科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

英国議会報告書を読む―食生活、超加工食品、健康的な食事って何だろう(上)

畝山 智香子

英国議会上院の食生活・肥満に関する委員会でこのほど1つの報告書が発表されました。ここでは3回に分けて、「国民の食生活を支える科学的根拠」「超加工食品について」、そして「合わせて読みたい2つの報告書」について、ご紹介します。

●報告書「健康のためのレシピ:私たちの壊れたフードシステムを修正するための計画」

食生活の問題に由来する肥満と食事関連疾患が公衆衛生上の大きな問題となっている英国で、議会上院(貴族院)の食品・食生活・肥満に関する委員会が「健康のためのレシピ:私たちの壊れたフードシステムを修正するための計画」という報告書を発表しました。

これはここしばらく欧米で議論が盛り上がっている国民の食生活への政治的介入に関する科学的根拠や論点をひととおりまとめたものになっているので紹介します。
House of Lords – Recipe for health: a plan to fix our broken food system – Food, Diet and Obesity Committee
published 24 October 2024

報告書の構成は以下です。
第一章 問題の診断
第二章 政府の対策
第三章 企業の役割
第四章 超加工食品
第五章 食環境をより健康的なものにする
第六章 乳児、幼児、子供
第七章 健康的食品をより入手しやすくする

まず背景となる肥満の問題ですが、各国の肥満率の経時変化のグラフを見てください。

図2: 成人の肥満率(BMI 30以上), G7 諸国とブラジル, 1990–2022 (図の番号は元の報告書のもの)

この段階で、日本はお呼びではない、と言われているようです。
なんといってもとびぬけているのは米国ですが、米国はもうすぐ「アメリカ人のための食事ガイドライン2025-2030」が発表される予定ですのでその時にまた話題にします。

そして英国では肥満が大きな問題と認識されるようになってから約30年も経っていて、この間、肥満対策として政府が提案してきた政策は何と700もあり、それが失敗してきたと報告書は述べています。

これはこの報告書の注目ポイントの一つで、1990年代から2020年代まで、保守党や労働党、連立政権と政権交代しつつたくさんの政府主導の対策が行われたにも関わらず、肥満と過体重は減るどころか増加しています。図5はそれをわかりやすく示したものです。
議会が過去の政策を振り返って検証する、というのはとても良いと思います。わが国でもやるべきです。

図5 肥満と過体重の人々(BMI >=25 kg/m²)の割合と政府の肥満戦略、イングランド1990-2020(図の番号は元の報告書のもの)

そしてそれらの失敗の原因は、主に個人の選択に政府が干渉することを良しとしないという基本的な方針のせいなので、これからは個人の選択に対してもっと強力に干渉すべきであると主張されます。

このへんは公衆衛生対策の強制力に関して常に問題になる部分です。感染症のような他人に影響が大きいものであれば公衆衛生のために個人の自由を制限することが正当化される場面はこれまでもあったのですが、その人にしか影響しない、食べることへの制限が正当化できるのでしょうか。

これに関連して、サイエンスメディアセンターが集めた専門家のコメント(expert reaction to report on food, diet and obesity from the House of Lords Food, Diet and Obesity Committee | Science Media Centre)の中で、Oxford Brookes大学栄養学講師Aisling Daly博士が「選択肢が多い中で個人が健康的食品を選択するのは不可能」と述べていることが印象的です。国民一人一人に健康的食生活を選び取る能力があることがもはや信じられていないのです。

WHOをはじめとする欧米発の食事と健康に関する政策助言を参照する場合には、日本とは相当異なるこれら二つの前提となる状況をよく認識しておく必要があります。

学問や政治で世界をリードしている米英の状況が「肥満率が高く、ますます増加している」「あらゆる政策を実施してきたが全て失敗している」なので、それを前提に、より強力な、強制力をもった政策が推奨されがちなのです。でもそれは日本にはほぼあてはまりません。

肥満に関する文献の多くは肥満の多い国での研究で、しかもその中で「科学的根拠がある」介入方法と評価されているものですら現実問題として国民の肥満率の減少にはほぼ効果を発揮していないのです。

例えば砂糖入り飲料に課税することは効果があることが確実な政策らしいのですが、砂糖税の導入後も国民の体重は減っていないようです。
日本には広告規制も砂糖税もなく、一部の人たちが要求し続けている食品中トランス脂肪の表示義務のような法的規制もありません。

メディアなどは「外国では規制しているのに日本では規制されていない」といった主張で消費者に不安を与えて記事を売ろうとすることがありますが、背景と文脈を考慮すべきでしょう。(中編に続く)

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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