科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

質の高い科学報道のために-Kate Kelland氏講演から

畝山 智香子

11月に開催された元・ロイター通信記者のKate Kelland氏のセミナーに参加しました。概要は以下のニュースが伝えています。

ウェルネスデイリーニュース | グリホサート評価巡る不正追及 元ロイター記者、AGRIセミナーで科学的交流の重要性強調(2024/11/25)

ただ、これではKelland氏の執筆した記事の内容がわかりにくいので勝手ながら補足したいと思います。
Kelland氏はロイター通信記者時代にIARCモノグラフ計画による物質等の発がん性分類について、優れた記事をいくつも書いています。

例えば
【WHOがベーコンは悪いと言ったのか?】Who says bacon is bad?
By Kate Kelland Filed April 18, 2016,

この記事ではIARCの発がん性の分類がどういうものでどのようにして消費者の混乱を招いているのかについて丁寧に解説しています。IARCの組織としての特殊性(WHOが作ったものではなく、もともとフランスの機関だったものがWHOと協力関係を結んだもの)やモノグラフ会合のレビュープロセスの疑問点も指摘しています。この赤肉と加工肉の評価の際にもワーキンググループに参加した研究者から、特定の結論が既にあるようだった、科学的に厳密とは言えない方法で数字が出てきたといった言葉を引き出しています。

●グリホサート評価を巡る2つの記事が「食の新潟国際賞」の受賞理由に

そして今回来日した食の新潟国際賞受賞理由となったグリホサートの評価を巡る記事ですが、以下の二つが必見です。

【WHOのがん機関はグリホサートの根拠を巡って暗闇に】
By KATE KELLAND Filed June 14, 2017,

この記事ではIARCのグリホサートレビューを主導したAaron Blair博士が大規模疫学研究であるAgricultural Health Studyの結果(グリホサートはがんと関連しない)を知っていたのに意図的にモノグラフの評価対象文献から外したことがスクープされています。

【グリホサート:WHOがん機関は「発がん性はない」という知見を削除した】
By Kate Kelland Filed Oct. 19, 2017,

この記事ではIARCのグリホサート評価書の重要部分のドラフト原稿と最終公表版とを比較して、グリホサートが発がん性だと結論するには都合の悪い部分が削除されていることを指摘しています。つまり動物実験でグリホサートに発がん性は見られなかったという文章を削除して、発がん性はわからないあるいは発がん性が示唆される、というふうに変更されている。会議の参加者もIARCもロイターからの質問には答えません。

案の段階でパブリックコメント募集や公開でのピアレビューが行われることが普通の、現在の一般的な科学的評価書だったらあり得ないことですがIARCのモノグラフ報告書はそういうもののようです。

これら一連の記事を書くにあたって、Kelland氏はたくさんの科学者に取材し、情報を集めています。Kelland氏に対して、モンサントの手先であるといった中傷を行っている人たちがいますが、赤肉の評価の記事で紹介したように、グリホサートのことだけを書いているわけではありません。Kelland氏はずっと有名人が勧める根拠のない病気治療法のような健康に関する誤情報を批判する記事を書いてきたので、その流れの中でIARCの情報発信の問題につきあたるのは必然だったと思います。

なお2023年のアスパルテームのIARC評価の時にロイター通信社は、JECFAの評価が終わって同時に発表する予定の7月14日までは何も言わないという約束を破って意図的に世論を誘導しようとした「関係者」のリークをスクープとして報道しています。

人工甘味料アスパルテーム、WHO機関が初めて発がん可能性リスト掲載へ=関係者 | ロイター(2023年6月30日)

この時Kelland氏は既に退職していました。ですからロイター通信社が会社として素晴らしいわけではなくて、Kelland氏が立派だったということなのでしょう。

●サイエンスメディアセンター(SMC)の対応は?

Kelland氏が、科学者ではないのに科学のことを詳しく書けるのはどうしてなのかといった趣旨の質問への答えとして挙げていたのがサイエンスメディアセンターScience Media Centreでした。Kelland氏はSMCを介してたくさんの科学者に質問でき、納得するまで説明してもらうことができたと語っていました。それで私は納得しました。

SMCは2002年にイギリス議会貴族院科学技術委員会の報告がもとになって人々の科学への信頼を構築するために作られたもので、最初は公的運営、2011年以降は多数の団体からの資金提供を受けて独立した団体となっています。

基本的には科学者とメディアの橋渡しをすることが仕事で、科学に関するニュースに対してメディア関係者が自由に使える科学者のコメントを集めて公表したり、記者向けに科学者が研究内容やプレスリリースの解説をしたりしています。今では何か科学に関する発表があればとりあえずSMCを参照するのが常識のようになっています。英国でのSMCの成功には設立当初からかかわっているFiona Fox氏の功績が大きいです。

私もこれまで英国SMCの情報は、ウェブで入手できるものだけですが、相当たくさん利用してきました。なんといっても科学者の人選が素晴らしく、特定のテーマに関して「かゆいところに手が届く」といった専門分野の研究者を選んでいます。もちろん政府機関の科学者も説明会に出ています。英国に一流の研究者が多い、ということも理由の一つではあるのでしょうが、幅広い人脈をもち各分野に経験豊富な助言者がいることがうかがわれます。研究者としても、信頼できるメディエーターのいる場所で記者に説明するのは安心できます。

●日本ではどうすればいいか

では、日本ではどうすればいいか。残念ながらいい方法が思いつきません。

でも、食品分野だけでも多少なりとも情報環境改善に貢献しようとFoocomとともに情報提供を続けています。ジャーナリストが適切な報道をするための情報源の一つとして活用され、Kelland氏のような記者が日本にもたくさん出てくることを期待します。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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