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執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

PFASの血中濃度 元情報を確認して正確な報道を

畝山 智香子

食品安全委員会がPFASの健康影響評価を6月25日に発表しました

PFASに関するニュースでは、しばしば「アメリカの学術機関が、健康リスクが高まると指摘する値」として一部の研究者が紹介する血中濃度20ng/mlが参照され、心配な人や汚染が検出された地域の住民に血液検査をすべきと主張されます。
例:PFAS 人体への影響・健康被害の実態は “汚染源”を徹底取材 – NHK クローズアップ現代 全記録

ただし、これは正確ではないので、本稿ではその点について説明します。

●血中濃度20ng/mlは、最終的に採用されていない

まず言及されている報告書は、米国科学・技術・医学アカデミー(NASEM)が2022年に発表した「PFASばく露、検査、臨床フォローアップガイダンス」と題したもので、米国疾病管理予防センター(CDC)が発行している医師向けの臨床ガイダンスに対する助言を提供することを目的としたものです。

米国保健福祉省(HHS)には、CDCと並んで鉛やカドミウムなどの有害物質による健康影響について管轄する環境有害物質・特定疾病対策庁(ATSDR)があり、そこからPFASの臨床ガイドラインが出ていました。その2019年版のガイドライン更新への助言を含む報告書を作成するようにCDCとATSDRと国立環境健康研究所(NIEHS)がNASEMに要請し、要請を受けたNASEMが作成して、2022年7月28日にプレスリリースとともに公開されました。

その内容の中に、血清または血漿中の7つのPFAS (注MeFOSAA, PFHxS, PFOA, PFDA, PFUnDA, PFOS, および PFNA)濃度の合計について、

  • 2 ng/ml以下の場合には有害健康影響は予想されない。
  • 2-20 ng/mlの間は妊婦のような感受性の高い人で有害影響があるかもしれないので少し注意。
  • 20 ng/ml以上だと有害影響のリスクは高いかもしれないので暴露削減と患者のリスクに応じて脂質異常症などの検診を。

といったものが含まれました。
20ng/mlを「アメリカの学術機関が、健康リスクが高まると指摘する値」というのは、この報告書の2つの閾値(2 ng/ml ・20ng/ml)のうちの高いほうです。

しかし、この報告書の目的はATSDRの臨床ガイドラインへの助言です。
NASEMの報告書が発表されてから、PFAS臨床ガイドラインのサイトには「現在この報告書の助言をレビュー中である」との記載が加えられました。ところがこの「レビュー中」がとても長かったのです。私はたびたび更新されたかどうかをチェックしていたのですが、結局更新を確認したのは2024年1月18日付です。

そして注目ポイントであった血液検査の指針値2 ng/ml および20ng/mlは、結論から言うと採用されませんでした。

●血液検査を行うリスクとベネフィット

現在の医療従事者向け情報では、PFASの血液検査は、治療や将来の健康についての情報を提供しない、PFASの血液検査を行うことのリスクとベネフィットの可能性を話し合うように、となっています。

Information for Health Care Providers(Last Reviewed: January 18, 2024
PFAS Information for Clinicians

血液検査を行うことのベネフィットとしては、暴露を減らす指針となる情報が得られる、PFASについて認識が高まる、場合によっては安心することがあります。

一方で問題点としては、

  • 血液検査は暴露源の同定はできず、検査できるのは一部のPFASのみで、それはその人の暴露の指標として適切かどうかはわからない。
  • 検査結果から今の症状がPFASのせいかどうかはわからない。
  • 検査結果から今の症状がPFASのせいかどうかはわからない。
  • 将来の健康も予想できない。
  • 検査法がいろいろあるなどで異なるラボの検査結果が比較できない。
  • 検査結果が臨床的に意味があるのかどうかわからない。
  • 検査の繰り返しに意味があるのかどうか、間隔はどのくらいがいいのかわからない。

などがあげられています。

そして検査を検討する場合の参考としてNASEMの報告書の数値をあげています。
ただしNASEMの数値を使う場合には、現在のアメリカ人の多くが追加の検診が必要になってしまうこと(2 ng/ml以上の人は約98%、20 ng/ml 以上の人は約9%)、そしてその検診は現行の疾病予防のためのガイドラインとは異なるものになるだろうと注記しています。

つまり、PFAS以外にも血中コレステロール濃度などに影響する要因は多数あって、それらに対応する臨床ガイドラインがすでにあるわけですが、PFASを心配するとそうした普通の医療から逸脱する可能性があるわけです。これは患者にとって不利益になる可能性があります。

●高濃度暴露の人が、健康被害が多くみられるわけではない

さらにATDSRが臨床ガイドライン更新とともに追加した情報として、PFAS血中濃度のデータを示しています。
PFAS in the US population | ATSDR (cdc.gov)
https://www.atsdr.cdc.gov/pfas/health-effects/us-population.html

米国人の血中濃度の経時変化と、これまで報告されてきた様々な集団での血中濃度です。

以上のグラフのとおり、米国一般人の血中濃度は1999-2000年の時に比べて2017-2018年では大きく(70-85%以上)低下していること、1999-2000年の米国人の血中濃度の平均は4種の合計で40microg/L(マイクログラム/Lはナノグラム/mLと同じ)程度あったことがわかります。

さらに職業暴露の場合には1988年の製造工場労働者の血中平均濃度としてPFOA 899、PFOS 941、PFHxS 180 microg/Lという値が報告されています。

「20 ng/ml」が健康被害の出る濃度だと考えてしまうと、2000年ごろの米国人はみんな健康被害を訴えていて現在はそれが急激に減っている可能性がありますが、そんなことは報告されていません。

高濃度職業暴露のあった人たちに高率で健康影響が報告されているのかというとそうでもなく、これだけの高濃度暴露があったにもかかわらず、PFAS暴露と各種疾患の関連は断言できるほど明確ではないのです。

そういう背景データがあるので血液検査の有用性がよくわからない、と判断されているわけです。

ただ研究者としては、集団レベルでの血中濃度のデータは有用です。グラフのように全体として濃度が下がっていれば対策が有効であることが確認できます。個人の健康管理のためのデータと、政策評価のためのデータは違います。研究のためのデータが欲しくて患者にとってあまりメリットのない検査を受けてもらう場合には、その旨情報提供して合意を得る必要があります。

●元情報にさかのぼって報道を

さて最初の「アメリカの学術機関が、健康リスクが高まると指摘する値」というのは、正確には「NASEMが臨床ガイドラインの更新にあたって助言したものの、公式採用されなかったもの」です。
そしてNASEMの助言した低いほうの閾値、2 ng/mlという値は、ほぼすべての人がそれを超えるので臨床のカットオフ値として意味がなく、こういう値を助言してしまう報告書の価値に疑問を提示させるものです。

一方で参照値は低ければ低いほど危険性を大きく見せることができるので、危険性を強調したい場合には、世界中のあらゆる数値の中から最も低い値を探して使われることがよくあります。

ところがPFASでは、日本の報道は2 ng/mlではなく20 ng/mlを参照として使う記事ばかりです。このことから記者が、元情報にさかのぼることなく特定の研究者の意見をそのまま書いているのではないかと疑いたくなります。

そして、「血液検査にもデメリットがあるのでよく考えて」という情報提供がほとんどないようであるところも問題です。報道にあたって記者は特定の人の主張をそのまま書くのではなく、取材によって裏をとる必要がある、と思っていたのですが、PFAS報道ではそうなっていないようです。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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