野良猫通信
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
Trump政権が100日を迎えた2025年4月29日、ホワイトハウスからは100日の成果を宣伝するたくさんの発表がありました。この100日記念の宣伝はHHSからもMAHAの勝利の100日としてプレスリリースされていました。
HHS Celebrates 100 Days of Big Wins to Make America Healthy Again | HHS.gov
こういう勝利宣言がTrump政権の方針のようで、FDAからは7月10日にMarty Makary長官の100日の「成果」を宣伝する発表がありました。
A Statement from FDA Commissioner Marty Makary, M.D., M.P.H: 100 Days of Embracing Gold-Standard Science, Transparency and Common Sense | FDA
食品分野では「~を始めた」「~について取り組んでいる」「これからやる」といったまだ結果とはいえないものがほとんどで、「3つの天然色素を認可した」ことだけが規制上の変更です。
(MAHA報告書についてはこれまで、FOOCOM.netで「MAHA(MAKE AMERICA HEALTHY AGAIN)とは何か」、「陰謀論のカタログとしてのMAHA報告書」、「MAHA報告書その後(1)」を紹介してきました)。
そして7月16日にホワイトハウスの公式XアカウントでKennedy長官名で「MAHAの勝利」というMAHAの成果リストが投稿されました。
The White House (@WhiteHouse) / X
Secretary Kennedy and HHS.gov Jul 16, 2025
一見たくさんあるように見えますが、ほとんどが合成色素を今後一部の食品に使わない方針を示した企業です。対象とする食品も時期もばらばらですが、とにかく政府の意向に従った方針を示した企業や団体名を並べたようです。一番最初のステーキチェーンだけが、料理に使用する油脂を100%牛脂にして植物油を排除してKennedy長官に賞賛されたところです。(https://www.steaknshake.com/)
最後のInternational Dairy Foods Association (IDFA)によるアイスクリームから合成色素を自主的に排除することについては別途プレスリリースも出しています。
HHS Applauds Dairy Industry’s Voluntary Commitment to Remove Artificial Food Dyes from Ice Cream by 2028 | HHS.gov
JULY 14, 2025
アメリカは7月の第三日曜日がアイスクリームの日(2025年は7月20日)なのでそれに合わせてHHS長官、USDA長官、FDA長官がアイスクリームを食べるパフォーマンスをしている様子がメディアで報道されています。アイスクリームの着色料を合成から天然に変更することで「化学物質ではなく本物の食品real food, not chemicals」になるというKennedy長官の非科学的思想がHHSから公式に発表されています。(いうまでもなく、本物の食品も化学物質です)
これまでのところ、食品関連のMAHAの話題は食用色素に集中しているように見えます
これがアメリカ人の健康を向上させるか?についてはほとんどの人が否定的でしょう。不飽和脂肪酸の多い植物油を飽和脂肪酸の多い牛脂に変更することは、ほとんどのアメリカ人にとっては逆に健康状態を悪化させるだろうと予想されます。
「アイスクリームから合成色素を排除したから安全になったので安心して食べよう」、などというメッセージも全く健康改善にはつながらないでしょう。
アメリカ人は年に一人当たり約4ガロン(15Lほど)のアイスクリームを食べるそうで大体日本人の倍くらいです。
世界各国の1人当り年間消費量|データで見るアイスクリーム|アイスの国へようこそ|日本アイスクリーム協会
そしてFDAの(Trump政権以前の)情報によると1993年にはアイスクリームのサービングサイズ(一食分)は1/2カップ(120 ml)だったが現在は2/3カップ(160ml)になっている(注:アメリカの1カップは約240ml)とのことで、
Changes to the Nutrition Facts Label | FDA
問題は色素ではないことは明らかです。(なお手元のハーゲンダッツアイスクリームのカップは110mlでした。)
でもMAHA運動は色素だけに注目させることでこれまでの政権では何の成果もあげられなかった問題が解決にむかっている、という幻想を振りまいています。
7月22日からは全米の各種プラットホームでMAHAの成果を宣伝する広告キャンペーンを行っています。これまでの科学(特に栄養学)を否定し、RFK Jr.やDr. Ozなどを英雄として讃える内容です。
また、Trump大統領が7月17日にソーシャルメディアに、コカ・コーラが甘味料をサトウキビ由来の本物の砂糖にすることで合意したと発表した、というニュースが日本でもかなり大きく報道されました。高果糖コーンシロップ(HFCS)をサトウキビ由来のショ糖に変更することで健康的になるという説と、昔の時代のものが良いのだという懐古主義の二つの理由が推測されました。ただし大統領や周辺からの詳しい説明はありません。これについては7月22日のコカ・コーラ社の発表によると、「2025年秋に米国で米国産サトウキビ糖を使用した製品を発売」して製品ラインナップを拡大するという話で、他の製品はこれまで通り販売されるので「HFCSを置き換える」わけではないようです。
Coca-Cola Reports Second Quarter 2025 Results and Updates Full Year Guidance :: The Coca-Cola Company (KO)
July 22, 2025
HFCSとショ糖はブドウ糖と果糖の割合が少々違うだけで栄養的にはほぼ同じです。味については違いがあるのかもしれませんが、市場がそれを好むかどうかは販売後にわかることでしょう。ただTrump大統領はこれまで報道されている通りにダイエットコークを飲んだ方が健康のためにはいいのではないかと思います。
こうした派手なプレスリリースやメディア報道の影で、政府機関の職員削減や予算削減という、現実にアメリカ人の健康に悪影響を与えるだろう制度改革はどんどん進んでいます。直近の重要な出来事としては「大きく美しい法案」によって医療保険や食糧援助が大幅に削減されることになっています。
The One Big Beautiful Bill – The White House
食品ではないのであまり詳しくは書きませんが、ワクチンや医薬品など医療分野でも公衆衛生の後退が明らかになってきています。
特に問題なのは各組織のコミュニケーションや広報部門が廃止され、職員に緘口令を敷き、政権の方針に異議を唱える職員は辞めさせるようなことすらしているため(‘An Act of Retaliation’: EPA Suspends 140+ Employees for Signing ‘Declaration of Dissent’ | Common Dreams)、情報が提供されないことです。食品や医薬品について、消費者に適切な情報提供やわかりやすい説明がないまま選択の「自由」だけが強調されています。そしてコカ・コーラのキビ糖の事例のように、断片的な情報で「勝利宣言」をするというプロパガンダのため、国民の健康や安全は、それと認識されないまま脆弱になりつつあります。
アメリカのMAHAムーブメントの動向には引き続き注視していきます。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
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