科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

BSE対策見直し 検査対象30カ月齢以上へ引き上げ 不親切な食品安全委員会の評価書

白井 洋一

キーワード:

 牛海綿状脳症(BSE)の検査と輸入規制の条件について、食品安全委員会(食安委)が新たなリスク評価書案を発表した。昨年(2011年)12月、厚生労働大臣の諮問をうけ、今年1月から9月まで8回のプリオン専門調査委員会で検討した結果で、9月11日から10月10日までパブリックコメント(国民からの意見募集)がおこなわれている。

 TPP(環太平洋連携協定)参加問題と絡め、米国からの圧力だという声も聞かれるが、今回の評価書見直し案は国際基準からみて妥当なものだ。輸入にくらべ量ははるかに少ないが日本は牛肉輸出国でもあり、輸入だけ国際基準からかけ離れた措置を続けるわけにもいかない。規制緩和というより国際基準への調和というのが正しい表現だろう。

 しかし、9月11日に発表された食安委の評価書案は要約も含めてわかりにくく、重要な点が説明不足だった。

今回の変更のポイントは3つ

 パブリックコメント用のプリオン評価書(案)(全127ページ)の要約を私なりにまとめなおすと、変更点は以下の3つだ。

1. 検査対象とする月齢
 現在の生後20カ月齢以上を30カ月齢以上に引き上げても、リスクの差はひじょうに小さく、人の健康への影響は無視できるほど小さい。

2. 特定危険部位の範囲
 BSEの病原体であるプリオンが蓄積しやすい部位(へんとうを除く頭部、せき随、せき柱)は、特定危険部位(SRM)として、現在はすべての月齢牛で除去されている。SRMを除去する対象を全月齢から30カ月齢以上に変更しても、リスクの差はひじょうに小さく、人の健康への影響は無視できるほど小さい。

3. 基準見直しの対象国
 1と2は日本国産牛と米国、カナダ、フランス、オランダからの輸入牛肉に適用される(日本を含め米加仏蘭の5カ国共通ルールとなる)。

 プリオンが脳組織に蓄積されるのは世界での過去の事例からほぼ100%、30カ月齢以上であり、30カ月齢以下の牛のSRMを検査してもプリオンは検出されない。やっても無意味な検査はやらず、検査対象から除外される30カ月齢以下の牛では、プリオンは蓄積していないのだから、危険部位の対象から外すということだ。科学的には根拠、結論とも適切だと思う。

21カ月と23カ月齢の陽性牛はどうなった?
 しかし、ひとつ気になったことがある。日本で2003年11月に見つかった21カ月齢と同年10月の23カ月齢のBSE陽性牛のことだ。日本はこれを根拠に検査対象を20カ月齢以上としてきた。

 パブリックコメント用の評価書案の要約ではこれにはまったくふれていない。本文11ページの「BSEの現状」で以下のように書いてあるだけだ。

 「国内のBSE検査陽性牛の確認時の月齢分布をみると、30か月齢以下では、2頭(21か月齢および23か月齢)が確認されている。この2頭については牛プリオンタンパク質を過剰発現するトランスジェニックマウスを用いた感染実験において、感染性は確認されなかったという知見が得られている(参照文献)」

 だからどうなんだという説明(結論)がなく、参照文献2つも英文でありすぐに入手できない。トランスジェニックとは遺伝子組換えのことだが、この用語の説明もない。

 私は、一読したとき、一次検査では陽性だったが、精密な二次検査の結果、陰性だったのかと思ったが、この2頭は二次検査でも陽性が確認されている。誤解しやすいというより、わかりにくく不親切な文章だ。

東京の意見交換会では説明されたらしい
 2012年9月20日(木)午前に食安委会議室(港区赤坂)で開催された市民向けリスクコミュニケーション(意見交換会)では、詳しい説明があったようだ。

 21カ月齢の陽性牛について、資料2(当日講演用スライド資料)のスライド29で次のように説明している。
「プリオン蓄積量は通常の感染牛の1000分の1程度とひじょうに少ない。BSEプリオンへの感受性の高い遺伝子組換えマウスを用いた脳内接種による感染実験では感染が認められなかった。したがって、この牛の感染性は認められず、人への感染性は無視できると判断された」

 23カ月齢の陽性牛についてもスライド33スライド35で説明している。
「一次検査では擬陽性。二次検査でエサを介した感染ではなく、自然に発生する非定型感染と判明。(21カ月齢のケースと同じように)プリオン蓄積量は通常の感染牛の1000分の1程度で、感受性の高い遺伝子組換えマウスを用いた感染実験では感染が認められなかった。したがって、この牛の感染性は認められず、人への感染性は無視できると判断された」

 つまり、2頭とも検査では陽性であったが、プリオン蓄積量はひじょうに少なく、感染力もなかった。たとえこの2頭の牛の肉を(21カ月と23カ月の段階で)食べたとしても人に感染することはなく健康には影響しないということだ。

もう少し一般人目線にたった説明を
 私はこの意見交換会には出席しなかったが、当日資料がすぐインターネットで公開されたので、スライドを見てようやく納得できた。

 評価書案にある「トランスジェニックマウスを使った感染実験では感染しなかった」だけでは説明不足だ。「21カ月齢と23カ月齢の陽性牛ではプリオン蓄積量がひじょうに少なく、感染しやすい実験マウスを使った実験でも、感染力は認められなかった。だから人への感染リスクも無視できるほど小さいと考えられる」と説明しないと一般人には理解できないだろう。

 意見交換会は東京一か所であり、当日の参加者も約100人で平日午前に集まれる団体などに限られている。意見交換会の資料を知らずにパブリックコメント用の評価書案を読む人が圧倒的に多いだろう。

 「意見交換会では詳しく説明しました」、「評価書案に示した文献も読んでご自分で判断してください」というのでは不親切だし、いかにもお役所目線だ。

 食安委は独立して科学的にリスク評価をする機関であり、リスク管理やリスクコミュニケーションは厚労省、農水省、消費者庁など行政機関の仕事だと言うのかもしれない。しかし、食安委が発信したパブリックコメントからすでにリスクコミュニケーションは始まっている。その点でやや残念な評価書案だった。

 ところで、今回の基準変更では米国産牛肉の輸入(緩和)だけに注目が集まっているが、米国産牛肉に問題点はないのだろうか? あるとすれば個体識別とトレーサビリテイ(生産流通履歴の追跡)制度だ。これは安全性というより国際市場競争にかかわる問題だが、この話は次回(10月10日)に。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介