野良猫通信
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
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東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
2025年1月に、プロテインパウダーに有害重金属が含まれるという米国での発表が日本でもいくつかの報道機関にとりあげられました。
(CNN日本語版)
プロテインパウダーから鉛やカドミウム検出、植物性やオーガニック製品は数倍の含有量
2025.01.10
この報道のもとになった発表はクリーンラベルプロジェクトという民間団体のもので、オリジナルの発表は以下になります。(写真右が表紙)
CleanLabelProject_ProteinStudyWhitepaper_010825
概要は報道されているとおり、プロテインパウダーのベストセラーブランド70社の160製品の汚染物質を検査したところ、47%がカリフォルニア州法のProposition 65の有害金属の安全性閾値を超過していた、というものです。特に「オーガニック製品のほうが平均では重金属汚染レベルが高く、非オーガニック製品に比較すると鉛は3倍、カドミウムは2倍だった」という文章が注目を集めて、ニュースの見出しに使われています。
ここで注目すべきポイントが二つあります。
一つ目はカリフォルニア州法のProposition 65の安全閾値が指標、という点で、州が定めた「基準」は一般的に世界の食品安全評価機関が目安としている安全性の閾値よりも低い場合が多いです。カリフォルニアのProposition 65については改めて別の機会に紹介したいと思いますが、とりあえずProposition 65の数値を引用する広報は消費者を怖がらせることが目的なのだなと思う、くらいの心構えをしたほうがいいです。
そして二つ目は「オーガニック製品のほうが汚染レベルが高い」という表現です。これはよく読むと、オーガニックプロテインパウダーは植物由来のたんぱく質であるため、乳や卵のような動物由来たんぱく質よりもともと鉛やカドミウム濃度が高いためで、オーガニックだからというより動物と植物の違いです。
それを敢えて「オーガニックのほうがリスクが高い」と思わせるような表現をしたのは、オーガニックのほうが安全だとなんとなく思っている人たちに、より大きなインパクトを与えるためでしょう。
この二点から、この団体のプレスリリースの目的が正確な情報提供ではないと考えるべきだと思います。実際その「調査結果」にはどの商品の汚染物質の濃度がどのくらいだったのかという個別具体的な情報はありません。
さらに資料をみていくと、検査した汚染物質は鉛、カドミウム、ヒ素、水銀、ビスフェノールAやビスフェノールSなどで、こうした汚染物質は通常の栄養表示などのラベルには記載されていないので、健康意識の高い消費者はクリーンラベルプロジェクトのお墨付きの製品を選ぶべき、と言います。そうです、このクリーンラベルプロジェクトは商品に「クリーンラベル」というラベルを貼る「認証」をあたえるビジネスなのです。
商品に何らかの形で「認証」を与えるビジネスで最も成功した有名なものが「有機認証」でしょう。この認証マークがあれば消費者はマークのない似たような商品より高い値段でも購入します。
アメリカでは他にも多くの認証ビジネスが生まれていて、そのひとつはNon-GMOプロジェクト(https://www.nongmoproject.org/)です。このプロジェクトは消費者の知る権利を守ると称しながら、ただの水や岩塩のようなGMOがそもそも存在しないようなものにまで認証マークを売って消費者の混乱を招いていると批判されていますが、ビジネスとしては大成功を収めているとのことで、様々な認証ビジネスが乱立するきっかけでもあります。
クリーンラベルがどこまで浸透するかはわかりませんが、添加物や農薬のような古典的なものは目新しさが足りないため、重金属のような天然の汚染物質を標的にすることが最近の潮流のようです。
ただしこのブームには警戒する必要があります。鉛やカドミウム、ヒ素のようなもともと天然に地球上に存在する有害元素は、ますます進歩する分析機器の能力をもって測定すればあらゆるものから検出することが可能です。そして永遠に無くなることはありません(PFASが「永遠の化合物」などと呼ばれて恐ろしいものだと宣伝されますが、それは有機化合物の中では安定だというだけで、分解することは可能です)。
そうした有害元素について「ゼロでなければ安全でない」「より少ないものを選ぶべき」と消費者に思い込ませることは、ビジネスにとっては成功かもしれませんが多くの消費者にとっては不安が増すだけでしかありません。いつも同じことを言いますが、リスクの相場観を身につける必要があります。
では報道されている市販のプロテインパウダーは実際使い続けて安全なのかどうか、ですが、これは何とも言えません。具体的な数値がないから、ということもありますが、そもそも特定の「プロテイン」を大量に長期間摂取することの安全性に疑問があるからです。
ボディビルダーやプロのアスリートのような、命を削ってでも筋肉をつけたいという人たちの価値観は別として、普通の人が普通に健康でいたいのであれば、タンパク質は「多様な、バランスの取れた食事」から摂る、のが基本です。成長期の子供でも、第一選択は普通の食事をしっかりとる、です。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。