科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

コメのヒ素のリスクについて(前編) 米国におけるヒ素検出報道を検証する

畝山 智香子

米国のニュースチャンネルであるCNNがコメのヒ素とカドミウムに関する調査報告を報道し、日本語版でも取りあげられています。
危険水準のヒ素とカドミウム、市販の米から検出との報告 米健康団体 – CNN.co.jp
2025.05.17

この記事は重要な数字が記載されないまま「危険な水準」「~倍」「~%」といった表現が多用されているのでリスクコミュニケーションとしては落第です。適切なリスクの説明をしたいわけではなく、読者をぎょっとさせてクリックさせたいのでしょう。

まずこの記事について検討します。
もとになる報告書は以下で、これは英語版の記事中にはリンクがあるのに日本語版にはありません。いつものことですがどうして日本の報道は情報源にリンクしないのでしょうか?
Report: What’s in Your Family’s Rice? | Healthy Babies Bright Futures

●背景情報

Healthy Babies Bright Futures(HBBF)はベビーフードの汚染物質に特化して活動している団体のようで、そのミッションはFDAのCloser to Zero(よりゼロに近づける)と密接に関連しています。
Closer to Zero: Reducing Childhood Exposure to Contaminants from Foods | FDA

FDAがコメのヒ素についてリスク評価を行って消費者、特に赤ちゃんの保護者に警告したのが2015年、ちょうどその年にHBBFが設立されているようです。その後ベビーフードの重金属汚染物質に関する関心の高まりから、2021年2月には議会に報告書
Baby Foods Are Tainted with Dangerous Levels of Arsenic, Lead, Cadmium, and Mercury
2021-02-04 ECP Baby Food Staff Report.pdf
が提出され、同じく2021年のFDAのCloser to Zero行動計画の発表となります。

2014年にFDAがコメとコメ製品のヒ素についてリスク評価を行っていて(2016年改訂)
Arsenic in Rice and Rice Products Risk Assessment Report
https://www.fda.gov/media/96071/download
アメリカ人のコメとコメ製品からの無機ヒ素による肺がんと膀胱がんの生涯リスクを、膀胱がんについては100万人当たり10、肺がんについては100万人当たり29、合計で100万人当たり39と推定しています。なお膀胱がんと肺がんの生涯リスクは100万人当たり9万なので割合は小さいと追記しています。
参考までに、化学物質の発がん性については100万人あたり1人~10万人あたり1人を安全性の目安とすることが多いです。

これはアメリカ人のコメの摂取量から計算されているので、もしこれが平均一日一食コメを食べる、に増加すると生涯がんリスクはコメの種類によって74から184に増加と評価されています。玄米のほうがリスクが高くなります。

年齢別のがん感受性を考慮したモデルを使っているので、乳幼児期の無機ヒ素の摂取量を下げることで有意にがんリスクを減らせる、とも評価しています。つまり6才まで一切コメやコメ製品を食べさせなければ生涯がんリスクが6%減ると推定しています。
がん以外のリスクについては、定量評価は行われていません。

その後、EFSAが2024年Inorganic arsenic in food – health concerns confirmed | EFSAに、EPAが2025年IRIS Toxicological Review of Inorganic Arsenic (Final Report, 2025) | IRIS | US EPAにそれぞれ無機ヒ素の発がんリスクをより大きく見積もるようにリスク評価を改定しています。FDAの新しい評価は未公表のまま食品中の化学物質リスク評価グループが新政権によってほぼ解散させられているのでとりあえずこの2016年の評価を最新とみなします。

●HBBF報告書の内容

さて、問題の2025年5月のHBBFの報告書の内容ですが、コメの総ヒ素、カドミウム、鉛、水銀、無機ヒ素を測定しています。

個別の製品の無機ヒ素の検出値は多くても100ppb(0.1 ppm)前後であり、これは精米の無機ヒ素のCodex基準 0.2 ppmに比較すると特に高濃度というわけではなく、これまでの各種報告とも特に齟齬はありません。EU等ベビーフードについては0.1 ppmという厳しめの基準を採用している場合、ごく一部はベビーフード用には使えないかもしれませんが、別にベビーフード用として販売されていたものではなく一般用に販売されていたコメを購入して調べているのでほぼすべて基準値未満のようです。

また、カドミウムも多くは10 ppb(0.01 ppm)未満で、水銀と鉛は多くが検出限界以下です。このデータからは日本で販売されているコメのヒ素とカドミウム濃度のほうが高いものが多いだろうと思います。

そして問題なのはそのデータの提示のしかたです。本文のグラフや表で表示しているのが無機ヒ素とカドミウムと鉛と水銀を合計した「重金属量heavy metals」です。ヒ素とカドミウムと鉛と水銀はその性質や影響、毒性の指標となる量も違うので検出されたppbの数字を合計することに意味があるとは思えません。まして水銀や鉛はほとんど検出されていないし、検出されてもごくわずかなのでヒ素とカドミウムだけでも結果はほぼ同じです。

ではどうして鉛と水銀を加えて「重金属」としたのか?おそらくその理由はCNNの記事にある「低い水準でさえ、ヒ素もカドミウムも深刻な健康被害と関連している。糖尿病や発達の遅れ、生殖毒性、心臓病などだ」「幼い子どもの重金属汚染には特に懸念がある。発達初期の暴露は知能指数(IQ)の低下や広範囲にわたる認知及び行動障害と関係するからだ」という文章です。

低濃度の無機ヒ素のリスクは主にがん、カドミウムは腎機能障害です。「知能指数の低下や広範囲にわたる認知及び行動障害」は鉛と水銀の有害影響です。「重金属」とまとめてしまうことで、たった一種類しか検出されなかった場合であってもこれら重金属の悪影響の全てが心配であるかのように誤解させることを狙った広報だと思います。

●では、コメのヒ素のリスクは?

コメには他の穀物よりも無機ヒ素が多く含まれていること、無機ヒ素はヒトのがんの原因となること、そしてコメの無機ヒ素は食品中化学物質の中ではリスクが高いほうで、優先的に管理すべきものであること、は事実です。日本人にとっては特に重要で、そのため農林水産省が「コメ中のカドミウム及びヒ素低減のための実施指針」(令和6年6月策定)を公表したりしているわけです。落ち着いて着実にリスクを下げる対策をとるべきです。そのためには扇動的なだけの報道は邪魔でしかありません。

なお、日本人の無機ヒ素の摂取源としてはコメが約60%、次いでヒジキが約28%と報告されています(Oguri T, Yoshinaga J, Tao H, Nakazato T. Inorganic arsenic in the Japanese diet: daily intake and source. Arch Environ Contam Toxicol. 2014;66(1):100-12)。

ヒジキの無機ヒ素含量が極端に多いためにそうなるのですが、上述のCNNの記事中の「コメはそれのみで17%を占め、単一の食材として米国人の食生活の中でヒ素の最大の摂取源となっている」と並べてみるとどうでしょうか。

後編に続く)

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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