食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
前回、「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」は、国(厚生労働省)が公表している栄養素の摂り方に関するガイドラインであること、そして膨大な研究論文に基づいた、信頼できる食情報で構成されていることなどをご紹介しました。
食情報を扱う方や、食情報に少しでも興味をお持ちの方には、その存在を知っていただき、内容をある程度知っていただきたいのですが、中には専門的な記述や、理解するための前提知識が必要な点もあります。
そこで今回から、この食事摂取基準の内容をできるだけ分かりやすくお伝えしていきたいと思います。
それでは、食事摂取基準の中身がどのようになっているのかを少しずつ紐解いていきましょう。
●対象者である「健康な人」から「科学」を垣間見る
まず、この食事摂取基準が誰のために作られているのか、確認しておきましょう。
正解は、「日本人の」とついているとおり、日本国民のためです。
年齢は0歳の乳児から75歳以上の高齢者までの全範囲を含めます。
一方で日本人全体というわけではなく、「健康な人」を対象にするとされています。
ここでいう「健康な人」というのは、「まったく疾患がない人」だけではなく、ちょっとした不調を持つ人も含めています。
たとえば、血圧や中性脂肪が通常より高いといったような、生活習慣病の危険因子をもっている人であっても、日常生活の中で歩行や家事を行っていて、体格(BMIと呼ばれる指標で、体重(kg)を身長(m)の二乗で割った値)が標準より著しく外れていない人は「健康な人」とみなします。
高齢者で、フレイルの状態(健常状態と要介護状態の中間的な状態)の人でも、自立した日常生活を送っている人は「健康な人」に含めます。
その一方、健康であっても、スポーツ選手など活動量が一般の人よりも極端に多い人の場合は、特殊な場合として、食事摂取基準をそのまま当てはめることはできません。
また、疾患の治療中の人は、その治療のために別の食事のガイドラインに沿った食生活を行う必要があります。
ただし、その場合でも、健康な人のために定められたこの食事摂取基準の考え方は基本として理解したうえで、治療ガイドラインなどの別のガイドラインを用いることになります。
こんなふうに、単に「健康な人」といってもどういう人を指すのか、その「定義」が本文中に詳しく書いてあるのです。
使われている用語がどんな読み手にとっても同じものを指すように、その「定義」を定めておくことは科学の基本ですから、これだけを見ても、食事摂取基準が科学に基づいて作成されている様子が伺えます。
そして、これら用語の「定義」を正しく理解しておくことは、内容を理解するうえでも大切になります。
●「食事」摂取基準なのに「栄養素」摂取基準
次に、食事摂取基準が何のために定められているのか、その目的を確認します。
それは、健康な日本人が、食事によってその健康を保ち、状況によっては改善し、生活習慣病などの病気にかからないようにするためです。
そのような食事がどのようなものかということを、食事やそれを構成している食品で具体的に示すことができれば、一般の人が日々の食事を考えるときにも参考にしやすいのでしょうが、残念ながら基準値は食品の量では示されていません。
「食事」摂取基準なのに、定められているのは摂取する食品に含まれる「栄養素」の量なのです。
というのは、体の中で健康に影響を与えるのは、食品ではなくて、そこに含まれるエネルギーや栄養素だからです。
たとえば、体に必要なカルシウムは、牛乳を飲んでも、小魚を食べても、摂取することができます。
そして、体はどの食品からカルシウムを摂取したかは問題にしません。
問題になるのは、どんな食品からでもよいので、食事全体から栄養素としてのカルシウムをどのくらいの量摂取したのか、ということです。
そのため食事摂取基準では、健康のために必要とされるエネルギーと33種類の「栄養素」の基準値が定められています。
一方で、私たちは食事をするとき、食品を摂取します。
食事摂取基準を満たす食事をしたいと思っても、一般の人にとって、ある食品にどの栄養素がどのくらい含まれているのかを把握することはとても難しいことですし、食事摂取基準を満たす食品の組み合わせというのは無数にあります。
そこで、栄養素で定められた食事摂取基準を満たす食べ方を、食品や料理に変換して(翻訳して)勧めることが、専門家の重要な仕事になってくるわけです。
●基準値は目的に応じて複数設定
さて、食事摂取基準が「健康を保ち、改善し、生活習慣病などの病気にかからないようにするため」に「栄養素」の量を定めていることはわかりましたが、ここでまたちょっとあいまいな事柄がでてきました。
この「健康」という状態がどういう状態か、ということです。
これも定義を確認しておきましょう。
食事摂取基準で目指している、食事を通した「健康」な状態とは、エネルギーや栄養素が、1) 摂取不足でないこと、そして2) 過剰でないこと、の2つの状態を言います。
それに加えて、生活習慣病の予防という3つ目の目的もあるため、食事摂取基準では主に、3つの目的に応じた、5つの基準値が設定されています(図1)。
1) 摂取不足の回避のために、①推定平均必要量、②推奨量、③目安量
2) 過剰摂取による健康障害の回避のために、④耐容上限量
3) 生活習慣病の発症予防のために、⑤目標量
33種類の栄養素それぞれに対して、これら5つの基準値の作成が検討されているのです。
ちなみに、食事摂取基準の中での「生活習慣病」とは、主に高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病の4つを指します。
そして、これらの疾患の「発症」予防ではなく、すでに疾患にかかっている人の「重症化」を予防する栄養素や、フレイル予防と栄養素の関連を説明する場合には、目標量の説明とは区別して、その量が説明してあります。
たとえば、脳血管疾患や虚血性心疾患は生活習慣病の重症化によって生じると考えられているため、重症化予防の観点で扱われており、目標量の設定では考慮されていません。
また、このように5つの基準値が設定されているのは、栄養素に関してです。
エネルギーは栄養素とは違う方法で、基準値が設定されています。
●それぞれの基準値の意味は?
さて、ここまでで、食事摂取基準が誰のために、何のために設定されているのか、つかめてきたと思います。
そこを理解するだけでも、「健康とは?」「健康な日本人とは?」といった、細かい定義の確認が必要でした。
そして最後にご紹介した基準値ですが、目的は大きく3つなのに、基準値は5種類もあり、そしてエネルギーの基準はこれとは別途取り決められている、とあります。
基準値というのに、複数あるようだし、なんだか複雑そうですよね。
それぞれの基準値がどのようなものか、その定義は次回以降に詳しく説明していきたいと思います。
参考文献:
1.厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.
※食情報や栄養疫学に関してHERS M&Sのページで発信しています。ぜひご覧ください。
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
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