科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

今月の質問箱

鶏肉を安全に食べるために

瀬古 博子

キーワード:

●海外では、鶏刺しにどんな反応?

 海外で、日本の「鶏刺し」が話題になっていると言う。
発端は、米国のワインと料理の専門誌で、日本の鶏刺しを好む著名なシェフの話題を紹介し、「チキンの刺身は安全なのか」と疑問を投げかけたこと。

 この記事では、
・米国でも、カリフォルニア州バークレーなどに鶏刺しを提供する店があるが、日本ではより広く提供されている
・日本でも厚生労働省が、生の鶏肉は食中毒の恐れがあるため、中心温度75℃で加熱するよう注意喚起している
・鶏刺しの加熱時間は10秒足らずだが、この程度ではカンピロバクターやサルモネラなどの有害微生物を殺すには不十分
などのことを紹介し、最後に、妊娠している人、幼い子供や高齢者、免疫不全の人などには食中毒のリスクが増大するという警告とともに、「鶏刺しは自己責任で食べるタイプのもの」という言葉で締めくくっている。

 英国でも、ミラー誌が類似した内容の記事を掲載した。鶏刺しについては、概ね否定的だが、「鶏は飼い方によっては、刺身にしてもそれほど心配ない」との記述もあり、英国の食品基準庁(FSA)が、<生の鶏肉は安全ではない。鶏肉は常に徹底的に加熱調理すべき。>と注意喚起する事態となった。

 鶏刺しについて、海外では、「気持ち悪い」、「安全ではない」、「確実に食中毒になる」といった常識的かつ批判的な声が多いが、中には、「(日本に旅行した際)鹿児島で食べたら、すごくおいしかった」、「ニューヨークの焼き鳥屋で食べたが、おいしかったし、病気にならなかった。また食べたい」といった肯定的な体験談もあった。

 また、質問サイトでは、「日本の鶏肉は刺身で安全に食べられるのに、なぜアメリカの鶏はダメなのか。日本とアメリカの鶏の飼い方はどこが違うのか」といった疑問も見られた。海外で、日本の鶏刺しは安全という誤解が生じているとしたら、とても心配だ。

●続発するカンピロバクター食中毒

 鶏刺しや加熱不十分な鶏肉がよく原因とされるのは、カンピロバクター食中毒だ。
厚生労働省の資料によれば、カンピロバクターによる食中毒は、食中毒全体のなかで、事件数としては約3割、患者数では約2割を占める。
 カンピロバクター食中毒は、事件数・患者数とも、
平成25年 227件 1,551人
平成26年 306件 1,893人
平成27年 318件 2,089人
平成28年 339件 3,272人
と増加している。
 平成28年に患者数が大きく増えたのは、「肉フェス事件」で、ハーブチキンささみ寿司等が原因となり、患者数875人もの大規模食中毒が起きたからだ。

●加熱用の肉が鶏刺しに

 平成28年のカンピロバクター食中毒の約8割は、飲食店で起きている。
そして、飲食店で起きた中では、約7割が「生または加熱不十分な鶏肉・鶏内臓の提供があった事例(推定を含む)」とされる。
 カンピロバクター食中毒の原因は、鶏の生食が大いに関係している。

 厚労省では、鶏肉を事業者が取引先(飲食店等)に売るとき、加熱用の表示を徹底するようにと通知している。
 ごく一部の自治体では、生食用食鳥肉の衛生対策等を取り決めているが、これを除けば、鶏肉はどれも「加熱用」だ。それなのに、これらが鶏刺しの原料となっている。

 海外から観光客が増えている今、「日本では鶏肉を生で食べても大丈夫」といった間違った思い込みが拡大してよいはずはない。肉が新鮮であれば食中毒にならないと考えている人がいるが、新鮮さとは関係なく、カンピロバクター食中毒は起こる。
 市販鶏肉のカンピロバクター汚染率は、研究結果によって異なるが、20~40%とか、66~100%といった結果が得られている。
 加熱することが安全対策だということを、地道に言い続けるしかないのだろうか。

参考
薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食中毒部会 配付資料
カンピロバクター食中毒予防について(Q&A)

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

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