科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

もったいない!ウーロン茶葉の自主回収

森田 満樹

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 2012年12月10日、株式会社伊藤園の「ウーロン茶ティーバッグ(54袋入り)」など3製品の自主回収がテレビや新聞で報道されました。製品より2農薬が国の基準値を超えて検出されたという理由です。同社のウェブサイトには、自主検査によってインドキサカルブが茶葉・基準値(0.01ppm)に対し0.05ppm、農薬フィプロニルが茶葉・基準値(0.002ppm)に対し0.05ppm検出されたこと、そして「当該製品を通常の使用方法により飲用されても、健康被害のおそれはございません」との説明があります。

 実はこの回収に先立つ11月26日、高知県の株式会社小谷穀粉が、同じ2農薬の基準値超過を原因として、30商品を自主回収していました

 この小谷穀粉の自主回収を発端として、ウーロン茶を製造・販売する事業者は「うちの商品は大丈夫か」ということになったようです。商品を検査機関に持ち込んだり、自主検査を行ったりして2農薬が残留しているかどうか調べたところ、その後、次々と基準値超過が明らかになり自主回収が相次ぎました。

 残留農薬の基準値を超過すれば食品衛生法第11条違反になり、流通させてはならないのが原則です。製造者や販売者は自主回収に踏み切り、12月17日現在で30社の100ちかい商品の自主回収が行われています(リコールプラス(財)食品産業センター食品事故情報告知ネット大阪府自主回収窓口等からカウント)。まさに連鎖回収といった状況です。

●回収されたウーロン茶は安全か?

 ところで、法律違反で回収するのだから危ないのだろうと思われがちですが、これら自主回収の告知には「通常の使用では、健康被害のおそれはございません」とあります。その根拠はなんでしょうか。

 インドキサカルブの一日摂取許容量(ADI:人が一生涯毎日摂取し続けても健康への影響がないとされる一日当たりの摂取量)は、0.0052mg/kg 体重/日とされています。今回の自主回収は主に5社が基準値超過を明らかにしておりその数値は、0.02~0.08ppm(基準値0.01ppm)となっています。一番高い0.08ppmのウーロン茶の茶葉であれば、体重60㎏の人が毎日3900gを食べ続ける量がADIに相当します。これは5g のティーバッグ1個で1リットルのウーロン茶ができるとすると、 1日780 リットルのお茶に相当します。

 もう1つの農薬、フィプロニルは自主回収の告知を行った全ての会社から検出されています。一日摂取許容量(ADI)は、0.0002 ㎎/㎏体重/日、検出された数値には巾があって0.006~0.063ppm(基準値0.002ppm)となっています。一番高い0.063ppm のフィプロニルが混入しているウーロン茶葉であれば、体重60㎏の人が毎日 190g食べ続ける量がADIに相当します。こちらも5g のティーバッグ1個で1リットルのウーロン茶ができるとすると、 1日38 リットルのお茶に相当します。

●お茶の基準値は他の作物に比べて格段に厳しい

 しかもこの2農薬、他の作物に比べて、お茶は格段に厳しい基準値になっています。
インドキサカルブの残留基準値は、茶は一律基準値の0.01ppmですが、レタス14ppm、大豆 5ppm、小豆類 0.2ppm、大根類(ラディッシュを含む)の根 5ppmです。
また、フィプロニルの残留基準は茶 0.002ppmですが、米(玄米)0.01ppm、白菜 0.1ppm、ニラ 0.1ppm、アスパラガス 0.2ppmとなっています。

 同じ農薬なのに、どうして作物によってこんなに基準値が違うのでしょうか。実は、今回問題になった2農薬は、国内においてお茶の登録がありません。その一方で、国内における野菜や穀類については農薬としての登録があり、使用実態があり、基準値を定める場合は、実態に見合った基準値が当てはめられます。たとえばインドキサカルブの残留農薬ではレタスは茶葉の1400倍、フィプロニルでは白菜は茶葉の50倍ちかい残留でもOKとなり、それぞれ日本でも殺虫剤として使用されています。

 このように農薬としての登録が無い場合は、現在のポジティブリスト制度によって一律基準値(0.01ppm)という低い数値が原則としてあてはめられます。また、フィプロニルについては、ポジティブリスト制度が導入された当時、国際基準で穀物に0.002ppmが用いられていること、その値が定量限界値であることから、そのまま基準値として暫定的に適用されたという事情があります。現在、食品安全委員会で評価を待っている状況です。

●輸入者の安全管理対策はどうだったのか?

 ウーロン茶は日本に流通する多くが中国から輸入されていますが、これまで国の輸入時の残留農薬検査では、トリアゾホスという殺虫剤が基準値を超えてたびたび検出されていました。1年おきくらいに0.05ppmの基準値を超えた製品が見つかり、積戻しや廃棄処分となっています。こうした要注意農薬を中心に、中国においても輸出時に検査が行われてきました。

 しかし、今回検出された2農薬は、これまで輸入時や国内の検査では問題になったことはなく、中国側の検査ではカバーしきれていなかったようです。自主回収を行った会社の中には、原料の管理を取引先に任せてしまい、中国側の検査が不十分だったことを認めているところもありました。

 その一方で、対応に万全を期している事業者もいます。ある飲料メーカーでは原料茶葉の残留農薬分析をする場合には、実際に使用している農薬以外にその国で一般的に使用されている農薬など、データを集めて400項目を超える残留農薬について自主検査を行い、日本の食品衛生法への適合性を確認して輸出を行っているといいます。検査の中では、当然この2農薬もカバーしていたそうです。

 中国からの輸入食品は、どんな農薬が使われているかわからないと、消費者の不安感は強いものがあります。その不安感を少しでも払拭するためには、現地における厳しい管理は当然であると、先の飲料メーカーの担当者は言います。確かに一部で違反品が続出すれば、過去のホウレンソウのように全体に影響を及ぼしかねず、消費者の不安はいつまでも続くことになるでしょう。

 それでも、今回の自主回収は悩ましい問題だと思います。基準値のルールが異なるという背景もある中で、今回のように健康影響の無いものまで捨てられるのはいいのでしょうか。今回の自主回収の対象はあわせて何百万袋にもなります。廃棄処分にするために、環境にも負荷がかかります。本当にもったいないことです。

 今後の対応も気になります。輸入者は中小事業者であっても、中国で使われている農薬の実態や過去の実態から、輸入時に違反の可能性の高い農薬を効率的に検査して対応してきたはずです。しかし、今回のようなことが起こると、暫定的に基準値が決められた農薬で、輸入時にも検査されていなかったような農薬についても、輸入者は事前に検査を拡大するなど対応しなければなりません。コストにどう跳ね返るのかも、消費者としては気になります。

●クローズアップ現代で取り上げられた食品の自主回収

 こうした回収コストにいかに企業が苦しんでいるのか。奇しくも伊藤園が回収を行った12月10日、NHKのクローズアップ現代で「商品のリスクをどう避ける?~急増する安全のコスト~」として、食品の自主回収の問題が取り上げられました。
 食品メーカー500社を対象に行った調査によると、10年前に比べて企業が安全にかけるコストが増大したと答えたのが76%、30%がコストは1.5倍以上になったといいます。頻発する自主回収の費用は、数千万円から、時に数億円、企業経営に重くのしかかっているそうです。

 番組では消費者の安全への要求は高まり続ける中、企業はより一層の安全対策が求められ「安全コスト」は爆発的に増える、その一方で消費者側のリスク回避能力が低下しており、これからは企業と消費者のリスクコミュニケーションが大切である、といった内容でした。

 番組の中で、公益社団法人の日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会(NACS)古谷由紀子さんの活動が紹介されました。2008年から2009年にかけて約1年間の回収事例を集めて、その回収が妥当だったかを調べたところ、3分の2が健康には影響がないと考えられるものだったという報告です。

 古谷さんは、健康影響がなくて回収の必要のないと考えられるものがいっぱいあって、企業イメージを守ろうとするあまり、行き過ぎた回収までが当たり前になってしまっていることを指摘します。そのうえで、「事業者もリコールをすれば、責任を果たしたことになるという考え方が、今は一般的になっているということが実は問題ではないかなと思っています」とコメントしています。

 私は古谷さんと一緒にこの活動に取り組み、「健康影響の無いものが捨てられているのはもったいない」として、消費者団体が自らその問題解決を考えようと「NACSリコールガイドライン」を2010年に一緒にまとめました。
 しかし、番組で紹介されたのは「健康影響のないものが捨てられている」というところまで。捨てられるものの中には、今回のウーロン茶の事例のように「法令違反のものを流通させられない」ため、自主回収をするケースも多く含まれます。番組では「食品の自主回収は、企業イメージを守ろうとして健康影響の無いものまで回収している」という内容でしたが、今回のウーロン茶の回収は決してそうではありません。

 食品衛生法では食品ごとに残留農薬の規格基準が定められています。今回、検出された農薬の基準の決め方が、たとえ日本特有の事情であったとしても、「規格基準に合わない場合は販売してはならない」ことになっています。このため健康影響が無くても、企業が自主回収するのは、当然の対応といえるでしょう。

 食品の自主回収に至る原因は様々です。アレルギー表示欠落など法令違反かつ健康影響の恐れがある場合、今回のウーロン茶のケースのように法令違反でも健康影響がない場合、また、同じ法令違反でもJAS法違反のように健康影響が無いことが明らかな場合などもあります(現行JAS法は、違反でも回収を求めるものではありません)。食品の自主回収には、食品特有の法制度の問題が絡み、それぞれに適切な対応は異なります。

 それぞれのこういうケースをどう考えるべきか。告知方法はどうあるべきか。もったいない、だけ終わらせるのでなく、法制度を含めた食品の自主回収の在り方について、真剣に考えなくてはならない時に来ていると思います。

*下線部は、12月19日に加筆をしました。最初の原稿は「健康影響が無いものを捨てるのはもったいないから、食品企業は法律違反であっても自主回収すべきではない」と読める、という読者からのご指摘があり、説明不足に気づき加筆いたしました。読者の皆様に、誤解を与える表現であったことをお詫びいたします。

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。