食の安全・考
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
9月10日より、ヨウ素添加塩を用いた中国産冷凍塩蔵茎わさびを原材料とした加工品の自主回収が続いています。私が9月16日までに確認できたのは18社で、この後もさらに増えそうです。健康影響の可能性は低いものの、日本で未認可の添加物が使用されていたことが理由の自主回収です。
法令違反とはいえ、健康影響がないものが自主回収され廃棄されるのは、もったいないと話題となっています。私も「食品ロスの観点から、無駄な自主回収はやめてほしい」という思いは一緒ですが、今回はそんなに単純ではないような気もします。現状と課題を整理してみます。
まずは経緯について。問題の自主回収品は、わさびのふりかけや茶漬け等の加工品ですが、その共通原材料が、東海澱粉が取り扱う輸入冷凍塩蔵茎わさびでした。同社は13日、ウェブサイトで「輸入『冷凍塩蔵茎わさび』におけるヨウ素添加食塩の使用に関するご報告」を公表しています。
このリリースによれば、
・自主点検で8月末に、輸入「冷凍塩蔵茎わさび」にヨウ素添加食塩が使用されていることが判明した。
・食塩のヨウ素添加は諸外国で添加物として認められているが、日本では認められない。
・ヨウ素の残留量は極めて微量で健康影響は極めて低いと考えられるが、食品原料として食品衛生法に定める基準から外れるため、出荷停止と自主回収を行った
ということで、B to B製品で加工メーカーに対して自主回収をしたという報告です。消費者向けの自主回収のお知らせではありません。
この公表の3日前、ハナマルキ株式会社が最初に自主回収を公表しています。9月10日「香り楽しむお味噌汁 わさびと海苔5食」を同社ウェブサイトで公開し、専用フリーコール、オンラインでヤマト運輸が業務を受託して自主回収を進めています。同日、厚労省のシステムに届出を行い、同日に届出内容が公開され、迅速な対応でした。
その後、次々と加工メーカーが自主回収を公表し、厚労省のリコールサイトを見ると、公開日順に13日2件、14日2件、15日4件、16日6件と増え続けており、これからも増える勢いです。16日時点でハナマルキを含めて15件、13社(1社で複数の届出あり)でした。
会社の対応は様々です。ハナマルキのように自社サイトと厚労省の届出を同時に行うところもあれば、届出だけで自社サイトに掲載していないところもあります。1社で複数の届出を出しているところもありました。
このほか、厚労省システムに公開されず、自社ウェブサイトでのみ公表している会社が5社(永井海苔株式会社、株式会社日本海水、山本海苔店、紀ノ国屋、フタバ)ありました。2021年6月から始まった厚生労働省の自主回収報告制度は、「食品衛生法違反」「食品衛生法違反のおそれ」を対象に届出が義務付けられたもので、もしかすると届出して公開を待っているのかもしれません。
管轄保健所の対応も様々です。同じ理由による自主回収なのに、健康への危害度を示す分類は、CLASS2が11件、CLASS3が4件でした。クラス分類が不明な場合は当面は2になるので今後変更されるのかもしれませんが、保健所の判断が分かれるということなのでしょう。
また、回収の理由は「食品衛生法違反」が11件、「食品衛生法違反のおそれ」が4件でした。こちらは事業者が入力する項ですが、保健所に相談することもあるでしょうし、こちらも解釈はグレーであることが伝わります。さらに届出年月日と公開年月日のずれも見られ、3日後に公開されるケースもありました。(同制度の課題は、こちらに書いています)
新しい食品リコール報告制度ができたことで、保健所によって対応が異なる部分が明らかに見えてきました。一方、日を追うごとに自主回収の公開が増えていくのを見ていると、よその保健所の対応を見て、うちもちゃんと自主回収をしておこうという横並びの動きもあるのではないかとも思ったりしています。
ところで今回の件から、2002年のフェロシアン化物の一件を思い出した方もいらっしゃるでしょう。同年6月、日本で未指定の添加物・フェロシアン化物を使用した中国産食塩が見つかり自主回収、その後イオンがノルウェー産スモークサーモンにフェロシアン化物が使われていたと自主回収して、食品業界は大騒ぎになりました。
フェロシアン化物は固結防止の目的で欧米では長く使用されてきた歴史があり、JECFAでも安全性が確認されている国際的汎用添加物で、輸入食品に広く使われているものでした。これを自主回収するとなると大きな混乱が予想され、厚労省は7月、フェロシアン化物を食品添加物として指定する手続きを進め、8月1日食品添加物として指定されました。
このように、かつては事業者の自主回収に対して厚労省が対応した事例がありました。しかし、こうした超法規的措置について、当時は輸入食品の安全性に対する不安は大きかったため、日本生活協同組合や消費者団体などは意見書を出して対抗しています。(この運動が食品安全行政の抜本的な改革につながったとも思います)
当時の薬事・食品衛生審議会分科会の議事録などを読むと「海外では食塩にヨードが添加されており、いずれ日本も食品添加物として指定されるのか」との質問があり、当時から懸念されていたことがわかります。これに対して、海外では栄養不足にならないようにヨウ素が添加されるものだが日本人は海藻などからヨウ素を十分に摂取していること、そして輸入時でもヨード添加塩はこれまで違反としてきたことなどが説明されています。
こうした経緯もあり、現在に至るまで日本では食塩のヨウ素添加は認められておらず、日本に輸出される食品はヨウ素添加されていない塩が使われてきました。こうした問題は他にもあって、海外で一般的に使われ日本で指定外添加物とされているサイクラミン酸などもあり、食品事業者は常にモニタリングしてきたはずです
つまり、今回の件がフェロシアン化物の未認可添加物使用の時と異なるのは、多くの事業者はきちんとヨウ素添加塩が混入しないよう対策を講じているため違反は限定的であるということです。ましてや国際的汎用添加物でもなく、日本で必要性がない添加物であり、今後も指定されることはないでしょう。
今回、たまたま東海澱粉の自主点検でヨウ素添加塩の使用が明らかになった。食品衛生法では、未認可の添加物を使った食品は販売してはならず、保健所に相談すればそのような違反の状態を認めることはできないので何等かの措置が求められ、食品事業者はそれに応じて粛々と自主回収をしているということだと思います。
しかし、法令遵守は大切とはいえ、健康危害のほとんどないものまで自主回収が必要だろうかと思います。原材料は塩蔵なので8%の食塩が使われていますが、ふりかけやら、ドライ製品にする過程で脱塩するので最終製品にはほぼ残らないでしょう。そうであれば、自主回収の必要までないのでは?と思います。
この点を厚生労働省の監視安全課に確認したところ「中間製品であれ最終製品であれ、食品衛生法に適合していない原材料は使ってはならない」という回答でした。そうであれば、未認可食品添加物を使用した食品は、食品衛生法に抵触します。
一方、食品ロスの配慮という点ではどうでしょうか。2019年12月に食品リコール制度の創設に関する通知では「食品ロス削減法の趣旨に鑑み、食品衛生上の危害の発生のおそれがない食品まで、むやみに自主回収し、無駄に廃棄することがないよう、回収の必要性や回収範囲について、十分検討していただきたい。」とあります。
これに照らし合わせるとどうかと思いますが、ここでは「法律違反でも危害の発生のおそれがなければ自主回収しなくてもよい」とは読めません。いずれにしても、現状では管轄保健所が「未認可食品添加物を用いた食品を製造、販売してはならない」とする原理原則で指導することが普通の対応となっています。
今回、厚労省だけでなく、現役の食品衛生監視員の方や食品衛生法の専門家など、いろいろな方に話を聞いたのですが、逆に、未認可添加物を使った中国輸入食品を自主回収しないでよいという根拠がどこにあるのか、次のように問われました
・もしこの案件だけ自主回収しなくてもよいとなれば「中国産は危ない」というメディアはどう書くか
・中国産塩蔵食品でこれまでヨウ素化塩を使わないように管理してきた事業者の努力はどうか。
・自主回収しなくなることで管理が緩み、ヨウ素化塩の使用が増えることで、ヨウ素の取り過ぎが懸念されている日本人のリスクをどう考えるか。
・法令違反なのに健康影響がないという線引きをどこで引けるのか。
なるほど、健康危害がないとして一律に自主回収をしなくてもよいということにならないのかなと考えさせられました。
これまで私は「健康危害のないものは、食品ロスの観点から自主回収はしないでほしい」と言ってきて、今もその思いは変わらないのですが、そのためには、具体的にどうしたらよいのか。食品衛生法でも食品表示法でも、法律の改正や通知などの見直しがなければ今の状況は変わらず、様々なステークホルダーが知恵を絞っていかねばならないでしょう。
環境問題が身近な今だからこそ、議論を進めてもらいたいと思います。(森田満樹)
(9月16日FOOCOM会員向けメールマガジンを加筆修正しています)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。