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執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

英国議会報告書を読む―超加工食品を巡って(中)

畝山 智香子

●報告書で超加工食品の議論を整理

英国議会報告書のもう一つのポイントは超加工食品(UPF)を巡る近年の一般の人々の間と学術界の両方での議論を整理しているところです。

議会は学者だけではなくテレビや書籍で人気のある人も含めた幅広い人から意見聴取していて、学術論文やレビューでは明示されていないようなことが記録されています。

【NOVA分類】

現在英国はじめ多くの国で話題になっているUPFの主な分類はサンパウロ大学のCarlos Monteiro教授らが2009年に提唱したNOVA分類です。これは食品を以下の4つに分類します。

  • グループ1:未加工あるいは最小限の加工をした食品。 植物や動物の可食部など
  • グループ2:加工した食品成分 グループ1のものを抽出したり精製したもの。植物油など
  • グループ3:加工食品 未加工食品にグループ2のものを加えて作ったもの
  • グループ4:超加工食品(UPF) 複数の工程で、典型的には工場で作ったもの

基本的にUPFに分類されるものは健康に悪いのでできるだけ食べないようにと主張されます。Monteiro教授はこの中でグループ4のUPFは他のグループの食品とは製造する目的が異なり、「NOVAグループ1から3の食品を置き換えて利益を最大化し、食べずにはいられない、過剰に食べるように設計されている」と主張しています。

つまりNOVA分類で最も重視されているのは食品のモノとしての物理化学的特徴より製造・販売者の意図とされるものです。NOVA食品の分類でしばしば批判されるポイントである、「市販のお菓子がダメなのに家庭で作った脂肪や砂糖たっぷりのお菓子は問題ない」理由が、Monteiro教授によれば「製造者の意図」なわけです。

また英国でベストセラーとなった、超加工食品がどれほど健康に悪いかを記述した本「Ultra-Processed People」の著者であるChris van Tulleken博士はUPFを「プラスチック包装されていて少なくとも一つ台所にない成分が含まれているもの」としています。それは「工場で作られた食品」全体を含む概念であるとも説明しています。

しかし学術団体の専門家や英国保健省の担当者はNOVA分類が曖昧で栄養が考慮されていないために政策には使えないことを指摘しています。具体的な政策立案の責任がある立場からは当然のことだと思います。

【HFSS食品】

健康的食生活を推進するために以前から用いられてきた食品の分類方法に脂肪・塩・砂糖の多い(HFSS)食品というものがあります。これは栄養プロファイリングモデルによって定義されるもので、100gあたりの栄養含量をもとにポイントがつけられ、HFSS食品に相当する場合には広告制限などの規制対象になります。

このHFSS食品の分類が開発されたのは2004/5年頃で実際に広告規制に使われ始めたのが2007年4月ですからNOVA分類より実績があります。そしてUPFとされるものとHFSS食品には重なる部分があり、敢えてNOVA分類を使う理由が問われます。

一方でNOVA分類とHFSS食品で「健康に良い」を巡って判断が分かれる場合がいくつかあります。例えば以下のようなものは栄養の点からはHFSSではない場合がありますがNOVA分類ではUPFとされて全て避けるべきものと主張されます。

  • 砂糖入り飲料の砂糖の代わりにノンカロリー甘味料を使うた低カロリー飲料
  • 動物性食品を避けたい人のための、植物ベースのミルクや大豆ベースの肉の代用品のようなもの
  • 栄養強化されている、手軽に食べられる朝食用の全粒穀物パンやシリアル

HFSS食品の分類については世間がここまで関心を持たなかったのに、UPFを巡っては議論が沸騰するのは、定義があいまいなために論点が多数あることにもよるのかもしれません。こうした議論が混乱を招き、本来注目すべき脂肪・塩・砂糖の摂りすぎの問題が相対的に軽視されてしまうことへの懸念も表明されています。

●「安価で美味しい」という視点

UPFの議論でもう一つ重要なポイントは、それが安価で食べやすく、美味しいのでたくさん食べられる、ということです。

私はそれのどこがいけないのか、と思いますが、肥満が問題になっている国では「よくないこと」のようです。

実はここに少し注意点があります。

日本では栄養関係の人がよく食品には三つの機能がある、といいます。一次機能として栄養機能、二次機能として美味しさ、そして三次機能としていわゆる健康食品で宣伝されるような生体調節機能、の三つです。美味しいことが重要だと考えているわけです。

ところがFAOのファクトシートNutrition Factsheets 1-14 05Nov2009.pagesなどでは、食品の機能は「エネルギーを供給する」「身体の成長や修復に役立つ」「身体を病気から守る」となっています。

別に3つである必要はないのですが、食品の安全や健康影響などの学術文献を読んでいると、食品にとって美味しさがどれだけ大切かというような話はまず出てこないのです。でも日本人にとって、食品は美味しさがとても重要であることは言うまでもない前提なのです。

海外の人も食事は美味しいほうがいいと考えていると思うのですが、それが学問の場で堂々と主張されることがあまりなく、肥満との関連では悪いことにされてしまっています。

日本では食品企業が美味しい食品を作ろうと努力することは、消費者にとっても歓迎すべきことだと考える人のほうが多いと思います。でも欧米の公衆衛生専門家にとっては食品を美味しくするのは商品をより多く売って儲けるための悪行とみなされてしまう可能性が高いわけです。

背景としての肥満の多さのせいなのかもしれませんが、価値観が違う可能性として留意しておいたほうがいいと思います。もし肥満対策としてできるだけ美味しくない食べにくい食品を売るべきだという提言がなされたとしても、日本人は多分受け入れないでしょう。

●健康への悪影響はUPFが直接の原因なのか

UPFの摂取量の多い人と健康への悪影響に関連があることについては合意があります。しかしこれが因果関係かどうかについては意見は分かれます。この報告書のハイライトの一つ、UPFの根拠を巡って誰が何を主張しているかが記載されています。

因果関係だと主張するのはChris van Tulleken博士を筆頭にCarlos Monteiro教授、Camila Corvalán教授、Mathilde Touvier博士など。一方そこまでの根拠はないと主張するのはJanet Cade博士やCharlotte Mills博士、Gunter Kuhnle教授、そしてRobin May教授(FSA主任科学アドバイザー)とSusan Jebb教授(FSA長官)など。さらに食品企業の代表者はほぼ全て根拠は十分ではないという主張側です。ベジタリアンの団体も全ての加工食品をひとくくりに悪いものに分類することには反対しています。

議会は多くの関係者からヒヤリングをしているのでたくさんの研究者や政府機関の見解が紹介されています。あまり一般向けではないとは思いますが、興味のある方は是非読んでみてください。

●結論

UPFについての結論は、「NOVA分類に基づくUPFの概念は、安価で美味しくてエネルギー密度の高い栄養的には乏しい食品を製造・販売するフードシステムのインセンティブや不健康な食事と肥満の駆動要因を記述するツールとしては有用かもしれない。しかしNOVA分類によるUPFは、個々の食品の規制や特徴づけに適する十分な正確さがないと広く認識されている。従ってどの程度政策決定に使うべきかどうかは議論が続く。」ということで、HFSS食品との関係も含めてさらなる研究が必要、とされました。

これはこれまでFSAや保健省の科学委員会の発表してきた見解と概ね一致しています。

●その他

報告書はさらに食環境、乳幼児用食品、学校給食など広範囲にわたって検討をしています。

基本的にはこれまでも実施されてきた広告規制や販売されている食品をより健康的なものに組成変更させるといった政策を広範囲でより強力に推進することを助言しています。食料価格が上昇しているために乳幼児や子供には健康的な食事をとるための支援が必要で、学校で提供される無料の食事の質の改善のためにも相当な資金が必要となるでしょう。

政府がどこまで実施しそれで肥満が本当に減るかどうかは今後の行方を見守りたいと思います。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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