食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
食事をはかる方法にはいろいろあり、食材ごとに秤や計量スプーンで秤量する食事記録法や、質問票を用いた方法を紹介してきました。
実際に食べた物をとても詳しく調べることができる食事調査法は、対象者の方にも調査員にも負担の大きな方法でした。
また、簡便に行える食事歴法質問票は、開発するまでに多くの苦労がありました。
異なる特徴を持つこれら食事調査法ですが、「自己申告」であるという点は一致していて、その場合には申告誤差、特に摂取量を少なめに見積もってしまう過小申告が起こりやすいことをお伝えしました。
一方、自己申告ではない食事調査法もあります。
例えば、尿や血液などを対象者の方から提供してもらって、化学分析をする方法です。
今回はそのうちのひとつ、24時間蓄尿という方法をご紹介しましょう。
●化学分析で摂取量を推定できる栄養素は限られている
まず24時間蓄尿の前に、化学分析を用いた調査法の全体的な特徴をお話しします。
この方法では尿や血液といった生体試料を分析して食べたものやその量を調べるため、申告誤差の影響を受けずに測定ができて便利です。
ところが、食べたものは体の中で消化され、含まれている栄養素は分解されたり、別の形に代謝されたりして、吸収されます。
そのため、食べた栄養素をそのまま測定することはできません。
そして、吸収されてもすぐに排出されるものもあれば、長く体の中に留まって蓄積していくものもあります。
体内に蓄積されてしまうような栄養素は、尿や血液を調べても検出することはできません。
そのため、生体試料から摂取量の推定できる栄養素というのは限られています。
このうち食塩は、体内では分解されず、ほぼすべて吸収されておよそ86%が尿中に排出されることが分かっており(文献1)、化学分析で摂取量を推定できる栄養素のひとつです。
1日分の尿を全部ためて、その中の食塩の量をはかり、それを0.86で割れば、1日に摂取した食塩の量が分かります。
このように1日間の尿をすべてためる方法を24時間蓄尿と言います。
●尿をどうやってためるの?
この24時間蓄尿がどのように行われるかというと、対象者の方へ尿をためるためのボトルやそこへ尿を移すためのコップなどをお渡しし、このボトルへすべての尿をためてもらいます(図1)。
たいていは朝起きて最初にトイレに行った時間を蓄尿開始時刻とし、それ以降から蓄尿開始時刻の24時間後、つまり翌日の同じ時刻にトイレに行ったときまでの尿をためていただくようにお願いします。
作業としては単純なのですが、日常生活を送りながらでは、負担の大きな作業です。
つい、忘れてしまうことだってあるでしょうし、外出する場合にはボトルを持ち歩いておかなければなりません。
1人の1日あたりの尿量を考えるとボトル2本くらいの量になりますが、研究のときは外出用に余分にボトルをお渡しするなどの工夫をすることもあります。
●食塩摂取量をはかるなら24時間蓄尿が最適
24時間蓄尿は対象者の方に負担のかかる調査法ではありますが、食塩の摂取量を知るためにはこの方法が最も適切だとされています。
というのも、食塩などの調味料は食べていても他の食材に比べて目に見えにくく、秤ではかるのも難しいことから、食事記録や質問票で正確に摂取量を推定することが難しいのです。
とはいえ、24時間蓄尿を行うのはやはり大変です。
それに、1回の24時間蓄尿でわかるのは、ある1日の食塩摂取量です。
ある1日の結果だけでは習慣的な摂取量が分からないことは「日間変動」の説明でお話ししました(連載第13回 昨日の食事は「いつもの」食事?食事に見られる日間変動 参照)。
そのため、習慣的な摂取量を正確に調べるためには、対象者1人に対して複数回の24時間蓄尿を行った方がよいということになります。
また、ある集団の食塩摂取量を調べたい場合には、たくさんの人を調べる必要があります。
けれども、対象者を増やしたり、実施回数を増やしたりすると、分析にかかるお金も増えてしまいます。
蓄尿で食塩摂取量を大規模に調べようと思ったら、様々な困難があることがわかります。
●日本の減塩は進んでいる?
ところで日本では、国が食事調査法を用いて国民の栄養摂取状況を毎年調べるという調査を1940年代から行っていて(文献2)、食塩摂取量は蓄尿ではなく、この食事調査の結果を用いて1975年から報告されてきました。
この調査の結果からは、1970年代にはおよそ14 gもあった食塩摂取量が次第に減少し、最近では10 gほどになったことが示されています(図2)。
現在の食塩摂取量の目標量は、男性で1日に8 g未満、女性で7 g未満のため(文献3)、まだ目標には到達していませんが、少しずつ近づいてきているように見えます。
けれども、食塩の摂取量を食事記録で正確にはかれないことはこれまでお話ししてきたとおりです。
この食事調査の結果は、実態を正しく表せているのでしょうか。
●真の食塩摂取量は?
最近発表されたいくつかの研究がその答えを示しているかもしれません。
ひとつは、24時間蓄尿を用いた全国調査の結果です。
この研究から、日本人成人では、男性で14 g、女性で12 gの食塩を1日に摂取していることが示されました(文献4)。
国の示している食事調査の結果よりも、実際の摂取量はずいぶん多い可能性があります。
もうひとつは、過去に日本で24時間蓄尿から食塩摂取量を推定した53の論文を調べ、その結果をまとめた研究です。
この研究では、それぞれの研究の24時間蓄尿の実施方法が、比較的信頼性が高いか、高いとは言えないかで二分して結論を導いているという特徴があります。
というのも24時間分の尿を取りこぼしなくためるのは先ほどお話ししたように意外と難しく、それができたかどうかは結果に影響を与えるので、丁寧に行われた研究では尿中に含まれる別の物質をはかることによってそれを確認し、信頼性の高いデータのみを用いているのです。
すると、比較的信頼性の高い方法で蓄尿を実施した研究では、1970年代からこれまでの間、食塩摂取量が減っていない可能性があることが示されました(図3、文献4)。
日本では、食事記録から調べた食塩摂取量の結果のみを見て、減塩は進んだと楽観的になってしまい、急務だったはずの減塩対策が大々的に行われることがありませんでした。
そのために損なわれた健康があったかもしれないと思うと、食事調査のそれぞれの特徴をよく理解し、それぞれの場面で最適な調査法を選択して「食事を正しくはかる」ということが、社会の健康のためにいかに大切か、考えさせられます。
参考文献:
1. Holbrook JT, Patterson KY, Bodner JE, Douglas LW, Veillon C, Kelsay JL, Mertz W, Smith JC Jr. Sodium and potassium intake and balance in adults consuming self-selected diets. Am J Clin Nutr 1984; 40: 786-793.
2. 厚生労働省. 国民健康・栄養調査.
3. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2015年版. 2014
4. Asakura K, Uechi K, Sasaki Y, Masayasu S, Sasaki S. Estimation of sodium and potassium intakes assessed by two 24 h urine collections in healthy Japanese adults: a nationwide study. Br J Nutr 2014; 112: 1195-1205.
5. Uechi K, Sugimoto M, Kobayashi S, Sasaki S. Urine 24-Hour Sodium Excretion Decreased between 1953 and 2014 in Japan, but Estimated Intake Still Exceeds the WHO Recommendation. J Nutr 2017; 147: 390-397.
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします