科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

日本人だからこそ摂りすぎに注意したいヨウ素、セレン:これでわかった!食事摂取基準26

児林 聡美

エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。

微量ミネラルの解説の続きです。
今回はヨウ素とセレンです。

●甲状腺ホルモンを作るヨウ素

ヨウ素は甲状腺ホルモンを構成する栄養素です。
成長や発達に関わっており、エネルギー代謝を亢進させます。
不足すると、甲状腺機能が低下し、成長や発達に問題が生じます。
そこで、不足のリスクを回避するための指標が定められることになりました。

適切なヨウ素の摂取状態の場合、甲状腺の1日のヨウ素蓄積量と逸脱量は等しく、ヨウ素濃度が一定に保たれるため、甲状腺へのヨウ素蓄積量が必要量とみなせます。
アメリカ人の甲状腺へのヨウ素蓄積量を調べた研究では、その量はおおよそ95 μg/日であると示されており、この値を基に、高齢者を含む成人の推定平均必要量と推奨量が定められました。
性別による違いは不明なため、男女とも同じ値で設定されています。

小児は、成人の値を基に、各性・年齢区分の参照体重や成長因子を考慮し、さらに男女の値を平均して、定められています。
乳児は研究結果がないため、目安量を設定することになりました。
0~5か月の乳児は、母乳中の濃度と哺乳量から算出された摂取量の結果を用いようとしましたが、日本人の母乳中の濃度で設定すると、得られた値は海外の食事摂取基準の値と比べて高すぎると判断されました。
そこで、アメリカ・カナダの食事摂取基準で採用されている0~6か月の乳児の目安量と、体重を考慮して定められました。
6~11か月の乳児は、0~5か月の乳児の値と参照体重を用いて計算した値を使って目安量が定められています(表1)。

表1. ヨウ素の食事摂取基準(μg/日)(文献1 1-7 P.370):日本人は世界でも稀に見る高ヨウ素摂取集団です。耐容上限量は他国に比べると高めになっています。

●日本人ならではの特殊事情

ヨウ素は不足すると問題がありますが、過剰に摂取することも問題です。
過剰摂取によって、甲状腺機能の低下や、重症な場合は甲状腺腫などを発症することもあります。

多くの国では、食品からのヨウ素摂取が過剰になることはありません。
それは、ヨウ素を多く含む食品を食べる習慣がほとんどないためです。
どちらかというと過剰摂取よりは摂取不足のリスクが大きく、そのためにヨウ素をわざわざ添加した食卓塩を使ったり、水道水にヨウ素を添加したりして、不足のリスクを防いでいるほどです。

一方で、ヨウ素は海藻類、特に昆布に高濃度に含まれています。
そのため、昆布そのものや昆布出汁を調理に使う日本人は、世界でも稀な高ヨウ素摂取集団です。
日本人成人のヨウ素摂取量は、様々な調査から、1~3 mg/日であることが示されています。
これは、成人の推奨量である130 μg/日と比べても桁違いの多さです。

このことから、過剰症のリスクを防ぐための耐容上限量を設定することになりました。
海外では、1.7 mg/日のヨウ素を摂取した場合に甲状腺機能低下が認められるとの報告があります。
けれども、日本人でその程度の摂取では、過剰症の報告はほとんどありません。

そのような事実から、現在の摂取量の3 mg/日、つまり3000 μg/日は、日本人では健康障害が発症しない量とみなされました。
この値を用いて、成人の耐容上限量が定められました。

小児では、6~12歳の小児を対象とした研究から、甲状腺容積が大きくなったときのヨウ素摂取量が1,059μg/日と推定されることから、その1.5で割った値であれば過剰症は発症しないと考えて、8~9歳の耐容上限量を700 μg/日としました。
1~11歳までは、8~9歳の耐容上限量と体重を用いて、12~14歳は8~9歳の耐容上限量と成人の値を考慮して、15~17歳は成人と同じ値として、耐容上限量が定められました。

乳児は、日本と同様に海藻類の摂取が多い韓国の研究結果があり、母乳からのヨウ素摂取量が100 μg/kg 体重/日を超える場合に、甲状腺ホルモンの濃度以上が認められています。
そのため、その3分の1の量である33 μg/kg 体重/日であれば健康障害が発症しないだろうと考えて、この値と参照体重を用いて、耐容上限量が定められました。

ヨウ素摂取量と生活習慣病の関連に関して報告はないため、目標量は設定されませんでした。
こうしてヨウ素の推定平均必要量、推奨量、目安量、耐容上限量は、表1のように定められました。

●とはいえ昆布を避けすぎないで

成人の耐容上限量は3000 μg/日と設定されたものの、これは習慣的な摂取量に関するものです。
毎日のようにこの量を超えると問題ですが、昆布を使った献立の場合、この量を超える日は時々あると考えられます。

成人の場合は、昆布を用いた献立によって10 mg/日程度のヨウ素摂取が時々あることは問題ないとされています。
ただし、1週間の合計を20 mg程度にしておくほうがよいそうです。

一方で小児の場合は、健康障害が発症した例が、習慣的な摂取ではなく、時々高濃度摂取している間欠的な摂取の場合であるため、一度に大量にヨウ素を摂取することにも注意が必要とされています。
また、胎児や新生児期もヨウ素に対する感受性が高いと言われており、妊婦や授乳婦なども高摂取には注意が必要です。

とはいえ、海藻を食べない日本人では、ヨウ素摂取量が73 μg/日との調査結果もあり、意図的に海藻類を避ける生活を続けると、今度は不足のリスクが生じます。
昆布をはじめとする海藻類をまったく食べないという極端な食生活は避け、適切に利用することが重要です。

●抗酸化で活躍するセレン

次にセレンです。
セレンはたんぱく質と結合してセレノプロテインとなり、抗酸化や甲状腺ホルモンの代謝などの働きをします。
欠乏すると、心筋障害を引き起こしたり、皮膚の乾燥・薄片状が生じたりするなどの欠乏症状が現れます。
そのため、不足のリスクを回避するための指標が定められることになりました。

WHOの指標では、セレノプロテインの一種であるグルタチオンペルオキシダーゼの血漿中の活性値が飽和値の3分の2であればセレン欠乏症が予防できるという研究結果を用いています。
その値を必要量として、推定平均必要量と推奨量を求めることになりました。

具体的には、血漿グルタチオンペルオキシダーゼ活性値とセレン摂取量の間に成り立つ関係式が、中国人を対象とした研究で示されています。
その式を用いると、活性値が飽和値の3分の2となるときのセレン摂取量が24.2 μg/日と計算でき、そのときの対象者の平均体重は60 kgと推定できます。
これらの参照値と、各性・年齢区分の参照体重を用いて、推定平均必要量と推奨量が定められています。

小児は、成人の値をもとに、体重や成長因子を考慮して定められました。
0~5か月の乳児は、母乳中の濃度と哺乳量から算出された摂取量の結果を用いて目安量が定められています。
6~11か月の乳児は、0~5か月の乳児の目安量から体重や成長因子を考慮して算出された量と、成人の目安量から算出された量の平均値を用いて、目安量が定められています(表2)。

表2. セレンの食事摂取基準(μg/日)(文献1 1-7 P.371):日本人は日常の食事でセレンを十分摂取できています。サプリメントでの摂取は糖尿病発症リスクを高める可能性もあり、勧められません。

●過剰摂取は糖尿病のリスク

セレンは魚介類には比較的多く含まれます。
また、土壌に含まれるセレンの濃度が高い地域で育った作物はセレンの含量が比較的高いため、地域によっては植物性の食品や畜産物にセレンが多く含まれることもあります。

そして、セレンを過剰に摂取すると、毛髪や爪の脱落、胃腸障害、神経異常などが生じます。日本人は魚介類を多く摂取することから、他国に比べるとセレンの摂取量は比較的高いようです。
けれども、通常の食事の範囲で過剰症が生じる可能性は低いと考えられています。

一方で、サプリメントの過剰摂取で生じる可能性はあります。
そこで、耐容上限量が定められることになりました。

食品中のセレン含量が高い地域でのいくつかの研究結果によると、セレンの摂取量が800 μg/日の場合には健康障害が生じず、その量を超えると過剰症の症状が現れることが示されています。
そのときの対象者の体重60 kgから、健康障害非発現量は13.3 μg/kg 体重/日とし、この値をさらに2で割った6.7 μg/kg 体重/日では過剰症が生じないだろうとして、この値と各性・年齢区分別の参照体重を使って、耐容上限量が設定されました。

小児では、成人の耐容上限量の参照値と、参照体重を用いて設定されました。
乳児では、十分な研究結果が得られなかったため、設定されませんでした(表2)。

セレン摂取が心血管系疾患の予防となる可能性があることが、いくつかの研究で示されています。
一方で、摂取量が多い集団では糖尿病の発症率の増加が認められるとの研究結果も存在します。
これらの健康状態に対しては、目標量を設定できるような定量的な情報が不十分です。
そのため、生活習慣病発症予防のための目標量は、下限値と上限値ともに設定されませんでした。
生活習慣病の重症化予防に関する報告もないため、そのための量も設定されませんでした。

セレンの摂取が高まることで生活習慣病予防となる可能性はありますが、サプリメント等で意図的に摂取を高めることは、過剰症のリスクに加え、糖尿病発症リスクを高めることになり、勧められません。
糖尿病発症リスクとセレン摂取量の関連に関して結論を得るには、日本人を対象にした研究結果が求められています。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.

※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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