科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

英国・栄養に関する科学助言委員会(SACN)の報告書(後編)-超加工食品を巡る話題

畝山 智香子

もう一つのSACN(Scientific Advisory Committee on Nutrition:栄養に関する科学諮問委員会)報告書は、「加工食品と健康:SACNの迅速エビデンス更新」です。
Processed foods and health: SACN’s rapid evidence update – GOV.UK
2 April 2025

これは2023年のSACNの加工食品と健康についての意見書SACN statement on processed foods and health – GOV.UK 11 July 2023を更新するものです。

2023年の意見では(超)加工食品((U)PF)を多く食べることと健康への悪い帰結との関連は懸念があるものの、入手可能な根拠は限界があり加工のせいなのかエネルギーや飽和脂肪や塩や砂糖の多さのせいなのか不明である、としていました。

2023年3月以降に発表された文献をレビューしてもほぼ同じでした。追加された研究としては、UPFのサブカテゴリーの追加解析では全てのUPFが同じではないことが示されていることが挙げられています。有害影響と関連するのは肉や動物製品と甘い飲料で、それは別にUPFの概念とは関係なく、既に知られていたことです。そしてUPFを分類する方法に使われているNOVA分類についての懸念も前回同様改善されていないとしています。

ここまでは科学の話ですが、超加工食品を巡る最近の動きは科学とは言い難いものがあります。記録のために紹介しておきます。

●NOVA分類は科学ではない

NOVA分類について、驚くことがありました。NOVA分類の提唱者であるブラジル サンパウロ大学のCarlos A. Monteiro名誉教授から、新世代NOVA分類を作るワークショップを企画しているコペンハーゲン大学のSusanne Bugel博士に対して、NOVA分類に対して批判的な見解をもつ人物(コペンハーゲン大学Arne Astrup教授)の推進するプロジェクトだとして、NOVAやそれに伴う超加工食品(UPF)という単語を使わないよう要求するオープンレターが出されたのです。
Open-Letter-to-Prof.-Susanne-Bugel-Regarding-the-Novo-Nordisk-Project-to-Create-a-New-Generation-of-the-Nova-Classification.pdf
26 February 2025

NOVA分類とUPFはMonteiro名誉教授の登録商標であり、許可なく改良したり使用することは認めない、と言っているかのようです。これは常に批判にオープンでよりよく改良されることを目指す科学的概念について主張されることではないです。

実はそもそものNOVA分類によるブラジル食事ガイドラインの提唱からして科学的根拠に基づくものではありませんでした。

下図はPubMedの論文数の推移を示したものです。ブラジル食事ガイドラインは2014年ですが、それ以前に「ultra-processed food」や「NOVA classification」に関する学術論文はほとんどありません。研究を重ねてしっかりした根拠ができてから政策提案をする、という「根拠に基づく政策」ではないことが明らかです。

このことと、今回のMonteiro名誉教授のオープンレター、特に「超加工食品ultra-processed food という用語はNova分類によって定義されその不可欠な一部であるため、どんな新しい分類であってもこの用語を使わないように求める」の部分からは科学者というより教祖のメンタリティを感じます。

●ビジネスとしての学説

食に関しては似たような事例があります。

ブルーゾーンがそうです。ブルーゾーンとはもともとはベルギーのMichel Poulain名誉教授が作った概念で、人口統計学的研究から、世界の長寿者の多い地域を指します。2003年にアメリカ人のDan Buettnerがマーケティング会社を設立しBlue Zones®を商標登録します。そしてサルデーニャ島(イタリア)、沖縄(日本) 、ニコヤ(コスタリカ)、イカリア(ギリシャ)、ロマリンダ(カリフォルニア州)の人たちの食生活が健康長寿の秘訣だといった調査と宣伝活動を行います。

日本を含む政治家たちはこのような話を歓迎し、各種プロジェクトが実施され、本や動画が出版されます。厳密な科学的研究からはその主張には疑問が提示されていますが、一般からの人気は高いままです。日本なら、沖縄が日本で最も長寿というわけではないことは誰でも知っていると思うのですが、それでもブルーゾーンを目玉にしたセミナーやビジネスが行われています。

研究者と、商売を主にしたい人とでは思惑が違うことなど詳細は以下の記事にあります。健康や食に関する言説はビジネスになるのです。
Do ‘blue zones,’ supposed havens of longevity, rest on shaky science? | Science | AAAS

●最後にアメリカの状況について

以前「超加工食品」に関連する話題を取り上げたとき、「アメリカ人のための食事ガイドライン2025-2030」が発表されたら紹介すると書きました。
英国議会報告書を読む―食生活、超加工食品、健康的な食事って何だろう(上) – FOOCOM.NET

このガイドラインの助言委員会による科学報告書が2024年12月に公表され、2025年2月10日までパブリックコメントを受け付けることになっていました。
Scientific Report of the 2025 Guidelines Advisory Committee | Dietary Guidelines for Americans

この科学報告書の中では、超加工食品については論文ごとに著者らが分類をするので一貫性がなく、異なる国での状況が他の国に当てはまらない可能性が高い等、根拠としては限定的(limited)あるいは評価できないとされていました。

ところが2025年の政権交代でBrooke Rollins氏がUSDA長官、Robert F. Kennedy Jr.氏がHHS長官になり、「これまでの左翼のイデオロギーleftist ideologiesを排する」方向で食事ガイドラインを見直すと言っています。
USDA, HHS Share Update on Dietary Guidelines for Americans Process | Home
March 11, 2025

具体的に何が左翼のイデオロギーなのかは不明ですが、Kennedy長官はしばしば記者会見などで「超加工食品、色素、水道水へのフッ素添加」禁止を訴えています。
Secretary Kennedy Embarks on MAHA Tour | HHS.gov
APRIL 4, 2025-

従って2025年末までに発表されるという「アメリカ人のための食事ガイドライン2025-2030」が助言委員会による科学報告書とは異なる内容になる可能性があります。

アメリカの今後については本当に予想できないのですが、記録は残しておこうと思い、紹介しておきます。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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