食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。
これまでの10回で、食事摂取基準で定められている指標の種類やその違い、それらを活用する際の留意事項といったことを説明してきました。
これらの内容は、食事摂取基準の冒頭の「総論」の部分に書かれています。
これからは、いわゆる基準値と言われる指標の値が書かれている「各論」の部分の説明に入ります。
各論の構成は図1のとおりです。
大きく3つの章から構成されています。
1章の「エネルギー・栄養素」では、エネルギーと34種類の栄養素に関して、どの指標をどのように定めたのかが詳しく説明されています。(栄養素としては33種類が扱われていますが、栄養素それぞれに加えて、エネルギー産生栄養素バランス(たんぱく質、脂質、炭水化物摂取量のバランス)という項目でも指標が定められているため、指標の定められている栄養素の項目は34種類となります。)食事摂取基準の指標の値は、すべてこの「エネルギー・栄養素」の章に示されています。
残る2つの章は、ヒトに焦点をあててまとめられている章です。
2章の「対象特性」では、食事摂取基準を活用するときの留意点が多い対象者である、妊婦・授乳婦、乳児・小児、高齢者に関して、エネルギー・栄養素の章で記述してある内容と重複する部分も多いのですが、その留意点が対象者ごとに整理されています。
3章の「生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連」では、食事摂取基準で取り扱っている4つの生活習慣病である高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病の患者に対して食事摂取基準を活用する場合の留意点がまとめられています。
ところで各論で示されている指標の値は、各性・年齢区分の「参照体位」の体格の人が適切と考えられる値です。(参照体位の具体的な値は「ひとつの指標の決定に32の値の判断:これでわかった!食事摂取基準6」をご確認ください。)
さらに身体活動レベルに関しては、レベルⅡ(ふつう)の人たちを想定して定められています。
参照体位よりもとても太っているまたは痩せているような人たち、そして活動量が非常に大きいまたは小さいような人たちに食事摂取基準を活用する場合は、指標の値をそのまま活用するのではなく、もう少し多めまたは少なめがよいのではないかと、個々の状況に合わせてその都度考えながら活用する必要があることを頭に入れておいてください。
それでは、1のエネルギー・栄養素の章の、エネルギーの項に進んでいきましょう。
食事摂取基準の中で、基準値、つまり指標の値が最初に示されているのはエネルギーです。
けれども、このエネルギー、栄養素で定められている指標とは異なっています。
栄養素では、1) 摂取不足の回避、2) 過剰摂取による健康障害の回避、3) 生活習慣病の発症予防といった3つの目的のための5つの指標が定められていました(誰のため?何のため?:これでわかった!食事摂取基準2)。
一方で、エネルギーは、これらの指標は定められておらず、エネルギー独自の指標が定められています。
これは、エネルギーが栄養素とは異なり、必要量が満たされた「充足した状態」でも、健康的とは言えない場合があるという、エネルギーの特徴のためです。
日常生活の中では、食事などからエネルギーを摂取し、摂取したエネルギーは生命機能の維持や身体活動に利用されることで消費されます。
もしエネルギー摂取量とエネルギー消費量がほぼ等しい状態が続けば、体重の変化はありません。
この状態は、その体重を維持するのに必要なエネルギー量を摂取している、エネルギー出納のバランスがとれた状態であるともいえます。
一方で、エネルギー摂取量がエネルギー消費量を上回る状態が続けば、体重は増加します。
逆に、エネルギー摂取量よりもエネルギー消費量が上回る状態が続けば、体重は減少します。
このようなエネルギー出納のアンバランスによる体重変化が長期におこると、体重変化は次第にゆるやかになり、エネルギー摂取量、エネルギー消費量、体重はそれぞれ最初の状態からは変化して、またエネルギー出納のバランスがとれた新たな状態に移行します。
つまり、肥満の人でもやせている人でも、その体重のまま変化しないときには、ちょうど必要なエネルギー量を摂取している、エネルギーが充足した状態なのです。
ということは、エネルギー必要量をちょうど摂取できて体重が変化していない状態でも、肥満ややせの状態が続いているのであれば、健康状態が良好とは言えませんよね。
単にエネルギー摂取量と消費量のバランスを保つだけでは不十分で、健康的な体重が維持されるようなエネルギー摂取量と消費量のバランスを保つことが必要なのです。
このような背景から食事摂取基準では、エネルギー摂取量と消費量のバランスを維持するためには、体重を管理して適切な体重を維持することが重要である、という考え方をとっています。
とはいえ適切な体重といっても、身長によってその値は変わってきます。
医療の分野では身長の違いも考慮して体重の管理を行えるように、BMI(体重(kg)/身長(m)の二乗)という指標が使われます。
そこで食事摂取基準でも、エネルギーの指標として、望ましいBMIの範囲を示しています。
ただし、BMIで管理することには欠点もあります。
実は、体重で健康状態を管理するというのは厳密にいえば不十分で、本来はその体重を構成している体組織のうち、筋肉が多いのかそれとも脂肪が多いのか、さらには脂肪のうち皮下脂肪が多いのか内臓脂肪が多いのか、といったことまで考えたほうがよいのです。
けれども、日常生活の中で体脂肪率を測定したり、管理したりすることは、体重を管理するよりも難しく、ハードルが上がります。
体脂肪率などよりもBMIと健康の関連を検討した研究のほうが豊富に存在するという事実もありますし、それに加えて日常生活の中での管理のしやすさなどを考慮して、食事摂取基準ではBMIを管理する方法を採用しているのです。
そういうわけで、エネルギーの指標は、適切なBMIを維持できるときのエネルギー摂取量とすることになりました。
ここで、どのような状態が「適切なBMI」なのかを決める必要が生じます。
たとえば、介護状態になりにくいBMIとか、がんになりにくいBMIとか、または生きていれば問題ないとして死亡しにくいBMIとするのか、その考え方は本当に色々あるところですが、その「色々」をまとめる形で、食事摂取基準では死因を問わない死亡率、つまり総死亡率が最も低くなるBMIを、健康的で適切なBMIであるとしています。
たくさんの観察疫学研究で得られた結果をまとめると、年齢区分別に、総死亡率が最も低かったBMIの範囲をまとめると、表1のような値が示されました。
年齢区分が上がるにつれて、BMIが比較的高めのほうが、総死亡率が低くなるというという傾向が見られます。
それでは、今生きている高齢者ではBMIの大きい人が多いのかと思って調べると、そういった結果は得られません。
65歳以上の日本の高齢者全体のBMIの分布の実態を調査してみると、比較的BMIが小さい人のほうが多いことが分かっていて、総死亡率の研究結果と実態の間に乖離があることが分かっています。
この乖離が見られる理由は、はっきりとはわかっていません。
ただ、いくつか考えられる要因はあって、たとえば研究開始時にすでに何らかの疾患を持っていて、その疾患が原因でやせた状態にあり、そして研究開始の直後に死亡してしまうような人が含まれる、ということがあります。
このような人たちが比較的多く含まれると、BMIが低いことが原因で死亡率が高まったわけではないのに、研究結果としては、まるでBMIが高い人たちのほうが長生きして健康的であるかのように見えてしまうのです。
そのため、食事摂取基準では、表1の結果をそのまま使って指標を設定することはせず、結果的に、適切なエネルギー摂取のために目標とするBMIの値の範囲は表2のようになりました。
18歳から64歳の年齢区分では、表1と表2の値は同じです。
一方で、65歳以上の高齢者では、研究から得られた表1の値は目標とすべき値よりも高めに出ているだろうと考え、全体的に低めに設定することになりました。
どこまで下げるべきかの議論があり、上限は65歳未満の人たちと同程度にすることになりました。
また下限は、BMIが低いとフレイル(将来介護が必要となる可能性が高まる健康状態)のリスクが高くなることが考えられるため、65歳未満の人たちよりは少し高めの値とすることになりました。
この、表2の値がエネルギーの指標です。
表の下には、今回のコラムで説明してきたことが注釈として書かれています。
表の値だけではなく、この注釈の理解が、食事摂取基準の活用のために必要となります。
こうしてエネルギー摂取量は、対象となる個人・集団のBMIが、目標とするBMIの範囲に含まれるようなエネルギー量を摂取することで管理することになりました。
一方で、体重を維持するのに必要なエネルギー量がどのくらいなのか、日々の食事を管理する人たちにとっては目安として知っておきたい情報です。
そのような、エネルギーの指標とは別の「参考値」も、食事摂取基準では示されています。
次回はその参考値に触れたいと思います。
参考文献:
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html
※食情報や栄養疫学に関してHERS M&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
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