

未来の血圧のために現在の減塩・節塩を:これでわかった!食事摂取基準30

児林 聡美

エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。

生活習慣病やそのリスクが高い人が気を付けるべき食事の課題を説明している第3章の解説に入りました。
食事摂取基準で生活習慣病として扱っている疾患は、高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病の4種類です。
それぞれの疾患につき、ひとつの項で構成されています。

今回は高血圧の解説です。

●循環器疾患の発症予防のために高血圧予防

高血圧は、収縮期血圧と拡張期血圧のいずれかが基準値を超えている状態のことです。
病院などで測定する診察室血圧が、収縮期血圧で140 mmHgまたは拡張期血圧で90 mmHg以上のときに高血圧と診断されます。

高血圧になると、その後に脳・心・腎・血管疾患の発症リスクが高まるため、それらの疾患の予防のためには高血圧にならないようにすることが大切です。

●高血圧と関連する食事

高血圧の発症や血圧上昇の要因は、食事を含む生活要因と、遺伝要因があると考えられています。
そして、食事を含めた生活習慣の改善は、高血圧の発症予防にも、重症化予防にも重要であるとされています。

高血圧と関連の深い栄養素やエネルギーは、図1のとおりです。

図1. 栄養素摂取と高血圧との関連(文献1 3-1 図2):高血圧に影響を与えていることが確実なのはナトリウム(食塩)です。

ナトリウムは血圧上昇に影響することがよく知られており、たくさんの研究で支持されています。
反対に、カリウムは血圧を下げる働きがあることが知られています。

そのほかに重要なのは、エネルギー産生栄養素である、たんぱく質、脂質、炭水化物、アルコールです。
これらは過剰に摂取すると肥満につながり、肥満が高血圧の発症や悪化に影響を与えているためです。

これらの栄養素に関して、ひとつずつ確認していきましょう。

●節塩がとにかく大事!

ナトリウムの過剰摂取が血圧上昇と関連があることが、多くの研究で示されています。
日常生活で摂取するナトリウムは、ほぼ食塩(塩化ナトリウム)として摂取しています。

ナトリウムというよりも食塩の摂取量として基準値が示された方が認識しやすいため、食事摂取基準のナトリウムの目標量が食塩相当量で示されていることは、以前のコラムで紹介したとおりです(高血圧予防にナトリウムは控えめに、カリウムは積極的に:これでわかった!食事摂取基準22)。

食塩の摂りすぎが危ないというのはよく聞くと思いますが、どういうふうに危ないのかはご存知でしょうか。

それは加齢による血圧上昇度を上げるためです。
血圧というのは、どんな人でも年齢とともに上昇するものなのですが、その度合いが、食塩摂取量が多い人ほど高くなるのです。

研究結果(文献2)を基に血圧上昇度を示すと、図2のようになります。

図2. 食塩摂取量の違いによる加齢に伴う血圧上昇度(文献2をもとに作成):食塩の摂取量に関係なく、血圧は年齢とともに上昇するものですが、食塩摂取量が多くなるほどその上昇度は高くなります。未来の血圧のためにも食塩摂取量は控えめに、そして子どもたちや若い人こそ減塩を習慣づけることが大切です。

食塩摂取量が1日あたり14 gの場合、1年後に血圧は0.7 mmHgくらい上昇しますが、7 gの場合は0.3 mmHgくらいです。
1年後の違いはそこまで大きくはありませんが、これが30年続くと大きな違いになって現れます。

現在の血圧が120 mmHgの場合、食塩を毎日14 g摂り続けていれば30年後は高血圧の範囲に入っていますが、7 gに抑えられていれば40年後も高血圧にはなっていません。
未来の血圧のためにも、若い時から塩は少なく使うことが大切です。

減塩の必要性はよく聞くと思いますが、今の食塩摂取量が多い場合に、それを減らす減塩は、確かに重要ですね。

そして今すでに食塩摂取量が少ない人は、それ以上減塩する必要がないと考えず、今後もなるべく少なめに摂取する、という意味から、塩をなるべく節約して使う「節塩」生活をお勧めします。

また、現在すでに血圧が高いからといって、過去を嘆いてもいけません。
食塩を1 g/日減らすと、1 mmHgの血圧低下が期待できることが知られています。
すでに血圧が高めの人も、現在の血圧と今後のさらなる血圧上昇を抑えるために減塩、節塩は重要です。

このように、食塩と血圧の関係はたくさんの研究で調べられており、日本を含めて各国の食事や高血圧のガイドラインで、食塩摂取量の基準値が決められています。
日本人の摂取量は多いため、実行可能性を考えて、一般成人男性の食塩の目標量は7.5 g/日未満、女性で6.5 g/日未満ですが、日本の高血圧治療ガイドラインで定められている高血圧者の食塩の目標は6 g/日未満であり、WHOの目標量は5 g/日未満です。

これらの値よりもさらに少ないほうが血圧の健康のためにはよいことを示している研究結果もあり、「食塩はなるべく少なめに」はぜひとも気にしておきたいところです。

●カリウムは積極的に

カリウムは、血圧低下効果があると考えられている栄養素です。
さらに、カリウムはナトリウムの血圧上昇効果を抑制する可能性があると考えられるようになってきています。

ナトリウム/カリウムの摂取比が循環器疾患のリスクを低下させるという研究結果もありますが、実際にこの比をどのくらいにすべきか、という結論はまだ出ていません。

カリウムを豊富に含む、果物や野菜をしっかり食べることは、健康へよい影響をもたらすことになりそうです。

●肥満の改善が重要

高血圧に作用する要因のひとつが肥満です。
肥満の人は肥満でない人に比べると、高血圧になるリスクが高いことが示されています。

エネルギー摂取量を抑えて減量できると、血圧は下がります。
一方で、エネルギー摂取量を抑えても減量できなければ血圧は変わらないことから、エネルギー摂取量そのものよりも、それによって生じた肥満が影響していると考えられています。

このような結果から、高血圧予防のためにはエネルギー摂取量に注意するというよりも、肥満にならないように注意する必要がありそうです。

●酒は百薬の長といいたいけれど

アルコールを摂取した直後は血圧が下がることや、少量のアルコール摂取で冠動脈疾患リスクが低下するという研究が存在するのは事実のようです。

けれども、習慣的な飲酒は血圧を上昇させますし、飲酒習慣のある高血圧者でアルコール摂取量を減らせば、血圧は低下します。

アルコールは1日に、日本酒で1合くらい、ビールで中瓶1本くらいにしておくのがよさそうです。

●当たり前に想像できる「健康的な食事」がいい

そのほかに、マグネシウム、n-3系脂肪酸、食物繊維など、血圧低下や循環器疾患リスク低下が考えられる栄養素も存在します。
けれども、それ単独で強い影響のある栄養素というものは、今のところ存在しません。

現時点では図1に示された栄養素が特に重要で、それ以外の栄養素は単独では効果が弱いけれども、組み合わせて摂取することで血圧低下効果を示す可能性があると考えられています。

アメリカでは、野菜、果物、低脂肪乳製品が豊富な食事に血圧低下効果があることが示されたことから、この食事をDASH食と名付けて、高血圧の治療ガイドラインでも取り上げています。

このDASH食は、カルシウム、マグネシウム、n-3系脂肪酸、食物繊維などが豊富な食事だそうです。
DASH食はアメリカの食事で採用された指針のため、そのまま日本で採用するのは難しいですが、高血圧予防のために普段の食事で気を付けるべきことは、DASH食のように野菜や果物を十分に摂取し、薄味を心掛けるということになりそうです。

健康的な食事として当たり前に想像しやすい食事ではありますが、何か特別な栄養素に期待するのではなく、この当たり前が大切なのですね。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.
  2. Intersalt study group. BMJ 1988; 297: 319-28.

※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします