科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

今月の質問箱

肉のホルモン剤が心配ですか?(2)

瀬古 博子

キーワード:

●EUでは禁止しているのではないか

日本では、前述(その1)のように、肥育ホルモン剤は使用されていませんが、残留基準が設定されています。残留基準値内であれば輸入・流通等が認められます。

欧州、米国等での肥育ホルモン剤に関する経緯を簡単に整理してみました

・欧州では、1988年に、肥育ホルモン剤の牛への使用を禁止し、1989年に肥育ホルモン剤を使用した牛肉の輸入も禁止。
・1995年にコーデックス委員会で、3種類の天然型ホルモン剤には特に残留基準値を定める必要がないこと、合成ホルモン剤のゼラノール、酢酸トレンボロンには一定の残留基準値を設定することを決定。

・1995年にWTO(世界貿易機関)が発足し、WTO協定の附属書であるSPS協定(衛生植物検疫措置の適用に関する協定)が発効。SPS協定では、各国が適切なリスク評価を行い、科学に基づき衛生措置をとることを求めている。また、コーデックス基準がある場合は、各国がそれを採用することを奨励しているが、科学的な根拠があれば、各国が独自にコーデックス基準よりも厳格な基準を設定することも可能としている

・EUの輸入禁止措置について、米国とカナダはWTOに提訴し、国際的な紛争となったが、EUの措置は科学的根拠に基づいているとは判断されず、1998年にEUの措置はSPS協定違反とされた(EU敗訴)。
・1999年、米国等はWTOの承認を受け、EUからの輸入品に報復関税措置を課し、2009年以降、EUは輸入禁止措置を継続しつつ、米国等の肥育ホルモン剤不使用の牛肉に対し無税枠を新設、拡大し、米国は報復関税措置を停止。

●日本にはフリーパスで入ってくるのか

肥育ホルモン剤は、米国、カナダ、オーストラリアなどで使用が認められており、日本では使用されていないため、輸入品となって入ってきますが、輸入品は検疫所で、日本の残留基準に適合していることのチェックを受けます。
検疫所で行う検査は、抜き取り検査ではありますが、厚生労働省の公表資料では、最近約10年間の米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド等の牛肉の検査結果で、ホルモン剤、ラクトパミンの違反はありません。
参考 厚労省QA

なお、「1989年にEUが肥育ホルモン剤使用牛肉の輸入を禁止した後、EU諸国の乳がん死亡率が大きく下がった」との説がありますが、米国でも乳がん死亡率は下がっています。欧米では1990年頃にピークがあり、その後、減少傾向となっているようです。
WHOのデータベースでグラフを作ってみたところ、下記のようになりました。
ホルモン剤表1 (2)

参考:WHO 乳がん死亡率(オーストラリア、フランス、イタリア、日本、英国、米国)

●消費者向け広報は

カナダやオーストラリアでも、肥育ホルモン剤への消費者の関心が高いようで、消費者向けの資料が作成されています。
オーストラリア
カナダ
肥育ホルモン剤を使用した牛と、使用していない牛の牛肉での、ホルモンレベルの差や、牛肉以外の一般的な食品でのホルモンの含有量などが紹介されていて(キャベツのエストロゲンが案外多い、など)、参考になります。

日本では、国産品振興のための安全性PRは盛んに行われますが、肥育ホルモン剤の場合、国産品のライバル的立場であり、安全性に関する広報はほとんど見られません。国産品振興も大切ですが、消費者が合理的に判断できることも大切です。肥育ホルモン剤については、不安を感じさせる情報が多いだけに、より中立的な立場からの、事実をわかりやすく伝える情報提供が、もっとあってほしいと思います。

参考
食品安全委員会 ファクトシート

厚生労働省 輸入食品Q&A(Q10に肥育ホルモン剤とラクトパミンの基準値、検査実施状況)

内閣官房TPP政府対策本部 TPPに関する参考資料(農業関係①)18-21ページ

コーデックス基準値データベース(動物用医薬品)

米国食肉輸出連合会(基準値等)

オーストラリア・ニュージーランド食品基準機関(牛肉中の肥育ホルモン剤)

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

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