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Food vs. Fuelの次なるシナリオ–時代はホワイトバイオへ動くか?

宗谷 敏

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 南・北米のエタノール、ヨーロッパやパーム油圏のバイオディーゼルを二大潮流とする世界的なバイオ燃料ブームが、盛んにメディアを賑わしている。ちょうど1年前「喰うか? 燃やされるか? ?Food vs. Fuelというシナリオの現実性」という米国のエタノールブームがもたらす食糧供給への影響懸念を論じた記事を紹介した。果たしてこのシナリオは現在どのように展開しつつあるのか、次なるシナリオにはなにが書かれているのかを今週は探ってみたい。なお、参照した記事は多数あるため、記事へのリンクは今回省略する。

<原料トウモロコシと米国農家の事情>

 2007年3月30日の米国農務省(USDA)による07年度(07年9月〜08年8月)作付け予想報告では、トウモロコシが対前年比15%(1210万エーカー、1エーカーは約0.405ヘクタール)増の9050万エーカー(平均反収に基づく生産量で約125億ブッシェル=約3億1700トンに相当、トウモロコシの1ブッシェルは約25.4キログラム)に達する。

 これに伴い前年比でダイズは11%(840万エーカー)減の6714万エーカー、ワタ20%減の1186万エーカー、イネ264万エーカーという他作物の栽培面積減少が報告された(コムギは6030万エーカーで前年比5%増)。気になるダイズの生産量予想は27億ブッシェル、豊作だった06年の在庫と合わせれば需給の逼迫はないとしても高値は避けられない情勢だ。

 穀物高を牽引するシカゴ商品取引所(CBOT)のトウモロコシ先物市場価格は昨年から約2倍に跳ね上がり、農家には分かり易いインセンティブとなっている。エタノールブームは原油価格が高値のまま推移することを前提としたギャンブルではあるが、エネルギー需要は旺盛で下落する要因は少ない。関連産業に対するブッシュ政権からの国策としてのサポートもあるから、コントロール不可の天候要因を加味したとしても、農家にとっての掛け率は悪くない。

 しかし、これに対し一部の農業エコノミストからは警戒する声も上がっている。トウモロコシは、ワタに比べより多くの水分を、ダイズに比べ窒素肥料(当然値上がり中)を必要とし、農家にとっての生産コストが低くない農産物だ。単位面積当たりの穀粒としての生産量がダイズの約3倍あるので、農家を含む流通の諸段階で貯蔵施設や輸送手段への新たな投資や拡大が必要となる。歴史的に繰り返されてきた豊作貧乏は、可能性を無視しえないシナリオの一つである。

<米国のエタノールブームと世界的なバイオ燃料傾斜への懸念>

 全米のエタノール製造工場数については諸説あるが、稼働中が約110、建設中が80前後というところが実態らしい。昨06年には前年比25%増の50億ガロン(1ガロンは約3.78リットル)近いエタノールが生産されたが、今年07年にはエタノール生産に利用されるトウモロコシが、全需要123億ブッシェルの4分の1程度である32億ブッシェルと見積もれる。天候に波乱がないとして、供給不安には至らないまでも、隣国メキシコのトルティーヤ危機に代表されるように、あまり富裕ではない国から既に食糧高騰の第一波に洗われつつあり、米国内でも一部畜産品の価格が上昇している。

 米国内でも、昨06年後半あたりから食用トウモロコシを利用するデンプン系エタノール生産に対する経済上、倫理上の問題、その温室効果ガスの削減効果自体への疑問など、ネガティブな側面にも光を当てたアナリストや研究者のレポートが相次いでメディアに登場するようになった。しかしながら、これらは燃えさかるエタノールラッシュを伝える報道の消火剤とはなっていない。

 そんな中で、07年3月27日から5月まで数回にわたり、病気療養中だったキューバのカストロ議長が、食糧供給をおののかすとブッシュ政権が推進するバイオ燃料政策を激しく批判して耳目を集めた。ベネズエラのチャベス大統領がこれに同調する一方、「サトウキビによるエタノール生産利用で世界に先駆け、米国ともバイオ燃料推進で協力関係を結んだブラジルのルーラ大統領が直ちに反論を出した。このあたりの中南米の複雑な経済的背景や駆け引きについては、詳しく解説している日本のブログもあるので、関心のある方は参照願いたい。

 ともあれ米国のエタノールに象徴されるバイオ燃料への傾斜は世界的な現象であり、EUでも20年までに域内のエネルギー消費の20%を更新可能なエネルギー源に求めることが合意された。国連は、バイオ燃料の世界的生産が過去5年で2倍になり、次の4年で再び2倍になる可能性が高いとし、それの地球温暖化抑止や食糧生産エネルギー源としての有効性を認めつつ、食糧農産物生産からの土地や水、その他の資源の転換がもたらす食糧価格高騰も懸念されるという二面性を併せ持つとする報告書を07年5月8日に発表した。

<食糧への影響回避に向けたソリューション>

 食糧セクターに影響を与えない更新可能なエネルギー源を求めるべきだという意見は正論だろう。そこで、スイッチグラスのような非食用植物やトウモロコシでも茎や葉など農産物残渣を利用するいわゆるセルロース系エタノールがデンプン系に代わり注目されてくる。米国も、とっくに気がついている。米国エネルギー省(DOE)は、セルロース系エタノール開発の6つのプロジェクトに対し、4年後の生産量1億3000万ガロンを目標に総額3億8500万ドル(約454億円)の助成金支出を07年2月28日に公表した。

 セルロース系エタノール生産の技術的ネックのうち主なものは、エタノールを発酵生産させるに当たり、結晶構造のセルロースを糖質に分解させるために必要な酵素の生産コストにある。この酵素を生産するために、微生物を遺伝子組み換えするコストがかかりすぎるのだ。

 しかし、この酵素のコストは、一時のエタノール1ガロン当たり5ドルから20セントにまでこなれてきた。10セントを切れば、セルロース系エタノールは現実的解決手段となると目されている。最近ではGMコーン自体にこの酵素を持たせて、さらに経済性を追求しようというミシガン州立大学の取り組みなども紹介されている。

 ところで、米国では07年5月6日から5月9日まで、ボストンにおいて2万2000人以上が参加した国際バイオ会議・展示会BIO2007が開催された。農業分野中心に海外記事を参照している筆者は、例年に比べ報道量が少ないと感じていた。

 しかし、日経BP社BTJ掲載の宮田 満氏の現地レポートやFooScience掲載の齋藤訓之氏「食の損得感情」を読むと、農業バイオはもはや落ち着いた展開で、工業・環境分野への酵素や発酵技術であるホワイトバイオに焦点がシフトしている様子が伺え、納得がいくと同時にバイオ燃料を巡る次代のシナリオも垣間見えたように感じた。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)