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斎藤くんの残留農薬分析

7000倍とか260倍という表現そろそろやめませんか

斎藤 勲

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 11月18日の新聞で福岡県の米菓メーカーが製造した和菓子えん餅から基準の7000倍に当る70ppmの有機リン系殺虫剤フェニトロチオンを検出したとの報道があった。先々週は生協のホウレンソウから一律基準値0.01ppmの260倍の有機リン系殺虫剤プロチオホスが検出されたと報道された。一律基準値の0.01ppmを分母に持ってきて何倍だ、何倍だという時代はそろそろ卒業しても良いのではないだろうか。この表現が何かを産むわけでもなく、ただ消費者を不安に陥れるだけの数値に近いものではないだろうか。可能ならば急性指針値ARfDで判断する習慣を身につけたい。

 03年に一部改正された食品衛生法の目玉は、ポジティブリスト制度移行に伴う第11条3項のいわゆる一律基準値の設定だろう。ある作物にある農薬は使用しないならば、当然検出されることはないだろうから、数値として人の健康を損なう恐れのない量として0.01ppmが定められ、同時に人の健康を損なう恐れのないことが明らかな65物質(亜鉛、アスコルビン酸、クロレラ抽出物、シイタケ菌糸体抽出物、ワックスなど)が対象から除かれた。当然のことながら一律基準値は第11条(食品及び添加物の基準及び規格)に含まれるので、この量を超えて残留する食品は、「これを販売の用に供するために製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、保存し、又は販売してはならない」と厳しい適用がなされている。個人で勝手に食べる分はいいが、無料でいろんな人におすそ分けするのも駄目ということになる。

 一律基準値の適用範囲を正確に言うと、通常、国内外で使用される農薬などは、その使用に先立ち、毒性などについて評価が行われており、その結果を踏まえ、使用対象作物に対してその使用方法や当該農薬等の食品に残留する量の限度(残留基準)が設定されており、それ以外にはこの一律基準値が適用される。

 どうして一律基準を0.01ppmにしたのか、もう一度おさらいをしてみよう。数値をどこに設定するのか、厚生労働省の担当官は悩んだのだ。使わない農薬の基準をどこに設定するのか? 当時の情報ではカナダ、ニュージーランドは0.1ppm、ドイツ(欧州は導入予定)は0.01ppm、米国は一律基準値は定められていないが運用上0.01〜0.1ppmで判断など、各国でばらばらであった。そもそも使わないのだから出てはいけないのでもっと厳しいゼロ規制の基準をという意見もあった。さすがに、厚生労働省もごく微量の農薬などの残留が認められたことをもって違反食品として取り扱われるなど、不必要に食品などの流通が妨げられることが想定されるとして、ゼロ規制は採用しなかった。

 一律基準値の候補として、0.01ppm、0.05ppm、0.1ppmが想定された。その評価に使用された数値は、1つはこれまでに評価された農薬の厳しい1日摂取許容量ADI0.0001mg/kg体重/日(ディルドリンなど)を用いたもの、もう1つはJECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門化委員会)と米国食品医薬品局(FDA)における安全性評価で使用される数値1.5μg/日(毒性評価が十分でない未知の化学物質で発がん性の有無を問わず許容される暴露量の閾値)である。

 最小のADIを用いて、3つの一律基準の候補を比較する。体重50kgの人ならばADIの数値(毎日一生涯食べ続けてもたぶん大丈夫でしょう)に達するために、0.01ppmの場合食品500g摂取、0.05ppmの場合100g、0.1ppmの場合50gとなる。何を食べてもたぶん大丈夫という1.5μg/日という数値で比較すると、0.01ppmの場合150g、0.05ppmの場合30g、0.1ppmの場合15gとなる。

 私たちはどれだけ食品を食べているかというと、国民栄養調査に基づくいろいろな食品の摂取量は、コメ約190g、コムギ約118g、ダイズ約56g、ダイコン約47g、ミカン約46gという。また、この時点で残留基準が約9000項目(農薬×基準値)設定されている。このうち0.01ppmより厳しい0.005ppmを設定しているのは、2農薬だけである。

 これらの4つの条件を勘案して、コメを除けば0.01ppmという基準を設定しても合理性があると判断され、一律基準値の数値として採用された。それなりの妥当性は理解できるがかなり厳しい基準である。超えれば違反として取り扱われるからだ。0.01ppmという数値は、アバウトに言うとコメ30俵に一粒の良くないコメが混じった割合ということで気の遠くなるような数値である。よくもこんなものが分析できる時代になったものだ。ひとえに機器分析の進歩である。

 当時厚生労働省がポジティブリスト制度に対する意見、質問を受け付けた際、「一律基準値を超えた食品は危ないのでしょうか」という質問に対し、「超えたからといって全てが危険な食品であると断言することは出来ませんが、本来当該食品に残留しないはずの農薬などが残留していることを意味するものであり、そのような事態が発生した場合、原因究明や適切な管理を行うことが重要です」という対処のポイントを説明している。イレギュラーな状態で検出されているのだから、違反とする場合も出来るだけ正確な検査を行い、対象ロットを絞り込んで対処するようにも言っている。ということはイエローカードのような取り扱いができないのだろうか。話を戻そう。

 話を戻そう。通常、残留基準のあるものは、どのように決められているかを理解しておこう。まず、動物の慢性毒性実験で無毒性量を探し出し、それに安全係数の100分の1を掛けた小さな値を1日摂取許容量ADIとする。それぞれの作物に農薬を使用する条件を想定して、実際の圃場で使用して平均的な残留濃度を求める。そのデータに基づき残留基準値を一応決める。それ基準値に平均的に摂取する作物の量を掛け合わせてその農薬の摂取量を計算し、先ほどのADIというプールに放り込む。すべて放り込んだ合計量がADIの80%以内であればそれぞれの残留基準の設定は良いということで採用されている。

 食品衛生法の基準値を超えるということは、その農薬が適正に使用されていなかったことを表しているわけであって、それを超えたからすぐ健康影響が出る、という話ではない。ADIの大きなプールの中の一部の話であり、まだまだ十分余裕はあるし、先にも述べたように安全係数も掛っているものである。強いて比較するならば健康に関する影響指標であるADIか急性指針値ARfDとやるのが適切である。FoodScienceのうねやま研究室1月16日の記事を読んでいただければよいが、その中で残留基準値の何倍というほとんど意味のない数値ではなく、ARfD(ADI)の何%に相当するという意味のある対応を進めている(中毒症状の場合は、ADIではなくARfDで評価するよう私もそのコラムの中で叱られている)。このことはいろいろな機会を捉えて知らせていきたいと思っている。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)