食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
私たちの研究チームはこのほど、高齢化の進む日本社会の健康づくりに向けて、役立つ研究結果を示すことができました。
日本人の高齢者では、たんぱく質をしっかり食べている人ほどフレイルティ(Frailty;虚弱)になりにくいという結果(文献1)です。
今回は私自身が行ったこの研究結果を紹介しながら、その解釈の仕方を冷静に考えてみましょう。
たんぱく質をしっかり食べるだけで、本当にフレイルティは防げるのでしょうか。
フレイルティとは、高齢者に見られる、日常生活を送る上での運動機能の低下や、様々な健康障害が生じやすくなった状態のことを指す、医学の専門用語です。
定義は複雑で様々ありますが、(1)体重が自然に減ってしまう、(2)すぐに疲れてしまう、(3)運動量が少ない、(4)歩く速さがゆっくりになる、(5)握力が弱くなる、などの項目で判定します(文献2)。
そしてフレイルティの人たちは、その後に入院したり、死亡したりする割合が高くなります(文献2)。
健康に長生きするためには、まずはフレイルティの状態になるのを避けたいものです。
このような運動機能の低下を避けて自立した生活を送るためには、一定量の筋肉が必要です。
筋肉は体の中で合成と分解がつねに行なわれています。
そして体の中の筋肉量を保つために、毎日の食事の中で、その材料となるたんぱく質が不足しないように摂取する必要があります。
厚生労働省の基準によると、18歳以上の日本人の場合、1日あたり男性で60g、女性で50gが、継続して摂取していれば不足しないと量だと考えられています(文献3)。
この量は高齢者でも若い人でも変わりません。
高齢者は若い人に比べて筋肉の分解が起こりやすいため、生活に必要なエネルギーが少なくなっても、たんぱく質は若い人と同じくらい食べたほうがよいとされています。
これまでに、たんぱく質を多めに摂取している人はフレイルティのリスクが低いことはわかっていました(文献4、5)。
しかし、どのような種類のたんぱく質がよいのか、詳しいことはわかっていませんでした。
そこで私たちの研究チームでは、高齢女性を対象に、たんぱく質やそれを構成しているアミノ酸摂取量とフレイルティの関連を検討しました。
この研究は「女性3世代研究」と呼ばれる調査データを使用しています。
私たちが2011年と2012年の春に実施した、全国35都道府県の栄養士・管理栄養士養成校85校の新入生と、その母親、祖母それぞれ7000人ずつ、合計2万1千人を対象に実施した、大規模な栄養疫学調査のことです。
この調査の詳細は、次回ご紹介したいと思っています。
研究では、この祖母世代の参加者である65~94歳の女性2108人のデータを用いて、たんぱく質摂取の状況とフレイルティのリスクを調べてみました(図1)。
図1の横軸は右にいくほど、たんぱく質の摂取量が多い人たちであることを示しています。
縦軸は、フレイルティのリスクを表わしています。
たんぱく質の摂取量が最も少ない人たちを基準にして比べると、多い人たちのほうがフレイルティのリスクが低いことが示されました。
特にたんぱく質の摂取がおよそ70 g/日以上の場合にフレイルティのリスクが少ないことが示されました。
研究の中では、動物性たんぱく質と植物性たんぱく質の効果に大きな違いがなかったことも示しています。
この結果から、フレイルティを予防する一つの方法として、種類にかかわらずたんぱく質を充分に摂取することが挙げられます。
また今回の研究では、およそ70 g/日以上のたんぱく質を摂取している人でフレイルティのリスクが小さくなりました。
この年代の日本人女性にとって推奨されている量は50 g/日ですが、もしかしたらフレイルティを予防するために必要なたんぱく質の量は、現在推奨されている量よりも少し多いのかもしれません。
しかし、フレイルティ予防に必要なたんぱく質量をたったひとつの研究から決めることはできません。
それはなぜか?ということを、この研究を別の角度から見ながら考えてみましょう。
この研究では、たんぱく質と同時に各種アミノ酸摂取量とフレイルティのリスクの関連も調べています。
アミノ酸はたんぱく質を構成する物質でたくさんの種類があり、例えばロイシンは、筋肉合成に関与しているそうです(文献6)。
ロイシンの摂取量とフレイルティの関連を検討した結果は図2のとおりです。
図1と図2のグラフの形はほとんど同じで、ロイシンもたんぱく質と同様に摂取量が多いほどフレイルティのリスクが低いことが示されました。
でもたんぱく質全体の結果も併せて見てみると、ロイシンが特別強くフレイルティのリスクを下げるわけではなさそうです。
さらにその他のアミノ酸もたんぱく質と類似の結果を示し、特別に強く影響が認められたアミノ酸はありませんでした。
ロイシンはたんぱく質を構成している物質なので、たんぱく質の摂取量が多い人は必然的にロイシンも、ほかのアミノ酸の摂取も多くなります。
このことから研究結果全体をとおして考察すると、ロイシンだけではなく、たんぱく質全体の摂取を増やすことが重要なように考えられます。
でも、たんぱく質全体とその中に含まれるロイシンのどちらが重要なのかは、この研究からはまだ断定できません。
そして、たんぱく質が重要だ、と言い切れないということは、その量もまだ決められないということです。
それに、たんぱく質をたくさん食べている人は、フレイルティのリスクを抑える他の栄養素もたくさん食べていて、他の栄養素の効果なのにたんぱく質の効果のように見えているだけかもしれません。
このことは、他の栄養素の研究がたくさん行われることで、得られた結果を組み合わせたり、解析方法を工夫したりして、より正しく解釈できるようになります。
実は私たちのチームでは、たんぱく質以外にも野菜や果物などの食品や、β-カロテンやビタミンCなどの栄養素もフレイルティのリスク抑制に関連があることを示しています(文献7)。
他のチームの研究でも、いくつかのビタミンやミネラル(文献4)などのたんぱく質以外の栄養素や、野菜や魚を豊富に含む地中海式食(文献8)も、フレイルティのリスクを下げるようだということが分かってきました。
今後はこれらの結果も組み合わせながらたんぱく質の結果を解釈したり、新たな研究を実施したりしたいと考えているところです。
そういう意味で、色々な角度から類似の研究がたくさんなされることが大切です。
この研究だけでフレイルティ予防に必要なたんぱく質量まで決められないのはこのような理由からです。
ところで、ちょっとだけずるい見方でこの研究結果を見てみるとしましょう。
もし研究全体のことを知らないで、図2の結果だけを見たとしたら、みなさんはどう思いますか?
さらに私が「アミノ酸の一種であるロイシンをたくさん摂取している人ほど、フレイルティのリスクが低いことが分かりました!」というコメントと共に図2を紹介したらどうでしょうか?
ロイシンだけ摂取していればフレイルティは防げる、と誤解してしまいそうですよね。
でも、この研究全体のことを知っていれば、その解釈は間違っていることに気づけるはずです。
研究結果の一部を切り取って解釈することがいかに危険か、お分かりいただけるでしょうか。
そして、日常に氾濫している食事の情報が、ほとんどこのような「研究の一部を切り取り、それを専門家らしき人が説明した情報」ではないでしょうか。
食事と健康の情報は、たくさんの人が興味を持つとても身近な話題ですが、専門性がとても高いものです。
そしてその情報を一般の人が検証するのは至難の技です。
そのような中で専門家が効果を誇張して発信すれば、それを信じるしかありません。
自分自身も襟を正す思いです。
また、ひとつの研究結果の一部だけを見ることも危険ですが、たとえその研究全体を見ていたとしても、たったひとつの研究だけを見ることもまた危険です。
フレイルティと関連のある栄養素や食品がほかにもあるのは、先ほどご説明したとおりです。
まだ十分な数ではありませんが、これらの結果も併せて考察すると、たんぱく質だけが強くフレイルティのリスクを下げるものでもなさそうです。
さしあたりは「たんぱく質は少し多めに食べるとよさそうだ」という結論が見えてきた、といったところでしょうか。
ところで、3世代研究の対象者の人たちは、たんぱく質を主に魚から摂っていました(文献1)。
魚といえば、私の故郷の山口県はおいしい魚がとれる地域です。
とはいえ、魚だけで健康になれるというような、おいしい話はなさそうです。
参考文献:
1. Kobayashi S, et al. High protein intake is associated with low prevalence of frailty among old Japanese women: a multicenter cross-sectional study. Nutr J 2013; 12: 164.
2. Fried LP, et al. Frailty in older adults: evidence for a phenotype. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2001; 56: M146-56.
3. 厚生労働省.「日本人の食事摂取基準(2015年版)」策定検討会報告書.2014
4. Bartali B, et al. Low nutrient intake is an essential component of frailty in older persons. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2006; 61: 589-93.
5. Beasley JM, et al. Protein intake and incident frailty in the Women’s Health Initiative Observational Study. J Am Geriatr Soc 2010; 58: 1063-71.
6. Fukagawa NK. Protein and amino acid supplementation in older humans. Amino Acids 2013; 44: 1493-1509.
7. Kobayashi S, et al. Inverse association between dietary habits with high total antioxidant capacity and prevalence of frailty among elderly Japanese women: a multicenter cross-sectional study. J Nutr Health Aging 2014; 18: 827-839.
8. Talegawkar SA, et al. A higher adherence to a mediterranean-style diet is inversely associated with the development of frailty in community-dwelling elderly men and women. J Nutr 2012; 142: 2161-2166.
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
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