科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

先進国の食品偽装(Food Fraud) 検出方法の高度化とその課題

畝山 智香子

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今年は供給減と価格の高騰によって、欧州全体でオリーブ油の偽装が急増していることが報告されています。日本でもオリーブ油の価格上昇が特に大きいため、代用品を使うことを考えている人も多いでしょう。こういう時は偽装のリスクも高くなっています。

6月28日の記事(FOOCOM.net「世界食品安全の日のイベント―インド編」)で、インドの「家庭でできる食品偽装の検出方法」について紹介しました。今回は、先進国での食品偽装について紹介します。

●EUで食品偽装が問題となったきっかけ

先進国ではさすがに「家庭で検出できる」レベルの偽装はめったにありませんが、だからといって偽装がないわけではありません。偽装のレベルが上がっていて、それを検出するための技術にも高度なものが必要とされています。

EUでは2013年に英国やアイルランドで、牛肉を使った旨の表示がされている食品に馬肉が混入していた事件をきっかけに、食品分野の大きな課題として食品偽装がとりあげられるようになっています。英国の人たちにとって、知らずに馬肉を食べていたということは日本人が考える以上にショッキングだったようで、その後食肉のトレーサビリティなどに多くの対策が導入されています。

2023年にEUの共同研究センター(JRC)が、農業食料チェーンの詐欺的行為についての報告書を出しています。

●食品偽装(Food Fraud)の定義とリスク

まず偽装fraudとは何か、ですがEUでは概ね以下のようなものを偽装として報告するよう求めています。ACN notifications – European Commission (europa.eu)

欧州委員会(European Commission)ACN notifications(The Alert and Cooperation Network)よりhttps://food.ec.europa.eu/safety/acn/acn-notifications_en#fraud-notification

1.製品の改ざん 
商品のパッケージの改ざんを含みます、商品に関する暗黙のあるいは明示的表示と一致しないように商品特性を変えることです。具体的には:
・認められていない製造工程 見た目や味を良くするために禁止されている加工を施す
・加工したことを隠蔽
・除去 本来含まれている価値あるものを除去して元の値段で販売
・異物混入 水などで希釈する、安価な成分や他の代用品を追加する

2. 記録の改ざん
製品の名称や種、産地、生産方法、重量や容量、栄養素や健康上の表示、などの表示に関すること全般。

3. その他法令違反
残留農薬や食品添加物の基準違反などです。

食品偽装のおこりやすさ(リスク)は、動機・機会・対策の3つの要素で考えることができます。
動機はもちろんお金儲けの場合が多いですが、要求された納品ができない、などのプレッシャーが原因となることもあります。
機会は騙すことがどれだけ簡単か、チャンスがあったか、で、フードチェーンが複雑になればなるほど隅々まで監視が行き届かなくなります。
対策はしっかりしているほど、偽装を防ぐことができます。偽装があれば検出できること、つまり検出方法の開発は食品偽装の抑制に貢献できます。

●偽装の事例と検出方法

JRC報告書のAnnex 8に欧州での偽装の例とその対策となる検出方法(→の先)が掲載されているのでいくつか紹介します。食品添加物や残留農薬、微生物などの規格基準違反以外で、以下のようなものが記載されています。

・照射食品の非表示
 →熱ルミネッセンスによる照射信号検出
・マグロの色素、亜硝酸添加および一酸化炭素処理
 →トレーサビリティ、検査
・豆乳にメラミン添加
 →検査
・賞味期限のラベル張替え
 →微生物検査、総揮発性塩基性窒素
・肉の種類が違う、魚の種が違う、ヒツジや水牛のミルクの代わりに牛乳
 →DNA検査、モノクローナル抗体ベースのELISA、タンパク質の質量分析(MALDI-TOF MS、LC-MS/MS)
・表示と違う:牛豚合い挽き肉の豚の割合を多くする、狩猟肉を使っていない加工狩猟肉製品、他の植物油やミネラルオイルを混合したオリーブオイル、キノア粉と表示したトウモロコシや大豆粉、グルテンフリーと表示していてグルテンを含む製品
 →定性および定量検査
・コーヒー豆のアラビカ種とロブスタ種の代用
 →見た目、トレーサビリティ、16-O-メチルカフェストールの測定、NMR
・スパイス オレガノにオリーブの葉
 →官能検査、複数技術
・ミルクパウダーに植物プロテインやその他の増量剤(メラミンや尿素)を添加
 →近赤外分光 (NIR)技術
・ハチミツへの砂糖やシロップの添加
 →プロトンNMRプロファイリング、EA/LC-安定同位体比質量分析(IRMS)
・フルーツジュースやミルクに水を加える
 →安定同位体比質量分析、NMR、GCを統計学的手法と組み合わせる
・竹製食品容器のメラミン
 →違法添加物や加工助剤の検査、トレーサビリティ、証明書検証
・慣行栽培の農産物や製品にオーガニックと表示、オーガニック基準で認められていない物質を使用したオーガニック
 →トレーサビリティ、文書の検証

偽装を検出するために必要な能力のレベルが高くなっていることがわかると思います。EUの報告書の偽装には、例えば原産地名称保護(POD)やオーガニックのように文化や思想を反映したものも含まれ、価値観を共有していない人たちにとってはわかりにくく、第三者が物理的に検証することが難しいものも含まれます。

●日本における食品偽装の特徴と今後の課題

日本でも産地偽装はよく問題になっていますが、よくある(=リスクが高い)商品には、モノとしてあまり差がないため検出が困難あるいは不可能なのに表示を変えるだけで利益が増える、あるいは〇〇産でなければならないというプレッシャーが大きい、トレーサビリティがシステムとして整備されていないという特徴があります。

もちろん食品は正しく表示されるべきで、意図的な偽装はなくなってほしい。ただ技術が進歩し、より小さな差でも検出できるようになり、同時に食品の質への要求水準も高くなっていくと、安全上問題がなくても廃棄される場合も増えてきます。

自然災害が頻発するなかで十分な食料を供給しなければならない時代に、優先すべきことやどこまでの厳密さを要求すべきなのかは考えておいたほうがいいかもしれません。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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