科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

MAHA報告書その後(1)

畝山 智香子

前回、2025年5月22日に米国ホワイトハウスが発表したMAHA委員会報告書について、私の個人的感想を中心に紹介しました。
陰謀論のカタログとしてのMAHA報告書 – FOOCOM.NET

この原稿ではその直後のいくつかの反応についてお知らせします。

●報告書への批判

最も注目されたこのMAHA報告書への批判はNOTUSというニュースサイトからの、MAHA報告書の引用文献には、存在しない研究があるという指摘でした。
The MAHA Report Cites Studies That Don’t Exist
May 29, 2025
(NOTUSの記事を読むには登録が必要)

少なくとも7つはニセ論文で、他にもリンクや解釈の間違いなどが多数あることを記者が明らかにし、そのニュースが他の大手報道機関でも伝えられました。青少年のメンタルヘルスの問題について研究していてその存在しない論文の著者として名前をあげられたコロンビア大学の疫学研究者Katherine Keyes博士が取材されています。

この手の「存在しない論文」は、生成AIを使うとよく見られるもので、おそらくMAHA報告書の作成者は予め決めてある結論に沿った文献をつけるようにAIに指示したのだろうと思われます。

存在しない論文を根拠として政策を提言する、などということはあってはならないことなので当然ホワイトハウスに記者たちが質問をします。ところが報道官は単なる編集上のミスだと主張して、指摘された嘘論文を含む18文献を削除・修正した更新版に置き換えました。それにもまた別の間違いがあるとNOTUSが指摘しています。

The MAHA Report Has Been Updated With Fresh Errors
May 30, 2025

結局都合のいい文献がなかったので、今度は論文の結論の解釈をねじ曲げて引用したようです。結論は最初から決まっているので、論文が存在しなくても(科学的根拠がなくても)変わらないのです。これこそがMAHAの本質です。

なおMAHA 報告書の発表に合わせて、RFK Jr. 氏の団体であるMAHA Actionがプロモーションのために作ったあからさまな陰謀論のドキュメンタリー「有毒な国Toxic Nation」 Watch MAHA Films: Toxic Nation が5月末に発表されています。こちらはMAHA報告書より直接的感情的にMAHAの主張を表現したもので、私たちの生活を支える食品や医薬品を提供している企業が全て悪で、政府機関はそれを知っていて国民を病気にさせているという物語です。これを見てMAHAの主張を支持する人が多い、というのは私には正直信じがたいです。

MAHA報告書については北米の科学者を中心に無数の批判が出ています。
いくつかにリンクしておきます。

Real root cause medicine is based on science, not wellness disinformation.
 Dr. Andrea Love May 23, 2025

The MAHA Report Is Mostly ‘Data Vibes’ | Office for Science and Society – McGill University
 Jonathan Jarry M.Sc. | 29 May 2025

Premade Conclusions, Post-Hoc Data: The Problem with the MAHA Report | Cato at Liberty Blog
 By Jeffrey A. Singer, Terence Kealey, and Bautista Vivanco May 28, 2025

●Kevin Hall博士のこと

MAHA報告書のなかで超加工食品(UPF)はカロリーの摂り過ぎにつながることが報告されていると2回も引用されている論文(全く同じ論文に、110と114と異なる文献番号がつけられて引用されている)の著者がNIHに所属していたKevin Hall博士です。

(NIHの職員紹介サイトはまだありますが、更新されていないという注記がついています。
Kevin D. Hall, Ph.D. – NIDDK

彼はUPFの研究者の中では「スター」として世界中から賞賛されていて、RFK Jr. HHS長官がUPFの規制を主張していたため、これからますます注目され活躍するだろうと考えられていました。ところが4月にKevin Hall博士の研究に関する発言をHHSが阻止したことから最終的にHall博士は辞任しています。UPFが依存性のある薬物と同じ脳のドーパミン反応を引きこさなかったという研究結果をRFK Jr.長官の広報官Andrew Nixon氏が気に入らなかったため黙らされたということのようです。顛末はKevin Hall博士本人がソーシャルメディアに書いています。
https://www.linkedin.com/feed/update/urn:li:activity:7318377729463095299/

このエピソードはRFK Jr.長官とMAHAの関係者にとって、科学などは使い捨ての屁理屈でしかなく、科学者への敬意などかけらもないことを如実に示すものです。

●FDAのこれから

MAHA報告書の、おそらくAIによる文献のでっちあげという重大な問題をホワイトハウスが「些細な編集上の問題」として、報告書の発表サイトにすら訂正について記すことなく改訂版をあげておしまいにする、というやりかたはおよそ科学とはかけはなれたものです。

ところがどうやらこういうやりかたがこれからのFDAの「普通」になりそうなのです。

2025年6月2日にFDAが全庁で生成AI Elsaを使い始めると発表しました。
FDA Launches Agency-Wide AI Tool to Optimize Performance for the American People | FDA
June 02, 2025

これは2025年5月8日に予備的に使って成功したので全庁で導入すると発表していたことに続くものです。
FDA Announces Completion of First AI-Assisted Scientific Review Pilot and Aggressive Agency-Wide AI Rollout Timeline | FDA
May 08, 2025

この5月8日の発表の時に、科学的レビューにAIを使ったら「数日かかったタスクがたった数分になった」と書いていたので嫌な予感がしていたのですが、6月2日の発表では「科学的レビューにこれまで2-3日かかっていたのが6分になった」とレビューワーが言っている、とMarty Makary FDA長官が発言しています。文章には書いてありませんが動画の中で明言しています。これは恐ろしいことです。

2-3日分の文献レビューが全部で6分しかかからない、ということは生成AIが作った文章を人の手ではチェックしないということを意味します。MAHA報告書で引用文献が存在しない論文だったのをそのまま出したことと同じようなことが、これからFDAの行う医薬品や食品添加物などの申請書の「科学的」レビューでおこるだろうということです。

生成AIを利用した文書として、例えばNASEMは「ビタミンAがはしかを予防できるか?」という2025年6月5日付の文書
Can vitamin A help prevent measles? | National Academies
の脚注に
「免責事項: 2025 年に作成されたこのシリーズの記事では、最初のブレインストーミングとアウトラインにはChatGPT の支援を受けて生成されたものが含まれる場合がある。AIがサポートしたすべてのコンテンツは人間の専門家がレビューして、事実の正確性、妥当性、文脈の適切性を確認している。」
とあります。生成AIを使うならこうなるはずなのです。

さらに問題なのはFDAが2025年5月9日に天然色素を認可したときの官報に記載された根拠が全て「担当者のメモ」だったことです。
FDA Approves Three Food Colors from Natural Sources | FDA
May 09, 2025

生成AIで適当にまとめた「根拠」を「メモ」で済ませて恣意的に規制を作ろうとしているように見えます。

アメリカの規制機関からの発表をまず疑わなくてはならない時代になってしまったようです。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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