科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

家族と囲む食卓は最高の食育教室

児林 聡美

キーワード:

 食事を通じた健康づくりの大切さを広く社会に普及したいという思い持ちながら、紆余曲折を経て私が行きついたのが今の研究の仕事です。
 いわゆる「食育」もそれを目指した考え方であり、研究という仕事の中で食育に活用できるような結果を出すことは、私のひとつの目標でした。
 そしてこのコラムでご紹介した「3世代研究」のデータを使って、そのような研究を実施することができました。
 今回は、その研究結果(文献1)をご紹介します。

●家族の食事は似ている?

 家族の食事、特に親子の食事は似ているということは以前から言われていました(文献2)。
 特に子どもの食事は、父親よりも母親の食事との類似性のほうが強いようです(文献3)。
 これらのことから、同居している家族と食事との関連、中でも母との親子関係を中心に詳しく調べることは、若い世代の今後の健康を考えるためにも重要だと考えられます。

 そこで3世代研究のデータを使って、女子学生とその母が祖父母と同居することで、それぞれ食事に影響を受けるか検討しました。
 さらに、学生と祖母、母と祖母の間に食事の類似性があるか、祖母が父方祖母か母方祖母かによってその類似性に違いがあるかを検討しました。
 以下の「学生」「母」「祖父母」は、この3世代研究の対象者である女子学生、その学生からみた母、祖父母となります。

●祖父母と同居する学生は野菜・果物の摂取が多い

 学生と母で同居している家族を対象にして(独り暮らしは含めていません)、祖父母との同居に関して別居群と同居群に分けました。
 学生でこの二つの群の摂取量を比較したところ、祖父母と同居している学生は別居の学生に比べて野菜や果物の摂取量が多く、肉の摂取量が少ないことが分かりました(図1)。
 母でも同居群で肉の摂取量が少なくなっていました。

●孫と同居する祖母は肉が多く魚が少ない

 一方、祖母も独り暮らしを除いて家族と同居している人を対象にし、孫との同居に関して別居群と同居群に分けました。
 この二つの群の摂取量を比較したところ、孫と同居している祖母は別居の祖母に比べて、野菜、果物、魚介などの摂取量が少なく、肉の摂取量が多くなっていました(図1)。
スライド1 (1)
 これらの結果から、家族の居住形態が食事に影響を与えている可能性があります。

 もしかしたら、祖父母世代と住む孫やその母は、祖父母世代が好むような野菜や果物が多くて肉が少ない食事になりがちに、孫と住む祖母は、野菜や魚よりも孫が好むような肉料理が多くなるのかもしれません。

●血縁か居住か?

 次に学生と祖母、そして母と祖母の食事の類似性(相関関係)を、父方祖母と母方祖母の世帯に分けて調べました。
検討した食品の多くに、それぞれ相関関係が認められました。
 得られた各食品の相関係数の中央値を見てみると(図2)、学生と祖母の間では、祖母が父方であっても母方であっても、別居群より同居群で値が大きく、類似性が強いことが分かりました。
 そして、母と祖母の間では、母と父方祖母という血縁関係のない場合でも、別居に比べて同居で相関係数が高くなっていました。

スライド2 (1)
 このことから、血縁関係がなくても同居によって食事は似てくる可能性が考えられます。
 一方、母と母方祖母という親子関係がある場合では、別居群と同居群の相関係数に差はありませんでした。
 このことから、親から受け継いだ食習慣が、その後離れて暮らすようになったとしても残る可能性が考えられます。

●当たり前と思われることかもしれないけれど

 もちろん、たったひとつのこの研究だけで結論を出すことはできません。
 しかし、祖父母世代と同居している学生は、別居している学生に比べると野菜や果物の摂取量が多く、健康面から好ましいと考えられる食習慣を持っている可能性が示されました。
 一方で孫と同居している祖母は逆で、別居している祖母と比べて野菜や果物が少なく肉が多い食事を摂っているため、同居がすべての世代に同じように好ましい影響を与えるとは言えないかもしれません。
 けれども、祖父母世代が若年世代の食事を受け入れすぎないように気を付けながら、若年世代に自分たちの食習慣を伝えていくことは、日々の生活の中で行うことのできる、効果的な食育の方法なのかもしれません。

 また家族の食事は、血縁関係がなくても同居することによって類似性が生まれ、親から受け継いだ食事の影響はその後長期に渡って続く可能性が示されました。
 もし家庭で子どものころから健康的な食習慣を身につけることができれば、そのときの健康だけではなく、その後の健康にも良い影響を与えるのかもしれません。

 もしかしたらこの研究で示されたことは、多くの人が常々感じていたことかもしれません。
 目新しさは感じないかもしれませんが、実はこのように学生と祖母という離れた世代や、父方と母方の祖母の世帯に見られる食事の違いなどの研究がなされたのは初めてですし、それらの点に新規性が認められて国際的な雑誌に論文が掲載されました。
 食育活動を実施したりそれに関わる情報を発信したりする場合の効果は、このような論文で知ることができます。
 効果の出る食育を実施するためには、経験や感覚だけではなく、あらかじめ根拠となる栄養疫学研究が必要なのだということを、多くの方に知っていただきたいと思います。
 もし、その活動を公的な資金で実施するのであれば、なおさらですね。

●食卓は最高の食育の場なのかも

 食育と称して、学校や地域で様々なイベントや活動が実施されるようになりました。
 そのような活動を通しての経験は、とても大切な教育のひとつになるでしょう。
 しかし一方で、家庭での食事というのは、一食ごとすべてにイベント性やインパクトはないでしょうけれど、毎日のことですし、人生の中で知らず知らずのうちに強く影響を与える、立派な食育活動となっているのかもしれません。
 もしそうであれば、家庭の食事ってとても大切ですね。

 私自身、子どものころの家庭の食事といったら食べる専門で、恥ずかしながらあまり料理を手伝った記憶がありません。
 毎日黙々と料理を作ってくれていた母の背中に今になって感謝しつつ、今後自分が家族の健康のためにできることはそれと同じことなのかな、と思う日々です。

参考文献:
1. Kobayashi S, Asakura K, Suga H, Sasaki S. Cohabitational effect of grandparents on dietary intake among young Japanese women and their mothers living together. A multicenter cross-sectional study. Appetite 2015; 91: 287-297.
2. Wang Y, Beydoun MA, Li J, Liu Y, Moreno LA. Do children and their parents eat a similar diet? Resemblance in child and parental dietary intake: systematic review and meta-analysis. J Epidemiol Community Health 2011; 65: 177-189.
3. Shrivastava A, Murrin C, Sweeney MR, Heavey P, Kelleher CC. Familial intergenerational and maternal aggregation patterns in nutrient intakes in the Lifeways Cross-Generation Cohort Study. Public Health Nutr 2013; 16: 1476-1486.

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします