科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

食をとりまく環境が変わる中で生まれる新たなリスク~EFSA報告書より

畝山 智香子

EFSAが食品と飼料の新興リスクについての報告書を発表しました。
Emerging chemical risks in food and feed | EFSA (europa.eu)
13 August 2024

そこで挙げられている新興リスクが食品関係の仕事をしている人の参考になると思うので紹介します。

世界中の食品安全機関は、食品をとりまく環境が目まぐるしく変わる状況の中で、全く新しいリスクが出てきたりこれまで小さかったリスクが大きくなったりすることをなんとかして早めに検出して、健康被害が出る前に対策をとりたいと考えています。その中にはもちろん新しく生まれる有害微生物のようなものもありますが、今回のテーマは化学物質です。

環境変化として特に注目されているのは気候変動と循環経済(リサイクルの促進)です。
新興リスクシグナルの検出方法や評価方法はやや専門的な話になるので割愛します、興味のある人は報告書を読んでください。
ここで紹介するのは、どんなものが新興リスクとして例示されているか、です。

REACH規制で登録されている化合物のうち食品に入る可能性のあるもので優先するもの

  • 3,4-ジメチルアニリン (3)
  • キノリン (20)
  • N-メチルアセトアミド(32)

*()内の数値は食品から検出されたことが報告されている数です

気候変動関連

以下のカビ毒やマリンバイオトキシンが気候変動に伴って増加する可能性が比較的高いと指摘されています。

  • デオキシニバレノール(DON)
  • ゼアラレノン (ZON)
  • シガトキシン
  • β-メチルアミノ-L-アラニン (BMAA)
  • シアノトキシン
  • ドウモイ酸
  • パリトキシン
  • オカダ酸
  • ピナトキシン
  • テトロドトキシン(TTX)とその類似体

この中でも近年特に注目されているのがシガトキシンです。

さらに植物に含まれる微量栄養素が大気中の二酸化炭素濃度の増加によって濃度が低くなるという報告があり、その結果としてヒトの食事に含まれる以下の微量栄養素が不足する可能性を指摘しています。
・セレン ・マンガン ・鉄 ・亜鉛

循環経済

リサイクルの促進により、新たにフードチェーンに導入される可能性のあるリスクがあります。特に動物の飼料に食品廃棄物(残飯)、ヒトの食品、農業加工副産物が使われると多様な汚染物質が導入される可能性があります。

例としてあげられているのは各種重金属、ダイオキシンやPCB、多環芳香族炭化水素、ミネラルオイル炭化水素、動物用医薬品、農薬、アレルゲン等です。またこれまで動物飼料にあまり使われてこなかった豆や油糧種子の搾りかすに含まれる毒素や抗栄養素、新たなたんぱく源として使われる植物の残渣などもリスクとなる可能性があります。

その他情報源から

新興リスクとして同定されたもの

  • 食品サプリメント中のステロイド選択的アンドロゲン受容体モジュレーター (SARMs)
  • 動物用のおもちゃや飼育用品(犬の咬むおもちゃ中のフタル酸やビスフェノールA、ピーナッツの殻のカビ毒、シュレッダーにかけた印刷紙のMOSH/MOAH、床敷きとしての処理木材中POPs)
  • コラーゲンパウダーを大量に摂取することによる健康リスクの可能性
  • 食品サプリメントのビタミンD過剰摂取リスク
  • ココナツオイルの健康リスク(LDLコレステロールが高くなる、インスリン抵抗性)
  • 農薬と肥料の使用が減ることに関連する新興リスク (トロパンアルカロイドを含むシロバナヨウシュチョウセンアサガオの増加)
  • フランスの貝のブレべトキシン
  • アイルランドとEUで排水処理施設で使われているZ15 ナノ物質 (関連化合物: 葉酸でコートした酸化鉄)
  • 現代の電子機器に使用されているレアアースやその他元素のリスク
  • アルコール代用飲料 (関連化合物:アルカレールalcarelle という名前の合成化合物)

さらなる情報収集が必要

  • COVID-19 パンデミック消毒剤 (含水アルコールゲル)
  • オキソ分解性プラスチックを環境に導入することによるリスク
  • コハク酸デヒドロゲナーゼ阻害剤殺菌剤
  • クマリン:TDIを超える食品サプリメント
  • アジア産アミガサタケに重症食中毒リスクはあるか(2人死亡の原因物質不明)
  • 牛乳のヒポグリシンA
  • パルミチン酸はがんをより悪性にする
  • チャーガキノコ(Inonotus obliquus)のミネラル、ビタミン、重金属、シュウ酸量
  • 鳥のプラスチック症(マイクロプラスチック)
  • 藍藻類増殖(関連化合物:藍藻毒素)
  • Oder 川の魚大量死:塩の放出による有毒藻類の大発生 (関連化合物:汽水藻類毒素)
  • 食品由来無機ナノ粒子への周産期ばく露
  • 食料安全保障と質と安全性に関係する穀物/油糧種子/豆の貿易パターンへの気候変動の影響(関連化合物:カビ毒)
  • 昆虫製品の一次感作の発生と消費者情報(アレルゲン様たんぱく質)
  • 土壌や潅水中マイクロおよびナノプラスチックから放出されるビスフェノールAによる
  • 病気の原因としてのタラ粉末(関連化合物:バイキアインが原因の可能性)

●有機農業推進によって生じる新たなリスクも指摘

いかがでしょうか。

日本で最も多くの人に実感があるのはマリンバイオトキシン(貝毒)の増加なのではないでしょうか。これは一時的になんとかしのげばいいというものではなく、恒久的な対策強化が必要になる問題です。実際のところALPS処理水の放出の影響と違って実際の健康被害につながるために出荷できません。

そして面白いのはEUでは有機農業を推進したせいで有毒植物による農作物の汚染が新興リスクとしてあがってきたことです。有機栽培だと収穫した作物に雑草が混入する可能性が高くなり、葉物野菜なら葉がそのまま食べられてしまいますし、穀物でも種子が混入することがあります。農作物に残留する除草剤成分によるヒトの健康被害はほぼ考えられませんが、アトロピンやスコポラミンはヒトに明確な有害影響があり、ベビーフードにも混入があって回収された事例もあります。

他にも関係ありそうなものがあれば、今後の情報に注目してみてください。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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