食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
前回、「食べるをはかる」がとても大切であり、食事改善を行うときなどにはまず始めに実施してほしいことだとご紹介しました。
専門的には、「食べるをはかる」ことを食事調査、その方法のことを食事調査法といいます。
食事調査法には色々な種類があり、それぞれに用いられるツールも開発されています。
そこで今回は、厚生労働省の定める「日本人の食事摂取基準2015」(文献1)で取り上げられている主な食事調査法それぞれの特徴、相違点、類似点などを見ていきたいと思います。
実はこれら食事調査法のうちどの方法を使ったとしても、多くの場合、結果にずれが生じてしまうのです。
そのずれにも面白い特徴があることが、研究結果から見えてきます。
その特徴も詳しくお教えしましょう!
図1に、今回紹介する食事調査法を特徴によって大きく3つにわけて示しました。
順にご説明します。
●実際に食べたものを具体的に記録する方法
この方法には、食事記録法や思い出し法があります。
食事記録法とは、対象者に記録用紙を渡して、ある期間に食べたものすべてを細かく記録してもらう方法です。
多くの場合、記録用紙と一緒に秤も渡し、食べたものの重さを材料ごとに量ってもらい、記録してもらいます。
もしお味噌汁を食べたとすると、お椀に入っている出来上がり全体の重さだけではなく、その中に入っている豆腐やねぎもそれぞれ何グラムか、使った味噌はスプーンで何杯か、出汁は何グラムか、などの情報が必要で、多くの場合は調理しながら秤量をお願いすることになります。
市販品や外食などは材料ごとに秤量するのは難しいですから、盛り付け後の重量と使われている材料を分かる範囲で記載するようにします。
一方、思い出し法は、ある期間に実際に食べたものを調査員が聞き取る方法です。
聞き取りの内容は食事記録法と同じように細かく、それぞれの料理にどのような材料が使われていたか、大きさや量はどのくらいだったのか、などを細かく聞き取ります。
調査員の熟練した技術が必要です。
多くの場合、食べたものはすぐに忘れてしまいますから、前日の食事や、調査前の24時間分の食事を聞き取ります。
これらの調査法の長所は、実際に食べたものの情報が得られることです。
一方で、材料や重さなどのとても細かい情報を収集するので、長期間の調査ができません。
せいぜい数日間です。
また、食事記録の場合は対象者ご本人に、思い出し法の場合は調査員にかなりの負担がかかる方法となります。
数日間の、正確な、実際の食事を調べたいときに使われる方法です。
●質問票により長期の食習慣を回答する方法
食事記録法や思い出し法の長期の食習慣が分からないという短所を克服する方法として、質問票を用いた調査法があります。
食物摂取頻度法は、色々な食品の一定期間の摂取頻度を回答する方法です。
例えば、過去1か月に「たまご(1個)」を摂取しただいたいの頻度を「毎日1回」「週2~3回」「週1回」「食べなかった」などの選択肢から選びます(図2)。
食事歴法は、食品の摂取頻度のみではなく、食行動や調理・調味に関する質問も同時に行い、それらの回答を総合的に使って食事の摂取状況を評価する方法です。
これらの調査法の長所は、比較的簡便に長期間の食事状況を調査することができ、対象者や調査員の負担や必要な予算が少ないことです。
一方、回答は対象者の記憶に頼っていること、質問票に記載されている食品のことしか分からないこと、回答の選択肢に幅があることなどから、得られた摂取量は食事記録法などに比べるとあいまいなものとなります。
1か月程度以上の長期間の食習慣を調べたいときに使われる方法です。
●化学分析を活用する方法
自分で記録したり回答したりするよりも、客観的で正確な分析値が必要な場合もあります。
陰膳法は、食べるために準備された料理をそのまま提出してもらい、化学分析をする方法です。
実際には、食べる予定のものと内容も量も全く同じものを2つ作ってもらい、1つを食べてもらい、残りの1つを分析に用います。
食事量やそこに含まれる栄養素を非常に正確に調べることができますが、自分が食べる分しか作れないような場合は調査できず、活用の場面は限られます。
たとえば食品中の汚染物質を調べる場合などに使われます。
生体指標は、血液や尿などの生体から得られる試料中に存在する、栄養素や食品の摂取量の指標となる物質のことをいいます。
栄養素そのものや、その代謝物を測定することで、注目している栄養素や食品の摂取状況を調べることができます。
ただし、測定できる栄養素は限られますし、栄養素が吸収や代謝を通して変化したりすると、食べた量そのものを測定することはできません。
これらの方法には対象者の記憶には依存しない分析値を得られるという長所があります。
けれども、分析には高額な費用がかかりますし、試料を集めるときには対象者にも負担がかかります。
長期間の調査は不可能です。
●正確に伝えているつもりでも…
以上のような食事調査法の特徴を考えると、食事指導などで日常的に食べているものを調べようと思った場合、化学分析を活用する方法は難しく、現実的には食事記録法や質問票を用いた対象者の自己申告による食事調査が行われています。
ところで、これらの調査法で得られたエネルギー摂取量がどのくらい正確なのか、これまでに多くの研究が行われてきました。
それらの結果をまとめたものが図3(文献1)です。
白い丸印(○)は食事記録法、四角印(□)は食物摂取頻度法、というように、様々な食事調査法の結果があることがわかりますね。
それぞれの研究で、これらの食事調査法を使ってエネルギー摂取量が推定されています。
一方、詳しい説明は難しいので省略しますが、同じ対象者の総エネルギー消費量を分析によって正確に測定することもしています。
もしも対象者がエネルギー摂取量を食事調査で正確に申告できていたとしたら、どの研究でも、縦軸で示したエネルギー摂取量/総エネルギー消費量は100%となるはずです。
つまり、赤い線上にすべての印が示されるはずです。
けれども、多くの印は赤い線の下に示されていますね。
つまり、対象者が申告したエネルギー量は、実際の値よりも少なくなることのほうが多い、ということが分かります。
●食べなかったことにしたい?
この図からは、2つの面白いことが見えてきます。
ひとつは横軸に注目して下さい。BMIとなっています。
これは肥満の度合いを示すもので、数値が大きいほど肥満の度合いが大きくなります。
図から、BMIが大きくなるにつれて縦軸の値が小さくなっていて、全体的に右下がりの青い線のような傾向が見えてきます。
つまり、肥満度が大きくなるにつれて、対象者の申告したエネルギーは実際に食べたエネルギーよりもどんどん少なくなっていることを示しています。
肥満の人ほど、食べたはずのものを食べなかったことにしたいと思うようです。
もうひとつは、100%のところに示した赤い線の近くにどんな印があるかを見てください。
左から右へ進んでも、黒い丸印(●)は常に100%の赤い線の近くに示されていますよね。
この印が示している調査法を見てみると「第三者が観察」とあります。
これらの研究だけは、対象者の自己申告ではなく、他人が記録をつけて調査しているのです。
つまり、自分で申告すると少なめになるのに、人は他人の食べているものを記録する場合にはとっても厳しいようです。
●食事調査結果の解釈の鍵は過小申告
食事調査を実施して得られた摂取量には、かならず誤差が含まれます。
そして、多くの場合は実際よりも少なめに申告されています。
その値をそのまま扱うのは、危険なことでもあるのです。
食事調査の結果として数値だけが独り歩きしているときには、常にこの点に気を付けたいなと私自身は思っています。
肥満の方に対する食事のとり方のアドバイスとして「食事を控えめに」と言われることもあるでしょう。
けれども肥満を解消しようと思ったら、自分で食事を控えることよりも、間食を注意してくれる家族や友達を大切にしたほうがよいのかもしれません。
参考文献:
1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2015年版. 2014
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします